「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

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2006年03月18日

ひでー。ジェリー・アダムズは米国でまだ「テロリスト」扱いか。

悪趣味で、なおかつちょっと早いエイプリル・フールのネタかと思ったんですが、恒例の聖パトリックス・デイ訪米中のジェリ・アダムズご一行が、空港で足止めを食って、予定されていたスピーチに間に合わなかったそうです。

Delay scuppers Adams' US speech
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/4819424.stm

Brian Higgins議員の招きでワシントンからバッファローのアイリッシュ・センターに向かっていたGAご一行、空港でセキュリティ・チェックを受けていたため、時間に間に合わず。。。

Higgins議員が聴衆に説明したところによれば、「ジェリー・アダムズ氏とその同行者の名前がワシントンの空港の『テラー・ウォッチ・リスト』に載っていたため、空港のチェックで長くかかってしまい、間に合いませんでした」とのこと。Homeland Security ではコメントなし。

BBC記事にほのかな悪意すら感じたのは次の部分:
They said he had a routine security check and "secondary screening" but was not arrested or detained.


ロイターでは
"He was never arrested and he was never detained from the department's perspective," said the Homeland Security official, who declined to be named.

と、ちゃんと当事者の発言で書いてるので、悪意は感じられない。

と言っても、よく記事を探してみたらあっちサイドのスコットランドのメディア(<リンク先はスコッツマン)なんかは記事の冒頭で
SINN Fein leader Gerry Adams has been detained at a Washington airport after his name appeared on a terrorist watch list.

などとぶち上げているし、特にあっちサイドじゃなくてもAdams detained at Washington airportという見出し(おもしろおかしく扱っているのかもしれないが)の記事がたくさん出ているので、BBCも事実を事実として書いているだけで、別に悪意というわけじゃないかもしれませんが。(うーむ、それでもBBC記事のこのbutはちょっと微妙だと思う。)

んで、ジェリー・アダムズご一行はワシントンの空港でsecondary screeningを受けて乗り継ぎに間に合わなくなったのだけど(平たく言えば「別室送り」だよね)、このワシントンの空港ってのもレーガン国際空港だそうで、レーガンといえばアイリッシュ・アメリカンなわけで、何かもう、これはエイプリル・フールのネタだと思った私の感覚の方がきっと正常にちがいない。

そして、バッファローにいたある聴衆が語るに:
AP news agency said he told the crowd awaiting Mr Adams' speech: "When I spoke with his assistant a little while ago, their luggage was still being, let's just say, inspected.

"Gerry Adams should not have been on a terror watch list," he said.

とのことですが、アメリカは20年前の英国の状況を述べたものを、うっかりなのかしれっとなのか知らんけど、とにかく「今年の人権報告書」として公的に出す(数年前に実際にあった。英国が北アイルランドにおける数々の悪行で欧州人権法廷で問題になっていたころのことを、現在の状況と取り違えた)ようなことがあるので(→古い記事見つけた)、今回のテラー・ウォッチ・リストも何らかの手違いかもしれない。

アメリカにとっては「ミステイク」は十八番だし。

・・・とか言ってみないと、ねじくれた笑いがおさまらない。(悪意にあふれるイヤミです。念のため。)

スラオさん経由で他の記事:
- RTE記事(アイルランド共和国のニュース)
- ロイター記事

それから、APの記事は毎日の英語版に掲載されている。

この話、さらにオチがある。

Gerry Adams opts for train travel after security delay at US airport
http://www.unison.ie/breakingnews/index.php3?ca=30&si=88762

飛行機だとセキュリティ・チェックでひっかかるので、結局は電車で移動したそうです。飛行機なら1時間半、電車だと6時間。

最後に、Google Newsで検索して見つかった中から、最もひどい見出しの記事のキャプチャ。

gaairportdelay.png


真面目な話、こんなんじゃあ「政治プロセスへの参加」ってのができるのかできないのかわからない。こんなことが、よりによって北アイルランドの政党のリーダーについて起きることは、私としては「壁に不吉な文字」という感じがする。(北アイルランド和平を主導したのは、アメリカだ。)

ちなみに、スラオさんでエディターが指摘している、「ジェリー・アダムズじゃなくてむしろ同行していたRichard McAuleyの名前がリストにあった可能性」についてだが、Richard McAuleyはジェリーの補佐役、というか右腕。多分『リパブリカン・ニュース』のころからだと思う。The Blanketに強烈この上ないサタイア記事あり。

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ほんで、今日本でも、ある有名な方がかつてある悪名高い組織の一員であったということが事実として明らかになり、何だかあちこちで激論になっているようですが、ちょっと思い出したのでメモ。

1)The Blanketのアンソニー・マッキンタイアは元IRA(後にIRAと縁を切り、IRAから脅迫される)
2)文筆家のダニー・モリソンは元IRA(殺人共謀で有罪)
3)政治家のマーティン・マクギネスは元IRA幹部(証拠あり、本人も認めている)
4)政治家のジェリー・アダムズは、ほんとにメンバーシップを持っていたのかどうかは不明だが、元IRAメンバーであると言われているし、元IRA幹部であったという情報もある(ただし何十年も前の情報戦の残りカスが突然復活したりもするから信用できない)
5)っていうか極めて乱暴に言えば、シン・フェインはほとんどまとめて元IRA関係者という主張がある
6)映画監督のテリー・ジョージは元INLA(若い頃に有罪確定で服役経験あり)

こういうリストは「IRAのテロの被害に遭ったかわいそうな私たち」を声高に主張するロイヤリスト系のサイトに行けばもっとたくさんあるに違いない。面倒だから探さないけど。

※この記事は

2006年03月18日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 23:10 | TrackBack(1) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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ワシントンDCなどでの「セント・パトリックス・デー外交」と、招待されてたのにセキュリティに止められたジェリー・アダムズ
Excerpt: 1つ前のエントリで、北アイルランドでも緑色一色に染まっていることについて少し書いたが、その北アイルランドの自治政府2トップ(正副ファースト・ミニスター)は毎年恒例の「アメリカ詣で」に行っている。「セン..
Weblog: tnfuk [today's news from uk+]
Tracked: 2016-03-18 01:03

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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