kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2012年11月07日

ソーシャル・メディアで米大統領選挙を見る

前回、2008年とは違って今回は、正直、「ようやく、どこぞのローカル政治ニュースが『国際的に重要なニュース』であるかのようにBBCなどでトップニュースになる日々が終わる」という感興しかない。2008年にあれほどの「熱」を持って登場した人物は、グアンタナモの閉鎖すらできず、「国際政治」においてはドローンを使ったターゲット・キリングの拡大など、「ブッシュ以下」のぐだぐだっぷりで、Twitterで私の見ている画面でも、誰一人として……米国人もいれば英国人もいて、エジプト人もアフガニスタン人もパレスチナ人もレバノン人もシリア人もイラク人もいるのだが、その画面で誰一人として、「オバマに積極的に期待しよう」という意見は表明していなかった。「ロムニーは絶対にありえない選択肢なので、オバマしかいない」という感じ。

そのムードを、今日、エジプトの人たちが何人か、的確に表現していた。つまり、エジプトの大統領選挙と同じだ、と。(「リベラル」な革命青年たちの間では、今年のエジプトの大統領選挙は、シャフィクかモルシかのどちらかを選ぶのではなく、より悪い方を落とすという選挙、という受け取られ方をしていた。そしてムバラクの延長でしかないシャフィクは、絶対にありえない選択肢だった。)

ともあれ、大統領選挙はソーシャル・メディアで見ていた。一部を「まとめ」てある。

まず、投票始まってそんなに時間が経過していないうちに出てきた問題で、投票の機械の不具合。タッチスクリーンで、オバマを選ぼうとしても、機械が反応しない……のならまだしも、ロムニーを選んだことになってしまうという恐ろしいエラー。有権者によって撮影されたビデオはネットで広まり(これも「Twitter革命」と呼ぶかね、アメリカのNewsweekあたりのメディアは)、ハフィントン・ポストなどネットメディアでもCNNなどテレビでも伝えられた。

米大統領選、投票装置にびっくりするような不具合が!
http://matome.naver.jp/odai/2135223370907959901


それから開票の経過。@acarvin (NPR) と @fieldproducer (WSJ) というソーシャルメディアの両雄(何が「両」なのかよくわかんないけど)のツイートとRTをがっつりアーカイヴ。

#USA: Presidential election curated by @acarvin, @fieldproducer et al
http://chirpstory.com/li/31793


そして結果が出たあとのニュース系ツイートのまとめ。というか、共和党な方々のうろたえっぷりをウォッチするスレ、的な何か。。。あと、同時に行われた議会選挙、マリファナ合法化をめぐる投票、同性間の婚姻をめぐる投票の結果なども。

米大統領選:結果が出て、オバマ大統領の写真がRT数の記録を樹立/複数の州で同性婚、大麻合法化
http://matome.naver.jp/odai/2135226776211362401

※この記事は

2012年11月07日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 23:57 | TrackBack(0) | 雑多に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼