1982年9月16日、軍に包囲されたその一般人居住区は民兵に襲われた。正確な犠牲者数は、今も不明だ。
http://matome.naver.jp/odai/2134788831152165701
晴れ上がった空に、洗濯物がばたばたと音をたてていた。遠くでイスラエル軍の拡声器が投降を呼びかけていたが、回りには死者しかいなかった。女の子がおもちゃの赤いイヤリングをしていて、それを見て私はこみあげてくるものを止められなかった。……
――広河隆一『パレスチナ―瓦礫の中のこどもたち』(1991年、徳間書店)、p. 44
![]() | パレスチナ―瓦礫の中のこどもたち 広河 隆一 徳間書店 1991-06 by G-Tools |
もっと子供のころからニュースを聞くと、なぜか、「ケニアの首都ナイロビ」、「リビアの首都トリポリ」、「アルゼンチンの首都ブエノスアイレス」などの語句がセットフレーズとして頭にインプットされるという変なクセがあったので、「レバノンの首都ベイルート」というセットフレーズは知っていたかもしれないが、では「レバノン」という地名が何なのか、それが何を意味するのかはまったく知らなかったし、どこにあるかも知らなかった。知らない、というか、特に関心がなかったはずだ。(画像は当時の米誌TIMEの表紙。虐殺が行われたすぐ後に、記者が入った。)
当時から、「中東は難しい」という「イメージ」だけはあった。イラン・イラク戦争が起き、同級生のお父さん(商社の人)が「ヨルダン」という国に配属替えになったときには、「アルジェリア」があって「ナイジェリア」があるのに、「ヨルダン」があっても「アサダン」はない、などというダジャレで、クラスのお調子者が教室を笑わせるということはあったが、「なんとなく、いつも戦争ばかりしている地域」という「イメージ」だけで、それ以上には特に関心を持たなかった。
その頃、将来自分が、こんな「一次資料」を読んで、うはー、とか、くはー、とか言っていることになろうとは、まるで思っていなかった。(via NYT Op-Ed by Seth Anziska)
Declassified Documents Shed Light on a 1982 Massacre nyti.ms/U2igHJ エルサレム(!)にあるイスラエル国立文書館によって今年公開。1982年、サブラ&シャティーラ虐殺の際のイ政府と米国との会合記録。
— nofrills (@nofrills) September 18, 2012

こういう感じの文書。会合の記録なので、(ウィキリークスが暴露した外交公電などにあったように)密かに自分を売り込もうとして技巧を凝らして書かれている、などといったことはなく、決して読みづらくはない。
が、読んでいて、つらい。
しかもこの文書などを保管しているナショナル・アーカイヴスが、テルアビブではなくエルサレムにあるという事実。
そして、自分が、リアルタイムではこのひどい虐殺を、まるで記憶していないという事実。1982年9月といえば、「9月14日 - モナコ公国のグレース・ケリー大公妃が自動車事故死」、「9月22日 - 三越・岡田茂社長が取締役会で解任される。『なぜだ!』という言葉が話題に」といったニュースは当時見たことをはっきり記憶している(といっても別に特別の関心があったわけではなく、「三越」のニュースは「知っているデパート」だったからおもしろがってニュースを見ていて、記憶したのだと思うが)。
「晴れ上がった空」、「洗濯物がばたばた」、「おもちゃの赤いイヤリング」……こんな何でもないような要素が、こんなにひどい「ニュース」と関連するなどとは、まったく思ってもいなかった子供時代。ひどい「ニュース」とは、「空襲」とか「ナパーム弾」といった、自分の日常生活にはまったく縁のない言葉が出てくるものであった。(ベトナム戦争の、少なくとも終わりのころのニュースは、私は記憶している。「ボートピープル」や「ベトちゃん、ドクちゃん」のニュースもリアルタイムで見ていたし、『ベトナムのダーちゃん』のような本も読んだ。それでいて、「自分とは関係のない物と言葉で語られる世界」でしかなかった。)
ロンドンのテイト・ギャラリー(時代区分からいって「モダーン」の方だが)が、今年、イラク人画家のDia Azzawiがサブラ&シャティーラの虐殺を描いた絵画を購入したそうだ。
画家はジャン・ジュネの報告に触発されてこの強烈な作品を描いたという。
![]() | シャティーラの四時間 ジャン ジュネ Jean Genet by G-Tools |
こういう「非道」は、決して「過去の話」ではない。というか、今、ここにある。
Sabra and Shatila massacre: 30 years on #Palestine #Lebanon #Israel has been chirpified! chirpstory.com/li/22988
— nofrills (@nofrills) September 17, 2012
というわけで、サブラ&シャティーラ虐殺についてTwitterをさかのぼってみたが、「パレスチナ問題」でよく出てくるイスラエル支持の人たち(モニタの前でIDFを擁護する書き込みをするだけの簡単なお仕事、という感じの人たち)のツイートが、1つもなかったと思う。
— nofrills (@nofrills) September 17, 2012
一方で、「30年前の虐殺(サブラ・シャティーラ)を非難する人々のほとんどが、今の虐殺(シリア)はスルーですか」的な投稿はいくつか。(これ、ほんとにそうなんだよね。)
— nofrills (@nofrills) September 17, 2012
"Why silent over massacres in Syria?" というようなツイートは、上記chirpstoryで拾えていないかもしれないが、複数見たことは確かだ。下記はそのひとつ。
No need to remember Shatila & sabra massacre, massacres are still here... from syria with love twitter.com/amani_bn/statu…
— amani ben (@amani_bn) September 16, 2012
※このイラストの基になっている写真(見たらひどく衝撃を受けるような写真です)。
http://twitter.com/FarahAlSweel/status/247478632052826113
「非常によく似た光景が今も」というようなツイート:
Painfully similar. Sabra and Shatila, 30 years ago i.imgur.com/WGbrZ.jpgand Idlib, today. i.imgur.com/KyfD3.jpg
— Lilah Khoja (@lkh0ja) September 16, 2012
30 years since the massacres of Sabra and Shatila, and the same shit is happening in Syria every day. It's a sick world we live in.
— Amal (@amal928) September 16, 2012
※この記事は
2012年09月18日
にアップロードしました。
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