「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2006年12月20日

【訃報】ジョゼフ・バーベラ

http://news.goo.ne.jp/article/kyodo/world/20061219a3610.html
J・バーベラ氏死去 トムとジェリーなど創作
2006年12月19日(火)10:56

 【ロサンゼルス18日共同】「トムとジェリー」など子どもに人気のアニメキャラクターをつくり出した米アニメーション作家、ジョゼフ・バーベラ氏が18日、ロサンゼルス郊外の自宅で死去した。95歳だった。老衰とみられるが、詳しい死因は不明。AP通信などが伝えた。

1911年ニューヨーク生まれ。銀行勤務などを経て、アニメーション作家として30年代に映画会社MGMに採用された。……

記事でまっさきに言及されているのが「トムとジェリー」なのは、日本では「トムとジェリー」が一番有名、という位置づけなのだろうか(実際、私も一番なじみがあるのは「トムとジェリー」だ)。BBCでは訃報を伝える記事では「フリントストーン」と「スクービー・ドゥー」の画像が使われ、記事の最初の部分で挙げられている作品名はThe Flintstones, Yogi Bear, Scooby-Doo and Huckleberry Hound である。
http://newsvote.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/6191999.stm

BBCには「自然死で、自宅で夫人にみとられて息を引き取った」とあります。95歳、大往生。仕事のパートナーのウィリアム・ハンナが2001年に亡くなった後もワーナー・ブラザーズでエグゼクティヴ・プロデューサーとしての仕事を続け、テレビシリーズのために、共同で脚本を書いたり、ストーリーボードを描いたりしていたそうです。

BBCのオビチュアリ:
http://newsvote.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/3542632.stm

代表作紹介(in pictures):
http://newsvote.bbc.co.uk/2/hi/in_pictures/6193827.stm

BBCにはこのほか、Wallace and Gromitのアードマン・アニメーションのピーター・ロードのコメントがある:
http://newsvote.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/6192949.stm

ピーター・ロードのコメントの概要:
私はハンナ=バーバラの漫画で育った。初めてHuckleberry Hound Showを見たときの衝撃は今でも忘れられない。1950年代終わりに子供だった世代には、あの漫画は宗教的体験のようなものだった。それまでに見たこともない、スピードがあってやかましく、モダンなものだったし、私には信じられないほど洗練されたものに見えた。もし当時うちにカラーテレビがあったら、もっと衝撃を受けていただろう。

ハンナ=バーバラの業績は、優れたデザインとすばらしい声優と音声効果を使って、とてもおもしろいアニメを作ったことにある。コメディとして記憶に残る作品ばかりだ。

自分の好きなコメディ漫画は、すべて「トムとジェリー」の作家によるものだとわかったのは、ずいぶんあとになってから、私がYogi BearやJetsonsやTop Catなどに熱中していたときのことだった。


2DTVのプロデューサー、Giles Pilbrowのコメントも:
http://newsvote.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/6193665.stm

Joseph Barbera, 1911 - 2006
http://en.wikipedia.org/wiki/Joseph_Barbera

合掌。
タグ:訃報 映画

※この記事は

2006年12月20日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 08:55 | Comment(2) | TrackBack(0) | 雑多に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 ども,所沢です.

 今日も今日とて青島幸男や岸田今日子などがお亡くなりになりましたが,まさか「トムとジェリー」の人までが,とは.
 子供の頃はよく見ておりまして,中でも,オーケストラ物は今,CSでの再放送を見てもお気に入りです.

 冥福をお祈りします.合掌.

 ps.
 リトビネンコ関連につき,貴氏の記述を転載させていただきました.引用にとどめたかったのですが,力量不足で申し訳ありません.
 事後承諾の形になってしまい,恐縮ですが,ご了承いただければ幸いです.
http://mltr.e-city.tv/faq16h99.html#07487
http://mltr.e-city.tv/faq16h99.html#07488

 なお,ゴルジェフスキイですが,諜報分野ではかなりの有名人で,本も出しています.
http://www.bk1.co.jp/product/972343
(実際にはゴルジェフスキイとの共著)
 同書には彼の経歴や,亡命に至る経緯までが詳しく述べられています.

 折を見て,拙作サイトにも引用したく存じます.
Posted by 消印所沢 at 2006年12月21日 01:29
>所沢さん
どうもです。「トムとジェリー」と「ムーミン」、子供時代の「テレビ漫画」のスターが一気に・・・(T T) 青島幸男の「意地悪ばあさん」も80年代のを見てました・・・。(何年の放送だったか確認するためにウィキペディア見て気づいたんですが、「河原崎長一と坪内ミキ子が夫婦」という私の何となくの思い込みのルーツは「意地悪ばあさん」かも。)

「トムとジェリー」、YouTubeに上がっている1940年代以前のをいくつか、クリップしておきました。
http://b.hatena.ne.jp/nofrills/Tom%20and%20Jerry/

画質が粗いのですが、1930年代の、まだ「猫とねずみ」になる前の「トムとジェリー」もありました。
http://www.youtube.com/watch?v=e3uHVk6aUCc
http://www.youtube.com/watch?v=zflYEORjqO4
http://en.wikipedia.org/wiki/Tom_and_Jerry_%28Van_Beuren%29

> リトビネンコ関連につき,貴氏の記述を転載させていただきました

ご連絡ありがとうございます。役立つことがあればご利用くださってかまいません。しかし「FAQ」ページ、すごいことになりましたね。こちらからもリンクさせていただきます。(「まとめ系記事」のエントリが一番いいかな?と思うので、そうします。)
http://nofrills.seesaa.net/article/28649296.html

> なお,ゴルジェフスキイですが,諜報分野ではかなりの有名人で,本も出しています.

ご教示多謝です。ちょっとカタカナを変えて「ゴルジエフスキー」で検索してみたら(というより偶然の入力ミスなんですけど)、日本語のウィキペディアで「ジョン・スカーレット」の項目がヒットしました。スカーレットは2004年にMI6の長官になった人ですが、英語でのニュース記事(主に2003年のドクター・ジョン・ケリーの「自殺」に関わるもの、「イラク戦争の開戦理由」関連)には書かれていなかったことが、日本語のウィキペディアにありました。つまり、オレク・ゴルジエフスキー(ゴルジェフスキイ)の英国への亡命(確か1985年)の指揮をとったのがスカーレットだった、とのことで。。。

en.wikipediaのOleg Gordievskyの項にも、そのことは書かれていないんですよね。
http://en.wikipedia.org/wiki/Oleg_Gordievsky
Posted by nofrills at 2006年12月21日 18:46

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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