「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2012年09月09日

昨年インターネットを引っ掻き回したLulzSecの「トピアリー」が、オブザーヴァーでインタビューに応じている。

英国のハクティヴィスト、LulzSecの "Topiary" の「正体」がわかったのは、昨年7月も終わりのことだった。ジェイク・デイヴィスという名の、当時18歳のひ弱そうな少年。
http://en.wikipedia.org/wiki/Topiary_%28hacktivist%29

不正アクセスなどで逮捕・起訴され有罪を申告した彼は、(英国でのほかの多くの被告と同じように)電子タグをつけられて保釈された。裁判が始まるのは来年になるようだ。

その彼に、9日付のオブザーヴァーがインタビューしている。というより正確には、オブザーヴァーの「アノニマス」特集記事に、彼のインタビューが組み込まれている。

その記事を、あれこれ資料を見ながら、なるべく詳しく読んでみた。

「アノニマス: サイバー空間の反乱者たち、その仮面の向こう側」(英語記事紹介)
http://matome.naver.jp/odai/2134716249687617401


この記事、興味深いのが「(HBGaryなど米企業やCIAなど米政府機関をきりきり舞いさせた)LulzSecが、いかに突発的で予測不能であったか、そしてその構成員のいかに多くが、英国&アイルランド拠点であったか」に注目している点。

ていうか、LulzSecって、あれ、いかにも「イギリス」じゃんwww なにしろ、 "Laughing at your security since 2011!" だよ。

Occupyはクソ真面目で、型にはまったこと(「99%」という標語とか。最近ではアホみたいに型通りの「陰謀論」まで出てるけど)が実は好きで、いかにも「アメリカ」という感じがするし、「アノニマス」の活動として伝えられることの多くも「アメリカ」っぽさがあるんだけど(原作じゃなくて映画のほうのV for Vendettaの感じ。無邪気な「ピープル・パワー」)。

※この記事は

2012年09月09日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 23:20 | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼