kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2012年10月31日

ベルファストのレジェンド、ボコられそうになる。

非常に情けない気分になるニュース。

Men threaten punk icon Terri Hooley
29 October 2012 Last updated at 13:00 GMT
http://www.bbc.co.uk/news/uk-northern-ireland-20122457


見出しのTerry Hooleyとは、あの、テリー・フーリーだ。「どの」と思った方は先日来いろいろメモっているのをご参照のほど。ベルファストのレジェンドである。

そのテリー・フーリーが、先週末、自宅のある東ベルファストで犬を散歩させているときに、2人の男に絡まれた。男たちはフーリーを「フィニアン好き fenian lover」だとか「プロテスタントのコミュニティの面汚し
a disgrace to the Protestant community」だとかいって罵ったという。

... orz

「紛争」最盛期の1978年とか79年にだよ、ハープ・バーに来る10代から20代前半くらいの若い子たちが「カトリックとかプロテスタントとか関係なく、単にPunkっていうつながりで、『あちら側』の連中と音楽の話ができる」って目を輝かせていた、その「場」を作った最大の立役者がテリー・フーリーだ。

その彼に、「プロテスタントの面汚し」だなどと言うとは……。

現在60代になっているフーリーは、愛犬のエラ(女の子だね)を連れて、土曜日の午後5時すぎに、Comber greenwayを歩いていた。その時、事件は起きた。

「犬に怪我させたくないもんで、自転車がこないかどうかぐるりと確認したんだけど、そのときには誰の姿もなかった。すると突然、男が2人、すぐ真後ろに来たんだな。1人がこう、私のことを突き飛ばして、やれフィニアン好きだの、プロテスタントの面汚しだのと言ってくる。60歳くらいの、体格のいい奴だった」

「もう1人は、35歳から40歳くらいで、そっちがもっと凶暴そうでね。口は利かなかったけど、犬をじっと見て、私のこともじっと見て、ね。きっと、私が何らかの反応をするのを待っていたんじゃないかと思います。こっちが反応したら、あっちも試合開始というつもりだったんでしょう」

「突き飛ばされたときに転ばなかったのは、ほんとに幸いでした」

そうやってるときに、たまたま、フーリーの知り合いの女の人が通りがかった。

「あらまあお元気とか言うもんで、ええ、まあ、と答えて。その人と会話をしていると、男たちはそっと立ち去りました。目撃されたらまずいんでしょう」

なぜ絡まれたのか心当たりはないとしながら、フーリーは、自分の伝記映画(→詳細)が最近公開されて話題になっているせいかもしれない、と言う。

「妬いてるのか何なのかわかりませんが、確かあれは昔、学校で同級生だった奴じゃないかと。だとしたら、子供のころからいじめっ子でね。いまだに変わってないんですね」

フーリーは以前も襲撃されたことがある、という。最も近いところでは4年前、店(レコード店)を出たところでだった。

「私の母の親戚筋、おじたち全員と祖父はみんな、オレンジ・オーダーに入ってましたよ。でも偏狭な心の持ち主ではなかった。カトリックの友達がたくさんいました」

なお、11月にはかつてハープ・バーがあった場所に、テリー・フーリーの銅像がお目見えするという。ベルファスト・シティ・カウンシルが作るもの。

銅像ってのも微妙におかしいんだけど、それよりやっぱり、「凶暴な手下」を連れてるらしき「昔の同級生」らしき人物が、犬の散歩中に絡んでくる、ってのがなあ……。

The Outcastsで、Gangland Warfare... (^^;)



※この記事は

2012年10月31日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 19:29 | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















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