kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2006年12月20日

「パフォーマンスでした」とマイケル・ストーン。

笑いすぎて腹が痛い。「パフォーマンス・アートでした」って。

Stone's attack 'performance art'
Last Updated: Tuesday, 19 December 2006, 11:55 GMT
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/6193169.stm
Stone's defence lawyer Arthur Harvey, QC, said he had received instructions from Stone that the incident, which caused chaos at Stormont and led to the evacuation of Parliament Buildings, was not intended to endanger the life of anyone.

"It was, in fact, a piece of performance art replicating a terrorist attack," said Mr Harvey.

つまり、6人を殺害したことで600年とか800年とかいう懲役刑を申し渡された(が和平合意で釈放された)ロイヤリストのヒットマン、転じて「画家」のマイケル・ストーン(過去記事一覧)が、ストーモントの議事堂に乱入したときに所持していた銃はレプリカで、爆発物は爆発しなかったが、それは「すべてパフォーマンス・アートだった」からだ、と本人が説明した(「意見陳述」だと思いますが)。

弁護人がそう口にしたときの判事の顔を見てみたいものです。(保釈/仮釈放を申請したのだそうです。)

UTV記事:
TUESDAY 19/12/2006 13:12:01
Stone attack - 'performance art'
http://u.tv/newsroom/indepth.asp?id=78733&pt=n

"It was, in fact, a piece of performance art replicating a terrorist attack," said Mr Harvey.

"In furtherance of those instuctions he (Stone) has set out a number of details in relation to the construction of the alleged weapons of which he was found in possession.

"My instructions are that these were not viable explosive devices and were improvised from the most basic household items, including a cardboard holder for a kitchen roll, candle wax and powder from fireworks freely available in shops."

Mr Harvey said he was seeking an adjournment until there was forensic evidence to substantiate the claims made by Stone.

つまり、instructions(「意見陳述」?)で、ストーンは乱入時に所持していた「武器」について詳細に述べている。それによると、入り口から投げ込んだカバンに入っていた「爆発物」は、キッチンペーパーの厚紙の芯にろうそくの蝋と花火の火薬で作ったもので、殺傷能力のあるものではない、と。はなっから殺傷を目的とはしていなかった、と。

その点は、警察がその「爆発物」を調べればはっきりするだろうけど。

Slugger O'Tooleでは、Confirmed: it was performance art!?! という見出しで、わずか1センテンスの記事を出しているのだけれど、コメント欄によると:
・Jon Stewart(the Daily Showの人)が、前は「情けないが笑える」と言っていたが、今度は「爆笑もの」に昇格した。

・寒いし天気悪いし、何かおもしろいことが必要だったところにちょうどいい。こんなに笑ったのは「ノーザンバンクをやったのはIRAではない」説以来だ。

・武装強盗とか暴行とかの真っ最中につかまったら、「パフォーマンス・アートなんです」でおっけー?

・笑いすぎて腹痛ぇ。「コロンビアでエコツアー」以来の大ヒット。
※下の方を参照。

・来年のターナー賞ノミネートは決まったな。あとエジンバラ・フリンジのコメディ部門。

という具合で、ある種予定調和的な笑いの渦。

BBCやUTVよりベルテレさんのほうが詳しいことは間違いないんで、ベルテレさん・・・ぎゃははは、これはひどい:

My Stormont stunt was performance art: Stone
Tuesday, December 19, 2006
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/article2087186.ece
Milltown murderer Michael Stone has come up with a novel way of justifying his Stormont stunt - by claiming it was "performance art".

In an open letter to the Secretary of State Peter Hain and the Chief Constable Sir Hugh Orde, Stone referred to himself as "an author and artist" and alleged that his "unfinished work", entitled 'Never Say Never', was aimed at exposing the "futility of the politically-motivated violence created in a political vacuum".

...

"As an artist I viewed the political event at Stormont as an opportunity to exhibit a work in performance art," Stone stated.

マイケル・ストーンが思いついたストーモント乱入劇を正当化する奇抜な方法とは――「パフォーマンス・アート」?!

ストーンは、北アイルランド担当大臣と北アイルランド警察のトップに宛てた公開書状を出した。この中でストーンは自分のことを「文筆家・芸術家」であるとし、『ネヴァー・セイ・ネヴァー』と題する自分の「未完の作品」は、「政治的空白において発生する政治的動機による暴力の不毛さ」を訴えることを目的とするものである、と主張している。

……

「アーティストとして、私はストーモントでの出来事を、パフォーマンス・アートを公開する好機と考えた」とストーンは述べている。

ははは。わはははは。Never Say Never! 「何が起きるかわからない」って?

そういうことをやりたいんなら、自主制作映画でも作ればいいのに。「あの場にはテレビや新聞の取材班がいることはわかっていたから自分でカメラを用意する必要はなかった」とか言っていそうだけど。

ベルテレさんの記事によると、ストーンは、11月24日の乱入劇が「過激」なものだったことは確かに認めるとしているが、自身の狙いは、「北アイルランド(アルスター)には政治的安定が必要なのだ」ということ、「自治(議会の復活)と(ユニオニストとナショナリストによる)パワー・シェアリングがなければ、紛争がまたぶり返す」ということを示すことであった、としている。

で、「SINN FEIN/IRA WAR ...」と議事堂に書いて、何か煙を出す「爆発物(ボム)」を投げ込んで、「No Surrender!」と叫びながら乱入しようとした、と。そして「ジェリー・アダムズはテロリスト」と主張した、と。まさに自治議会の復活とDUPとシン・フェインのパワー・シェアリングに向けた動きの中枢で。

さらに爆笑するのがここ。
Stone even went as far as to say that his "work" had been influenced by Picasso's painting of Guernica in which he depicted the slaughter of innocent civilians during the Spanish Civil War and by columnist Eamonn McCann, who occupied a building in Londonderry to protest against the war in Iraq.

ストーンは、自身の「作品」はピカソの『ゲルニカ』に影響された、とまで言っている。また、イラク戦争に反対した抗議行動として[原文ママ]、デリー(ロンドンデリー)の建物を占拠したイーモン・マッカンの影響もある、という。

『ゲルニカ』を出してくるかね。どこがどう影響されてるのか、さっぱりわからない。さらにイーモン・マッカン。。。「ダイレクト・アクション」という点でつながりがあると主張はできるのだろう。

イーモン・マッカン(エイモン・マッキャン)はデリーの公民権運動のリーダーのひとりで、1972年1月30日の「ブラッディ・サンデー」事件についての証言は重要。
http://en.wikipedia.org/wiki/Eamonn_McCann
http://cain.ulst.ac.uk/events/bsunday/mccann.htm

マッカンのグループは2006年9月にデリーのレイセオン社の建物に入り、コンピュータを "decomission" した。レイセオンが製造する兵器は、アフガニスタン、イラク、レバノンで使用されており、マッカンらは「不法な戦争のための兵器がデリーで製造されていることに強く抗議する」としてダイレクト・アクションをとった。
http://www.raytheon9.org/
http://www.youtube.com/watch?v=QmTJbEYsN4A
(youtubeのはマッカンの演説。)

さらにストーンは、1980年代のイアン・ペイズリーとイヴァン・フォスターの活動も引き合いに出していて、ほんとにわけわからん。「主義主張に基づいた建物の占拠」なら何でもいいのかもしれない。三島由紀夫を知ってたら引き合いに出していたかもしれない。困ったもんだ。

一方で、ベルテレさんのこの記事では、同じ日付のベルテレさん宛ての書簡(どれなのかわからないのだが、犯行の前に書かれたこの書簡のことか?)には「パフォーマンス・アート」とは一言も書かれておらず、また自身のことを(アーティストではなく)「freelance-dissident loyalist paramilitary(どの組織にも所属していない、主流派とは考えを異にするロイヤリスト民兵)」としており、シン・フェイン党のジェリー・アダムズとマーティン・マッギネスを標的とする、連中はテロリストだから民主主義に基づいた政治的権力を手にする資格などない、と書かれていることを指摘している。

本人は、それも含めて「パフォーマンス・アート」です、と言うんだろうけど、となると、ベルテレ日曜のサンデーライフの記者に「マッドドッグと会う手はずを整えてくれたら、あんたの目の前で奴を撃ち殺してやる。特ダネになるよ」と言っていた件(警察はこの件も詳しく調べているらしい)も「パフォーマンス・アート」か。

北アイルランド警察のトップ、サー・ヒュー・オードへの公開書簡では、ストーンは、自分の「パフォーマンス・アート」で「ご迷惑をおかけ(adversely affected)」してしまった人々に謝罪する、とし、「政治的紛争はアートにとってのクロスロードである。アートは政治をもしのぐ」と書いている、とのこと。(わけわかんないんですけど。)

ベルテレのBrian Rowanによると、UDA上層部も、また彼自身も、「ストーンの頭」の問題だと考えているようだ。Brian Rowanは、乱入事件そのものが、テレビの1時間番組でマッドドッグの特集が組まれるのに対抗するためだった、とすら考えられるのではないか、と書いている。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/incoming/article2044627.ece



マイケル・ストーンの「アート」に興味がある人がいるかもしれないのでポインタ。Googleで検索すると出てくるけど。。。

えっと、事件後、ストーンの絵がeBayで£10,000近い値で出されているというBBCの記事(12月7日)。記事の上のほうに絵の一部の写真があり、その下のEnlarge Imageで全体を見ることができる。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/6217390.stm

BBCが報じた数日後にこの出品は取り下げられたが、売れたのか売れていないのかはわかっていない。

彼は特に絵画のトレーニングを受けているわけではなく、どう見ても、彼の作品は値段がつくような絵とは言いがたい。BBCで紹介されているこの絵も十分に素人っぽいと思うが、自著に掲載されているもの(刑務所で描いたもの)よりかはずっと「画家の作品」らしくなっていて、これなら買う人がいるということは、一応納得はできる。ただそれも、純粋に「絵画」として買うということではなく、「マイケル・ストーンが描いた」からこそ買う、ということなら納得できる、というか。(ロン・ウッドの「絵画」だって売れるんだから・・・ということ。)

北アイルランドのブロガーさんが激辛批評をしているので、興味のある方はどうぞ。
http://thegreatweeazoo.blogspot.com/2006/12/bad-art-michael-stone.html
ストーンの絵についての1つ前のエントリ(共和主義シンフェインのクリスマスカードについてのもの)も失笑ものです。へたくそな絵に、がんばってゲール語の台詞をつけてみたものの、そのゲール語がおかしいんだそうで。(笑)(なお、「共和主義シンフェイン」というのはシンフェインの分派組織で、ジェリー・アダムズが党首をつとめるシンフェインとは別です。)



「コロンビアでエコツアー」とは、いわゆる「コロンビア・スリー」のこと。
http://en.wikipedia.org/wiki/Colombia_Three
http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/places/col172.html

2001年8月、コロンビアのボゴタで、3人のアイルランド人(うち2人は北アイルランド出身か居住)が偽造旅券を使っていたとして逮捕され、半年間容疑なしのままで拘束されたあと、翌2002年2月に「FARCを訓練していた」として起訴。またこのとき、英米当局からの情報をもとに、コロンビアの検察は彼ら3人を「IRAのメンバー」としていた。

これに対し、彼ら3人の支援者らは「ホリデーでエコツアーをしていただけ」などとして、彼らの身柄の解放を求めてキャンペーンを開始した。(→支援者によるウェブサイトを参照。)

この事件、ほんとに何から何まで謎で、誰が嘘をついているのかがさっぱりわかりません。3人のアイリッシュとFARCとの接触があったことは事実で、その接触の目的が「FARCの訓練」だった(コロンビアの検察側の主張、裁判所もこれを認める)のかどうか、また彼ら3人がIRAのメンバーだというのは事実かどうかが争点のはずですが、そこがまったくよくわからない。IRAが否定しているのだから、メンバーではなかったのだろうと思いますが、ではまったく無関係かというと、そこがわからない。

結果的には、1審では偽造旅券では有罪、「FARCの訓練」では無罪となり、検察側の控訴で行なわれた2審@2004年12月では「FARCの訓練」で有罪となるも、1審のあと身柄を保釈されていた3人の被告は、コロンビア国内に留まらなければならないはずだったのに、2審判決の前にひそかに出国していた!

そういうことができるのは誰か、ということを考えると、むー。

彼らは2005年にアイルランド共和国にいることが判明し(アイルランド国営テレビの取材に応じた)、その後、アイルランド警察の事情聴取を受けたが、コロンビアへの身柄引き渡しは行なわれておらず、「事件」はそのまま、歴史の1ページに……。

いずれにせよ、実際、本当に「エコツアー」だったと考えるのはちょっと無理です。「訓練」だったというのも証拠に無理ありすぎ。とすれば、第三の可能性なんですけどね。。。実はWikipediaではそこが断言の形で書かれているのだけれど、詳しくわからない。

これも、結局は明らかにされることなく忘れ去られそうな事件のひとつだったりします。

※この記事は

2006年12月20日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 09:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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