「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2012年11月21日

否定論と、ある誹謗中傷の発言についてのメモ

備忘録。あとで自分のログを探し回るだろうから、「ホーム」に書いておく。

http://twilog.org/nofrills/date-121118/asc
RT @MyoyoShinnyo: フィフィのホロコースト否定発言だけど、つい数時間前のことで、もう消したらしい。けど多くの人が目撃しており内容も把握されている。「中東に限らず、世界的に見てそう捉える方も多いですね。」……決まり。フィフィは、日本人を騙そうとしている。私はフィフィの人格を否定する。
posted at 19:48:33

RT @MyoyoShinnyo: フィフィのエジプト人という出自、そしてイスラエルとの関係を鑑みれば思い当たる点がないわけでもないけど全エジプト人をリビジョニスト扱いしかねない論には慎重になりたい。私が重要視しているのは「外国では皆そうですよ」という日本人を騙しやすい手口をわかった上でやったことだ
posted at 19:48:37

ひでぇな。まさか「否定論」について「世界ではその見方が多い」とか言っちゃうとはね。しかもフィフィは決して「無知なおバカさん」ではない。立派に学のあるインテリだ。「否定論」の検証くらいできるだろう。それなのに「海外では」的な言い方で他人を釣ろうするとは最低の類の陰謀論者じゃないか。
posted at 19:51:08





















まあ、これだけなら別にかまいやしないのだけど(どうでもいい)……。

http://twilog.org/nofrills/date-121120/asc



ガザについてのNAVERまとめ作成中に自分のツイートを使おうとして表示される画面から、キャプチャ↓↓



うぜーーーーーーーーーーーーー

(本音いうと、フィフィなんてどうでもいい。テレビあったときは、彼女が出てる番組をたまたま見てればふつうに感心してたけど、彼女の思想がどうだろうと発言がどうだろうと、どうでもいい。まったくの他人だし、うち、テレビ今ないし、単に普段から視界に入ってない。Twitterでも別にフォローしてないし、エジプト人の発言が聞きたければアラアの妹のモナちゃんとか、ジジさんとか、サンドモンキーさんとか、フォトグラファーのモサアブさんがTwitterにはいるし、アラビストさんもいる。ブライアン・ウィテカーのような分析のできる英語話者もいる。)









※「なでしこさおり nadesikosaori」氏が私をブロックしていることは事実ですね。上のキャプチャ画像にある通り(そのようにメッセージが表示されます)。








やれやれ、です。



「否定論」と「陰謀論」の区別もついていないんじゃないか、と。
ありうる話ですね。

つか、フィフィさんは「多い」を定義するなり、統計的な根拠を出すなりしてから「世界的に多い」と言ってください。

あと、いちいち発言消すな。こっちが英語読めて議論もできるってわかって慌てたのかもしれんけど、チキンすぎ。目的が何であれ、他人に対する「評価」を含む発言で、元発言を消されると(証拠隠滅されると)ほんと迷惑なんですよ、こういうふうに。

※この記事は

2012年11月21日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 15:00 | TrackBack(0) | 雑多に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。