というか、リトビネンコがなくなった直後の英国での報道の多くが、このラジオのインタビューに基づいていたら、もうちょっと状況がすっきりしていたのに、と思います。(11月24日とか25日といえば、「関係者のだれそれ、ロシア政府関与の可能性を指摘」とか「元KGB職員の関与の可能性」とかいう感じの記事がほとんどだったと思います。その後、お父さんが「元職員が元職員を殺すなどありえない」とメディアの前で語りましたが。)
ラジオ出演時のトランスクリプトの英訳が、NYTにあがっています。文中に日付が示されていないのですが、内容から、「リトビネンコが亡くなった翌日」のものであることは確実です。11ページもあります。
http://www.nytimes.com/2006/12/15/world/europe/12spy-text.html
なぜルゴボイが新聞記事で「容疑者」扱いされたか、謎は謎のままですが、それでも、その点で興味深いインタビューです。このブログの記事の最後で、当時のタイムズの報道をもう一度見直します。
※あ、以下「タイムズ」と書いているのは、NYTではなく、英国のthe Timesのことです。念のため。
で、この事件に関しては「今のロシアって闇鍋よね〜」みたいなことを感じさせられていたのですが、このインタビューのトランスクリプトを読んで、英国のメディアはブラックホールかもしれない、と思いました。だって11月24日の時点でここまで本人がしゃべっていたのに、事件が起きた英国のメディアでは報じられてなかったんだもん。それどころか「元KGBの謎のロシア人、あやしい」なトーンで。
モスクワでのラジオのインタビューですから、当然ロシア語で行なわれたわけですが(NYTのはそれの英訳)、英メディアはそれぞれモスクワ支局ってのがあるわけです。記者もロシア語ができるだろうし、仮にできなくても通訳者さんはいる。24日にはルゴボイ、コフトゥン、ソコレンコの3人がそろってモスクワでメディア取材に応じている(写真がRFE/RLにある)。
こういう話を早く出してくれないから、私もかなり混乱してた面があります。特に「第三の男」の件とかさぁ。。。
以下、概略。なお、NYTの英訳は、ところどころ聞き取りができていないのか、「...」がいっぱいあって、正確に意味が取れないところがあります。しかもこの「...」の箇所、聞き取れないのか、言いよどんでいるのか、言い直しているのかなど一切指標がないので、さっぱりわかりません。したがって、以下の「概略」では「...」の箇所は反映していません。おそらくこういうことをしゃべっているのだろうと英語から判断できる範囲でのインタビューの内容です。
番組アンカー Natella Boltyanskaya:本日はアンドレイ・ルゴボイさん、ドミトリ・コフトゥンさん、ヴァチェスラフ・ソコレンコさんをお迎えしています。お3方ともアレクサンドル・リトビネンコ氏と会っています。
番組アンカー Olga Bychkova:お3方がリトビネンコ氏と会ったのは11月1日です。彼が毒を盛られたのはその日だとされています。翌日、リトビネンコ氏は具合が悪くなり、その後3週間を病院で過ごし、昨晩亡くなりました。何が起きたのかはいまだはっきりしません。毒を盛られたのだということは知られていますが、それが何だったのかは依然として謎です。誰が毒を盛ったのかについても諸説入り乱れています。
Boltyanskaya:今日スタジオにお越しいただいたお3方は、この事件についての事情を何らかの形で知る方々です。
アンドレイ・ルゴボイ:*「ウラジミール」なる者はいなかった、という発言(これは前に書いたので、もう繰り返しません。)* ともかく、アレクサンドルが亡くなったと聞き、ご家族とご友人の皆様にお悔やみを申し上げます。状況をはっきりさせるため、私たちの知っている限り、あの日のタイムラインを説明したいと思います。
Boltyanskaya:アンドレイ、非常に多くのリスナーから何らかの形で質問が来ているのですが、あなたはFSB職員だったのですよね。
ルゴボイ:私が何者かということをお話ししましょう。私は1日たりともFSBに勤務したことはありません。*以下、ルゴボイの経歴について。12月9日の記事を参照* 私の所属していたKGB第9局は、要人警護の担当であり、作戦行動(operational work)は一切行なっていませんでした。 *以下、とても詳しい説明。あまりに詳しいのでカット*
質問:リトビネンコ氏は宣誓を破った裏切り者なのでしょうか。お考えをお聞かせください。(注:ベレゾフスキー暗殺計画の暴露から亡命までのことで「裏切り者」という意見がある。)
ルゴボイ:国家への反逆とか宣誓違反という観点からの捜査は行なわれていませんから、そのように強い言い方は私はしません。彼の仕事が捜査対象となったということ、いくつかの犯罪で執行猶予つき有罪判決を受けたということは私は知っています。しかしどのような犯罪だったのかは私にはよくわかりません。その後彼は国を去りました。彼が裏切り者だったのかどうか、私にはわかりません。何ら捜査は行なわれてませんから。ましてや法的な動きもありませんでしたし。彼より早く国を去った人たちとは違って・・・
質問:アンドレイ、あなたは今何をなさっていますか?
ルゴボイ:ビジネスです。
質問:どのようなビジネスですか?
ルゴボイ:(伝統飲料の)kvasやsbitenを作る工場を共同で所有しています。ロシアで最大の工場です。Pershinというブランドです。*詳細はこの記事を参照* 弊社の製品をお試しいただいた方には気に入っていただけていると思います。大企業です。敷地は5万平米、従業員は500人です。
質問:リトビネンコ氏とのミーティング、氏とのパートナーシップについてですが、どのようなものだったのでしょうか?
ルゴボイ:非常に単純なものですよ。ところで私の仕事についての話はまだ終わってなかったのですが、それはあとでまた改めてお話ししましょう。さて、彼とのパートナーシップについてですが、非常に単純です。知り合ってから10年になります。といっても彼が出国する前は単なる顔見知り程度でした。仕事上も個人的にも付き合いはありませんでした。彼はベレゾフスキーと仲良くなり、私はベレゾフスキーがメインの株主であるロシアの公共テレビの警備部門の責任者でしたから、自然とリトビネンコと会うようになりました。
それから彼は国を出た。音信不通になっていましたが、2年ほど前に彼から電話がありました。連絡があるとは、まったく予期していませんでした。彼は私にロンドンには来るのかと訊きました。私はロンドンにはかなりよく行きます。今年だけでも12〜13回行っています。電話で彼は、次に来たときに会おうと言いまして、実際にそうしました。彼は、英国の大企業に紹介してやってもいい、と言いました。倫理的な理由からそれらの企業の具体名は述べずにおきます。ロシアへの投資、ロシア市場への参入に興味のある英国の企業です。
私の仕事のことを話したら、彼は私がそれらの企業の役に立つと考えたのです。実際、今年、ロシアに興味のある有名企業複数と話をしましたよ。私のほうでも英国に興味がありまして。
私たちの関係は次のように進みました。私が英国を訪れている間、彼がパートナー(企業)との会合に同席します。そうすれば収入が得られると彼は考えていました。また、自分でもビジネスをやってみようと思っていたのではないでしょうか。
質問:リトビネンコ氏は何をしていたのでしょう?
ルゴボイ:彼と話したことがある事柄しか、私にはわかりません。それに、この2〜3年は彼についてほとんど聞くこともなかったのですが……それでも彼には常にスキャンダルがついて回っていました。私としては、仕事の付き合いという枠組みを超えないようにしていました。
質問:つまり、個人的なことはきいていない、と?
ルゴボイ:ええ、個人的な質問はしていません。彼からも質問されたことがありません。
質問:事件について、リトビネンコ氏があなたの名前を挙げたとのことですが、その話の出元についてはどう思いますか?
ルゴボイ:昨日、外国のプレス複数と会いました。コメルサント紙とも話しました。そのときにかなりはっきり申し上げているのですが、彼が私の名前を出したことは確かだと思います。けれども、毒物と私を関係づけたのではありません。断言できるくらいです。理由をご説明しますので、途中で割り込まず最後まで言わせてください。
11月1日に会ったのですが、翌2日にも会おうということになりました。そして2日の午前8時半に彼から電話がありました。ある会社で10時に会うことになっていたのです。電話で彼は「アンドレイ、どうも急に体調が悪くなってしまって。胃がおかしい。嘔吐しっぱなしなんだ。会合には出られそうにない」と言いました。通訳者は手配しないことにしていたので、「君がいないと話をするのは難しいから、会合は延期しよう」と私は彼に言いました。こうして会合は後日改めてということになったのです。
2日の晩に電話があり、体調がまったく回復していないと。彼には私と妻が20日にマドリッドに観光旅行に行くということはわかっていました。その前に電話で話したときに言ってあったので。彼は「マドリッドには友人がいる。ビジネス・パートナーでね。僕はよく彼のところに行くんだが、君のことも紹介しようか。あちらもロシアに窓口ができればうれしいということだし」と言いました。私はいいね、と言い、じゃあまた詳細は連絡する、ということになりました。
7日に電話すると、すでに入院していました。奥さんが電話に出て、彼に代わってくれました。しばらく話をしました。体調はどうだと聞いたら、2日間意識を失っていた、毒にやられたんじゃないかと思う、と言っていました。7日に話をしたときには、毒について、まだそれほど断定的なことは言っていませんでしたね。少し回復してきているので、数日で退院できるのではないかとも言っていました。しかし、スペインに行くのに必要な妻のシェンゲン・ヴィザが切れていて、旅行の日程がはっきりしない、と彼に言いました。じゃあまた1週間のあいだに連絡しようという話になりました。
13日に私から彼に電話をしました。そのときにはすでに彼はステートメントを出していて、マスコミに載り始めていました。ええと、イタリアのあの人です。名前を正確に覚えていそうにないので名前は出しませんが。
質問:スカラメッラですね。
ルゴボイ:ええ、そうです。私たちは彼と話しました(Yes, we talked with him. <weとhimが誰のことなのかが書かれていないので、意味がわからない)。13日の電話でも奥さんが電話に出ました。奥さんには私の声がわかったので、すぐに代わってくれました。2分くらい話をしました。声は不明瞭(thick)でした。彼は、毒を盛られたことは間違いない、と言っていました。症状から、それしか考えられないのだ、というのです。
質問:何か特定のことに言及していましたか?
ルゴボイ:症状を具体的に言いはしませんでした。彼は「何か、まったく予期していなかったことが僕に起きている」と言いました。それは何かと私は尋ねました。スペイン行きは23日の予定で、その週の間、つまり17日までに妻のヴィザも用意できることになっていました。彼は「今月いっぱいは僕は回復しないかもしれない。君たちのスペイン行きは12月にしては」と言いました。(毒物の話ではなく)そういう話をしたんです。私は「そうだなあ、どうしようか、いずれにせよまた連絡するよ」と言いました。
というわけで彼はその間に病気になって、スカラメッラの名前はさかんにメディアに出ていた。私の名前が現在、西欧のメディアに出ているように。
確信をもって断言できますが、アレクサンドルも私も、彼の家族も友人たちも、彼に会った人全員が、11月1日に私が彼に会ったのは、彼がスカラメッラと会ったあとだったということを知っています。証明しろというならします。私たちが会った場所も彼らにはわかっている。それなのに、3週間の間、彼が集中治療室に運び込まれるまで、誰もそれを口にしなかった。
質問:なぜでしょうか?
ルゴボイ:さあ、わかりません。彼が病院に運び込まれたとき・・・集中治療室ですね、メディアによると、そのときに私の名前がすぐに出てきたんですよね。彼と私とで話しているときはまったく普通の会話しかしてません。誰も誰かを責めたりしていない。彼はその話はまったくしなかったんです。
質問:彼が病院からあなたと電話で話したのはいつですか?
ルゴボイ:病院に入っているときです。7日と、それからステートメントを出したあとの13日に話しています。私の記憶違いでなければ、私の名前が出たのは20日の月曜日でした。この番組でもです。アルメニアの首都に言っていて、その日の午後遅くになってモスクワに到着したのですが、7時か8時でしたね、着陸するとすぐに電話がかかってきて、私の名前が出ている、と言われました。職場に行って、一通り通信(wires)を見ました。翌朝、(ビジネス・)パートナーや弁護士と会って、助言を求めました。翌朝、火曜日ですね、私はすぐに英国大使館に連絡をしました。電話で、会ってお話したいと伝えました。何があったのかを出来る限りはっきりさせるためです。大使館からは折り返し電話があり、いいですよ、そうしましょうということになり、時間を決めました。木曜日の午後2時です。
質問:つまり昨日ですね。
ルゴボイ:そうです。昨日です。
質問:実際にお会いになられたのですか?
ルゴボイ:ええ、非常に建設的なものでした。
質問:満足されていますか?
ルゴボイ:はい。私の立場は次の通りです。英国大使館に対して状況をはっきりさせるまでは、(そのほかのところで)解明はしません。強調しておきますが、私は「説明(explanations)」という言葉は使いません。「状況の解明(clarification of the situation)」と言います。火曜日に、ロシアのも外国のも含めていくつものメディアがいきなり私の名前を出すようになりました。マスコミの方々には、2時に英国大使館で代表の方たちとお会いするので、そのあとでステートメントを出します、と言ってありました。そしてその通りにしたのです。
質問:英国の警察とはまだお話になっていないのですね?
ルゴボイ:会うことは会いました。ドミトリ(・コフツン)も一緒で、弁護士が1人同席していました。法的な根拠がないので、正式な面会ではありませんでした。
質問:ということは、ただ話しただけだと?
ルゴボイ:そうです。大使館の要職者3人もおいででした。私たちは私たちのステートメントを渡しました。受領証をいただいています。彼らは、「今日またあとで連絡します。この件は特にメディアで多大な関心を集めており、私どもとしても無視することはできませんので、そちらからコンタクトしていただけて大変にうれしいです」と言っていました。今日、連絡を取って、会う予定を立てました。何について合意したかはお話ししたくありません。私たちの話についてはコメントをしないということで双方が合意していますので。
質問:では、アンドレイ、同僚の方にもお聞きしたいのですが、みなさんはセキュリティの仕事については素人ではありませんよね?
ルゴボイ:もちろん。
質問:リトビネンコ事件に関連して、またあなたとの関連で、メインとなるのはどのようなことでしょうか。
ルゴボイ:私の疑問は非常にシンプルです。この事件に関係している名前は2つだけ。11月1日に会った人だけです。セキュリティについて知っている人間として、私の疑問は・・・英国のスコットランドヤードも十分にプロですが、彼のコンタクトをすべてたどることは必須です。先月だけでなく、過去6ヶ月、あるいは12ヶ月にさかのぼって。ここが出発点です。携帯電話や接続の履歴をすべてたどり、番号を確認する。ロシアのもイングランドのも。場所の移動、新聞記事、電話、ロシアからのもスペインからの。また、ロンドンからのもモスクワからのも。
質問:毒を盛られたことについてですが、それには異論はないですよね。それがもっと早かったということが考えられると?
ルゴボイ:私には司法についてある程度経験がありますから、こういう言い方をしますが、法的な観点からは、医師の診断や専門家の調査があってはじめて、毒殺といえるのです。そうでないと始まりません。私の知る限りでは、車の中でニュースを聞いていたのですが、医師のステートメントは出ています。非常に早く進行したことに驚いた、と。しかし毒によるものだったとの事実はまだ彼らはコンファームしていません。
質問:何か、考えられる説というものは?
ルゴボイ:さあ、わかりません。私は彼のそばにいたわけではない。何がどうなったかを知らないのです。
質問:しかしあなたはセキュリティの専門家でいらっしゃる。
ルゴボイ:ちょっと待ってください。私のよく知っている知人・・・変な言い方ですが・・・や親戚について、人々があれはどうしたんだと思う場合に、それが健康状態の問題のときにですね、私が自分の専門分野から、あれこれと引っ張ってこられると、そういうことですか。
質問:ありがとうございました、アンドレイ。では次はドミトリへの質問です。
※以下、コフツンやソコレンコも出てきますが、それは別の機会に改めて。
ここでひとつ、私が混乱していた点がはっきりしました。
リトビネンコが最初に病院(バーネットの地域総合病院)に入院したときは、携帯電話で話ができていたようですね。冷静に考えればそりゃそうだ、バーネットの総合病院は集中治療室がないから、大学病院に転院したんじゃんね。なぜか、バーネットの段階からICUに入っていたかのように考えてしまっていたようです。早合点と思い込みです。面目ない。
最初にその話が出たタイムズの独占インタビュー記事(11月24日)から該当箇所:
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,13509-2469663,00.html
"We were supposed to have a business meeting the next day but he called early in the morning and said that he was not feeling too well and suggested I go to the meeting without him.
"I called him again on November 7 and he said he was still not feeling too good and that I should call him in a week. When I called on November 13, his wife answered and passed the phone to him and his voice really sounded like a man who was unwell."
このタイムズの独占インタビューは、ラジオでルゴボイが「昨日、外国のプレス複数と会いました」と言っているものでしょう。
また、ルゴボイの名前が英メディアでさかんに取り上げられるようになったとき(亡くなる前の数日)、ルゴボイの話によれば、リトビネンコ本人の口からは「お前がやったんだろう」という言葉は一切出なかった。
振り返ってみる必要がありそうですね。これはタイムズだけでいいや。
ルゴボイは「当初は名前が出ていたのは私ではなくスカラメッラだ」と言っています。
19日のタイムズ記事。多分これが最初期の報道のひとつです。
Poisoned: spy who quit Russia for Britain
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,2087-2460129,00.html
Last month Litvinenko received an unexpected e-mail from a man he knew as Mario, an acquaintance he had made in Italy. The Italian said he wanted to meet him in London because he had some important information about the murder of Anna Politkovskaya, ... Litvinenko was a friend of Politkovskaya, one of the Kremlin's most powerful critics, particularly over the war in Chechnya.
"We met at Piccadilly Circus," said Litvinenko. "Mario said he wanted to sit down to talk to me, so I suggested we go to a Japanese restaurant nearby.
"I ordered lunch but he ate nothing. He appeared to be very nervous. He handed me a four-page document which he said he wanted me to read right away. It contained a list of names of people, including FSB officers, who were purported to be connected with the journalist's murder.
...
After the meeting the Italian had simply "disappeared", although Litvinenko emphasised that he was not in a position to accuse him of involvement in his poisoning.
That night Litvinenko became violently ill. ...
こりゃ確かに、「マリオなるイタリア人、あやしい」の言説ですね。この記事は、1970年代にロンドンでリシンの針で暗殺された東欧からの亡命者の事件と関連付けたライティングになっているのでちょっと読みづらいのですが、落ち着いて読み返してみると、この時点で疑惑がどの方向を向いていたのかは明白です。この記事にはアンドレイ・ルゴボイの名前はありません。
タイムズの記事に最初にルゴボイの名前が出てくるのは11月22日。
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,13509-2465271.html
The Times has also been told that two Russians met Mr Litvinenko at a London hotel early on November 1. One of them is Andrei Lugovoy, a former KGB colleague of Mr Litvinenko, who now provides security for some of Russia's richest men. He was said to have been seen in London about a week before the alleged murder attempt and is then thought to have met Mr Litvinenko for "a cup of tea" with another Russian known only as Vladimir.
Police also want to question Dr Scaramella, who emerged from hiding in Rome yesterday to reveal how he was involved in a secret investigation with Mr Litvinenko into Russian death squads believed to be operating abroad.
このときにはまだ「謎のロシア人ウラジミール」が記事に出てきます。(今読むと下手なスパイ小説みたいだとすら思うけど。)
この「ウラジミール」がルゴボイと同行していて「しきりにお茶を勧めた」ことで、「ルゴボイがあやしい」という方向に風向きが変わりました。
翌日、11月23日のタイムズ。この記事で「ルゴボイってあやしいよね」のトーンが全開です。
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,13509-2466978.html
The stranger, described as a "tall, taciturn sharp-featured Russian in his early forties", accompanied an ex-Kremlin bodyguard, Andrei Lugovoy, to the hotel.
Mr Litvinenko told police that he became suspicious that "Vladimir" was careful to reveal nothing about his identity, or why he had turned up to what was supposed to be a private get-together.
...
Detectives say "Vladimir" could be crucial to their in- quiry, but the victim who holds the key to this investigation was unable to talk to police yesterday
記事には、「ウラジミールが自分はこういう者ですとも言わなければ、その場にやってきた理由も言わないので、不審に思った、とリトビネンコは警察に語った」とありますが、「ウラジミール」の名前を言い出したのが本当にリトビネンコなのかどうかがわからないんですよね。。。
しかもこのとき、病床のリトビネンコのスポークスマンみたいに振舞っていた(<ガーディアンの説明)友人のゴールドファーブは、He is very tired, he is not really communicating. ... He just slips in and out of consciousness and holds on to his wife's hand(彼はとても疲れていて、コミュニケーションは滞りなく成立しているわけではない。時々意識を失っては回復し、常に奥さんの手を握っている)と述べている。
ゴールドファーブの説明は、ルゴボイの発言と食い違っています。ゴールドファーブは "He only agreed to the meeting because he used to know Andrei Lugovoy during their days in the KGB." (KGB時代にルゴボイのことは知っていたから、ルゴボイと会うことにしただけだ)として、「ウラジミールなんて奴は知らないんだから、身の安全に気をつけていた彼が会うはずがない」ということを匂わせている。
でもルゴボイの説明ではこの数年ずっと彼らは仕事の付き合いがあり、しかも最初にコンタクトしてきたのはリトビネンコの方。
さらに、ゴールドファーブの「あやしい」という考えの元になっていると思しき「ウラジミール」は存在しない。(実際にあの日のミーティングにいたのは、リトビネンコと面識のあるドミトリ・コフトゥン。)
ついでに、ルゴボイが「元KGBで、元FSB」というガセネタを流したのも、この日のタイムズ。(実際には、元KGBではあるが、元FSBではない。KGBで所属していた局は、FSBにはなっていないので。)
こりゃー、ロシア当局者が感情的に「うそばっかり書くな」と反発するのも無理はないですね。。。しかもゴールドファーブって、経歴から判断して多分、ロシア当局(反オリガルヒ)にしてみればusual suspectでしょう。はなっから疑ってかかるか、あるいははなっから「売られたけんか」として受け取るかじゃないのかなあ。
第一、「ルゴボイがあやしい」ってリトビネンコは本当に言ったのかどうか。タイムズのこの記事を「タイムズによると」ってまとめてしまうと、リトビネンコがそう言った、というふうになると思いますが、慎重に読むと、「ルゴボイがあやしい」とは言っていない。ただ、「ルゴボイと一緒にいたウラジミールなる男は怪しい」とは言っていたのかもしれないけれど、ときどき意識が飛んでしまうような状況での発言。
つまり、「ルゴボイが容疑者」という説は、真か偽かわからないけれども、出自そのものが無謬ではないんですね。
やっぱしばらく冷却期間を置いて記事を読み返すのは、こういう錯綜した事件では必要なことだ。
タイムズの記事検索で"Andrei Lugovoi"で初期報道(24日まで)を見てみると、リトビネンコが「ルゴボイが怪しい」といった、という事実は、まったく確認できない。
23日の記事の次にルゴボイの名前の出てくる11月24日のタイムズ記事では、いつのまにかこんなことになっている。しかも、リトビネンコの最後のステートメントについての記事だ。たち悪い。。。
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,29389-2469142.html
Last night in Moscow, Andrei Lugovoi, the former Kremlin bodyguard who has been accused of carrying out the poisoning, told The Times that he was not involved and that he was prepared to travel to London to prove his innocence.
※太字は引用者による
昨夜モスクワで、毒を盛った本人であるとされるアンドレイ・ルゴボイ(元クレムリンのボディガード)が、タイムズに対し、自分は事件には関わっていないと述べた。
同じく24日、「ウラジミール」などいない、というルゴボイのインタビュー記事が、タイムズに掲載されている。
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,13509-2469663.html
でもこれ、そのときその場で読んでいたら「怪しい奴が何か言ってる」と思えるよね。
情報っておそろしい。
さらにおそろしいのは、ルゴボイが本当に真実を語っているのかどうかもわからない、ということだけれども。
(※NYT掲載の英訳が正確である、というのは、前提にしてます。あれが内容的に不正確なものだったら、と考えると恐ろしいけれども。)
※この記事は
2006年12月17日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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