kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2006年11月26日

マイケル・ストーン、特赦取り消し。

24日、ストーモントに爆弾持って乱入しようとしたマイケル・ストーンが、特赦取り消しとなった。それ自体は「ニュース」ではなく「確認」のような情報だ。
Stone's release licence suspended
Last Updated: Saturday, 25 November 2006, 20:44 GMT
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/6184614.stm

ストーンは、ロイヤリストの殺し屋として1988年までに犯した6件の殺人(うち3件が1988年のミルタウン墓地での手榴弾襲撃)で有罪判決を受け、600年とか800年とかいう懲役刑を科せられていたが、1998年のベルファスト合意(グッドフライデー合意)の「政治犯の釈放」により、2000年に出獄。以後は一般市民として生活し(非行少年のサポート団体にいたり、画家として活動したり)、過去を綴った本を出したり、時々メディアに出てきたり、という感じだった。1955年生まれ、現在51歳。
http://nofrills.seesaa.net/article/26613641.html

昨日(25日)の晩に、BBCに、Man in court over Stormont breachという見出しで、ストーンが即時起訴されたことが報じられていて(この記事のコメント欄にメモ)、そのときは容疑は下記の通りだった。
Loyalist Michael Stone will be charged with five counts of attempted murder, possession of articles for terrorist purposes and possession of explosives.

He will also be charged with possession of an imitation firearm when he appears at Belfast Magistrates' Court.

つまり、「殺人未遂5件、テロ目的の物品の所持、爆発物所持」と「銃火器の模造品の所持」。

で、当初はBBCに出てる情報はそれだけで、「殺人未遂5件」の内訳、つまり「誰を殺害する目的だったのか」は書かれていなかったのだが、BBCが同じURLで情報を更新した記事では「彼のターゲット」が見出しになっている。

以下、いきなり笑い出します。笑っていいのかいけないのかわからないけれど、笑うしか反応のしようがないので。

Stone on Adams murder bid charge
Last Updated: Saturday, 25 November 2006, 18:13 GMT
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/6182996.stm

げははははは。やっぱりとしか言いようがないのだけれども、ぎゃはははは。ターゲットはジェリー・アダムズ、マーティン・マクギネス。それで起訴されたということは、本人がそれを自供したんだろう。

1988年のミルタウン墓地襲撃でも、ターゲットはこの2人だった。ってかそれ以前から、ストーンはこの2人をターゲットと心に決めてずーっと襲撃(暗殺)の機会をうかがっていた。つまり、20年以上、ずっと狙っていたということになる。(USの「カストロ暗殺計画」みたいなものでしょうか。ただ暗殺を企てる者が個人という点は多少異なりますが。)(ちなみに「カストロ暗殺計画」のプロットで私が一番好きなのは「葉巻に爆発物あるいは毒物」が「ターゲットが禁煙した」ことで断念された件。CIAにとってはまさに予想外だっただろうなあ。)

ジェリー・アダムズとマーティン・マクギネスに対する暗殺を企ててきたのはストーンだけではないにせよ(マクギネスは元IRAの幹部であることを認めている。アダムズは認めていないが、IRAのトップであったとされている。つまり2人とも「ユニオニストの一般市民に対する無差別テロ」で「有罪」、UDAなどにとっては「合法的なターゲット」という理屈)、まったく不屈の闘志、魂のNo Surrenderだ。ああ、お腹痛い。マクギネスについては暗殺(狙撃)寸前まで行っているはず。

だったら1998年にベルファスト合意(グッドフライデー合意)を支持したのは、あれは何だったんだ。「政治犯は釈放される」に釣られたのか? モー・モーラムが生きていればメイズ刑務所でのストーンとの面会の詳細をメディアに語っていただろうが、モーラムは昨年病死してしまったので(脳腫瘍)、残念だ。

「政治犯は釈放される」に釣られたにせよ、リパブリカンの爆弾犯が保釈されたことでは怒っていたようだし、結局、「自分(たち)は釈放されて当然」に過ぎなかったのか? 北アイルランドの、政治的暴力というものの悲しさと残酷さを、当事者としてそのど真ん中で体験したからではなかったのか? 「郷土を暴力の連鎖の地とするようなことは二度としない」という決意が、少しでもあったのではないのか?(いや、当時はほんとにあったかもしれない。でもその後の展開で気持ちが変わるということは、ありえるよなあ。。。)

しかも、仮に今回ストーンが本気でターゲットを仕留めるつもりだったとすれば(どうも「本気」には見えないんだが)、あまりにアホすぎる。拳銃はレプリカ、爆弾は手製(だからといって威力が低いということにはならないが)で、正面玄関から突破を試みる、って無茶苦茶だ。しかも正面玄関は、人ひとりがゆっくり通れるだけの回転ドア! そこを抜けてロビーの中に到達してから攻撃開始、ってんなら話はわかるが、ドアのところで爆弾入りのカバンを投げ込んで取り押さえられている。んなところで爆弾投げたって、議場のジェリー・アダムズにもマーティン・マッギネスにも届かん。爆弾で混乱させておいて議場に突入してナイフなどで襲う、という計画も理論上はありかもしれないが、現実性が低すぎる。

ということを思うと、「本気」だったとは思えないんだが。マイケル・ストーンは素人ではない。ミルタウンの前に、3件の暗殺を行なっている殺し屋だ。(著書None Shall Divide Usに詳しく書かれている。)うーむ。ま、それでうまく行くと思ったくらいイっちゃってるのかもしれんが。

ピストルがレプリカだったということは、本物が手に入らなかったということだ。ということは、ロイヤリスト武装組織にとってピストルは入手困難な品物ではないにも関わらず(彼らは武装解除していない)、「悪名高い殺し屋」であるストーンは、もはや拳銃すら手に入れることができないということを意味する。ひょっとしたら、ストーンに限らず元UDA/UFFやUVFの「兵士たち」にはピストルですら手に入らないというアピールにもなりうる。。。って、これは「想像力」の分野の話だ。

ほんとうに、わけのわからない「事件」だ。標的がアダムズとマクギネスだったというのも古典的すぎて、誰しもが「それしかないだろう」と思える点が、当たり前すぎる。つまり、全体的にマヌケすぎる。「本気」だったんだろうか、ほんとに。

ひょっとして、身の危険があまりに深刻になってきたので(ストーンは暴露できる内情をたくさん知っている上に、本を書けばそれが金銭的利益としてストレートに自分を利するということも知っているから、「書かれては困る」ことがある連中にしてみればヒヤヒヤし通しだし、現にストーンは脅迫も受けているという)、余生は塀の中で、とでも思ったとか? 

そういえば、内紛(内輪の殺し合い)でUDAを追放されてブリテン島に「亡命」したJohnny Adairが、暴行罪で逮捕され、釈放されたか出所したかの直後、妻を殴ってまた暴行罪の現行犯逮捕で拘置所に入った、ということもあった。当時AdairにはUDAからの脅迫があったはずだ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Johnny_Adair#Exile_from_Northern_Ireland

そろそろ今回の件の事実関係に戻ろう。

いずれにせよ、ストーンが武装してストーモントに乱入しようとして取り押さえられたということは、ストーンの特赦取り消しには十分すぎる理由となる。

http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/6184614.stm
An order suspending his licence was signed by Northern Ireland Office Minister Paul Goggins, on behalf of Northern Ireland Secretary Peter Hain, on Saturday.

In his statement, Mr Hain said Stone was "in clear breach of the conditions of his release".

Under the terms of the licence, prisoners released early can be sent back to jail if they become re-involved with terrorism, or are considered a risk to the public.

1988年のミルタウン襲撃事件(Miltown Massacre)後に逮捕・起訴されて服役を開始したストーンは、刑期を12年つとめたところで、2000年に特赦となった。しかしこのときの裁判では、判事は30年は仮釈放なしが望ましいと述べていた。つまり、「30年仮釈放なし」のところ、状況の変化で12年で出て、それから6年目で塀の中に戻る、ということになる。元々の計算でいうとあと18年が残っているので、特赦取り消しで「少なくともあと18年」は服役することになるだろう。

なお、今回起訴された「殺人未遂5件」の内訳は、上記BBC記事によると、ジェリー・アダムズ、マーティン・マッギネス、警備員2人(入り口にいた2人ですな)とほか1人(誰かわからない:a person unknown ←どういうこと?)。

また、所持していた「テロ目的の物品」の細目は、
The court heard the articles allegedly for terrorist purposes included nailbombs, an axe and a garrotte.

爆弾(爆発しなかったが)はネイルボムか。。。本気だったのかなあ。本気で、「ロビーでネイルボム、警備員を倒して議場に乱入→斧やナイフ等の武器でターゲットを襲撃」というプランか?

だとすれば、外壁にスプレーで "Sinn Fein/IRA War" と書いたのも、単なるスタントではなくて、ましてやアート・パフォーマンスでもなく、本気だろう。ストーモントの警備員は丸腰だが、爆弾が爆発すれば警察の特殊部隊が現場に急行する。議場での立ち回りの間にストーンは射殺されるだろう。それを考えたメッセージだったのかもしれない。



というわけでどんどん想像力がたくましくなる事件ですが、記事リンク。CNNの記事とかも一応見てみたけど、まとめとしてはわかりやすいがマニアには物足りない。

ガーディアン/オブザーヴァー、アイルランド関係の主筆ヘンリー・マクドナルドがようやく出てきました。

If power-sharing fails, the likes of Stone will be back
Comment
Sunday November 26, 2006
http://www.guardian.co.uk/Northern_Ireland/Story/0,,1957415,00.html
現状がいかに「無理のあるものか」を説明。特に「シン・フェインが北アイルランド警察を全面支持する」という条件について(これは1921年のアングロ・アイリッシュ条約での「英国王への忠誠」と同じようなもの)は重要なことが書かれている。あと、DUP内の意見の不一致についても。最後の2パラグラフは今後数ヶ月にわたって留意しておくべきなので引用しておく。
So why does the whole process go on? There are two reasons: Tony Blair and the likes of Michael Stone. Blair and his strategists, most notably his Downing Street chief-of-staff Jonathan Powell, sniff the chance for a historic deal even if that means waiting longer for Paisley to get his party used to the idea of sharing power with Sinn Fein. And when Blair leaves office next year, perhaps he will do so with the knowledge that he achieved what Gladstone, Lloyd George, Churchill and a whole host of other British Prime Ministers couldn't - the final solution to the Irish Question.

As for Stone, his irrational, solo sortie at Stormont reminds everybody that if the process crashes, might there be a new army of angry young men out there who are able to push the north of Ireland over the abyss?


次もヘンリー・マクドナルド。

UDA hit squads sent to hunt Stone
Henry McDonald, Ireland editor
Sunday November 26, 2006
http://observer.guardian.co.uk/uk_news/story/0,,1957396,00.html
くはーーー。これは笑えない。ストーモントに向かうストーンを、UDAから送られたヒットスクワッド4人が追っていたらしい。目撃者もいるので、でっち上げた主張ではない。
Senior UDA sources told The Observer yesterday that the units were told to either 'arrest or shoot' Stone because they feared he was planning to destabilise Northern Ireland's peace process.

...

UDA leaders only learnt that Stone was allegedly about to carry out an attack somewhere in Belfast early on Friday morning. They were so concerned about his mental state that they sent out four terrorist units to find him.

'Nobody knew for sure what he would do,' said one UDA source. 'So four teams were sent out to find him and they were armed. If Stone resisted arrest, he would have been shot. That was how serious they were taking the threat.'

One of the units looking for Stone was seen on Belfast's Ormeau Road, driving erratically on the Ballynafeigh side of the river Lagan. Eyewitnesses told The Observer they had a police-style siren in the front of the car to alert motorists that they were undercover police. UDA sources stressed that Stone acted alone and that the organisation remains committed to the peace process.

いろいろな意味で味わい深い。リパブリカン側のツッコミがあるだろうな(ツッコミ入れるまでもない当たり前のこととして流されるかもしれんが)。

またUDA幹部は、最近のストーンの様子がおかしかったことを語っている。いわく「自分ではやってもいない作戦をやったと、次々にタブロイドに語っていた」。

それから、今回の事件がUDAに与える影響について、これもまた興味深い。UDAはロイヤリスト最大の武装組織だが、元メンバーらの雇用対策としてのコミュニティ活動の予算を、英国政府(財務省)に要求している。(雇用が確保されなければ組織犯罪は続くし、テロ活動ですらありうる。)要求額は£30mと言われている。その予算と引き換えに、UDAは解散とメンバーの武装活動の停止を約束している(参考)。そのようなときに、元UDA幹部でかつて「ロイヤリストのヒーロー」として若い世代に多大な影響を与えたストーンのこの行動、組織にとっては困ったものである。

ストーンに大きな影響を受けたJohnny Adairは、今回の事件を受けて、残念な顛末だが、あの人はおかしいから("This man is criminally and politically insane.")とコメントしている。 彼もまた、ストーンがテレビでやってもいない殺人をやったと言っている、と述べている。

なお、ジョニー・アデールもまた、ストーンの自伝を出したのと同じ出版社から自伝を出す計画がある(2006年5月の記事)が、これは結局どうなっているんだか。11月11日にはMinisters move to stop crime memoirs from payingという記事が出ているが(メディアにストーリーを売ったり本を出版したりすることそのものは阻止しないにしても、その売り上げは全額法的手続きを踏んで没収するという案を内務省が出している)。

次。アイリッシュ・エギザミナー。ガーディアン/オブザーヴァーでUDA幹部が述べていたことについての詳細。

Friends tell of Stone's crippling illness
http://www.irishexaminer.com/breaking/story.asp?j=202251350&p=zxzz5zx56&n=202252110

Google News経由で読んだ記事(たぶんCNNのこの記事かと思ったが違うみたい)に、出廷したストーンが松葉杖をついて足をひきずっていた、とあって、確かストーンは昔の負傷で足に少し障害が残っていたはずだと思ったが、なんと、crippling arthritis(手足が動かなくなる関節炎)をわずらっていたそうだ。身体障害者手当ても受給していたという。

ストーンはかなり長く患っており、そのためにほとんど歩くこともできない状態で、どうやってストーモントに突入しかけることができたのかわからない、と友人は語っている。

「処方された薬が精神状態に何か影響しているかもしれないが、私としては、頭のおかしな人間の行動と片付けることもできない。ずっと体調が悪く、少し混乱していたのではないだろうか。いずれにせよ、頭がおかしくなっていたわけではない」と、この友人は語っている。

この記事にも引用されているが、ストーンが和平を支持しつつ、自身のかつての行動について謝罪はしないと述べている言葉がある。
"If I was to say sorry, I believe it would fall on deaf ears. Those operations were military operations. I do not regret any fatalities that have occurred."

「あれは戦争だった」、「自分は兵士で、相手も兵士だった」という正当化。このメンタリティはストーンだけのものではないと思う。

土曜日、法廷で被告人席に立つとき、ストーンは次のように叫んだそうだ。
http://edition.cnn.com/2006/WORLD/europe/11/25/nireland.parliament/
"No sell-out. No power-sharing with the Sinners, they are war criminals. Ulster is not for sale, no surrender."


次。サンデー・ライフ(ベルファスト・テレグラフの日曜紙)。

So brave
Heroic action: 'I thought Michael Stone was a human bomb'
http://www.sundaylife.co.uk/news/story.jsp?story=716130

ストーンを取り押さえた警備員のひとり、女性警備員(あの瞬間の映像で右側にいた金髪の人)のスーザンさんのインタビュー。元RUC(つまり元北アイルランド警察)で22年間警察官の経験のある方だそうです。病欠の警備員の替わりに勤務していたそうです。事件の翌日にはもう仕事に戻っていたそうです。

話の内容は:
彼の具合が悪いことは誰の目にも明らかでした。なぜあんなことをしたのか(つまり、歩くのが困難だった)。組み伏せたときはまったく気の毒になる有様でした。今も気の毒に思います。あの人には助けが必要です。

男がドアのところに来たときに目を見て、マイケル・ストーンだとわかりました。持っていたカバンからは煙が立っていました。自爆するに違いないと思ったのでとにかく外に出そうとしました。建物の中には(見学に訪れた)子供たちもいましたから必死でした。

しかしストーンは銃を持っていた(結局レプリカだったのですが、銃を取られたときに「本物だったら頭をブチ抜いていた」と警備員に言っていたとか)。銃を取り上げることができたのは幸運でした。銃を取り上げたあとに左右の靴紐を結んで歩けないようにしました。

そのときはまだ爆発物を体に巻いていると思っていました。(ペアを組んでいた警備員と2人で)落ち着かせるよう言葉をかけながら、建物の外に出して組み伏せました。所持品検査をしようと男の膝の上に座ると、「あんたたち、いい腕してるな」と言われました。

カバンの中身は何かと何度も尋ねましたが、返事は「爆弾と一緒に俺も」というだけでした。警察が現場に到着するまで落ち着かせておけたのは幸運だったとしか言えません。今もまだ、どきどきしています。

今回のことで表彰など欲していません。仕事をしただけです。金曜の夜はろくに眠れませんでした。電話もひっきりなしにかかってきて。

この記事には、警備員のインタビューとは別に、興味深い話があります。
In a sinister phonecall only hours before the attack, Stone had bragged to a Sunday Life journalist of his plans to do "something big" - but added, chillingly: "That's embargoed until noon on Friday."

つまり、ストーンはサンデー・ライフの記者に予告電話をしていた。現場に呼びたかったのか?(元々、ヒストリックな議会開催日なので、マスコミは詰め掛けていたのに。)ストーンが電話をしたのは、この記事を書いた記者自身です。
Only recently he had told me again that his "war was over".

Clearly, he was either planning or claiming to be planning some sort of stunt, but it never crossed my mind that Stone was going to arm himself with a replica handgun, knives, home-made bombs and chant "no surrender" as he tried to barge his way into Stormont with the aim of killing Gerry Adams and Martin McGuinness.

With hindsight though, it appears the killer wanted, for some reason, to let me know he was intending to make the headlines again.

Stone told me: "I'm just ringing you to let you know that I'll be going back to prison very shortly. I can't tell you why I will be going back but there is an embargo on it until after 12.

"I just wanted to let you know that I have something big planned, but I am not able to say anything else.

"I will be getting interviewed by police again and then sent to jail. I will also be making statements to my solicitor.

"I can't say anything else at the minute and you will just have to wait and see.

"Contact me on Friday morning, because you won't be able to get me in the afternoon.

"I also want to tell you a few other things, but they will have to wait."

この電話のあと、金曜日の午前中に記者がストーンに電話をしたら、携帯の電源は切られていたそうです。

記者は「ストーンは何度も『俺の戦争は終わった』と述べており、最近もそう言っていた。それだけに、今回の行動は驚きだ」と書いています。「近々刑務所に戻る」とも言っていたそうですが、記者は、それはこれまで明らかにしていなかった殺人を認めているからだと思っていたそうです。また、ストーンは2007年に2冊目の自伝を出す予定でいたそうです(この状況では、刊行は無理でしょうが)。

またストーンは、木曜日に、この記者とフォトグラファーの目の前でジョニー・アデールを射殺してやると電話で言っていたそうです。アデールのほうもテレビでドキュメンタリーがあるとのこと。



スラオさんのエントリ:
http://sluggerotoole.com/index.php/weblog/comments/stone-only-wanted-back-into-jail/
※ミックの鮮やかなまとめ。コメント欄は削除規定関連で1人だけすさんでいます。

※この事件については、新しい情報が出るたびに新たにエントリを追加しています。下の「タグ」のところで「マイケル・ストーン」をクリックしてご確認ください。

※この記事は

2006年11月26日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 18:31 | Comment(2) | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
UDA hit squads sent to hunt Stone
Henry McDonald, Ireland editor
Sunday November 26, 2006
http://observer.guardian.co.uk/uk_news/story/0,,1957396,00.html
について、本文で「リパブリカン側のツッコミがあるだろう」と書いたが、
スラオさんエントリ(本文の最後のリンク)のコメント欄で、
ナショナリスト側の人たちがツッコミ入れ放題。
(↑私がずっとスラオさんのコメント欄を読んできて、名前と「側」が一致している人たち、という意味。)

つまり、リパブリカンまで行かなくても、ナショナリストの段階で既にツッコミが入る話のようです。
Posted by nofrills at 2006年11月27日 12:12
さて、混沌としてきましたよ。UDAがマクドナルドの報道を全面否定。

UDA distances itself from 'recluse' Stone
27/11/2006 - 23:57:10
http://breakingnews.iol.ie/news/story.asp?j=202527396&p=zxz5z8yxz&n=202528156

引用:
Loyalist killer Michael Stone's former paramilitary associates had no advance warning of his attempted bomb attack on Stormont, they claimed tonight.

...

The terror organisation also rejected reports that it despatched four carloads of UDA men to intercept, arrest or shoot Stone on Friday as he travelled to Stormont...

The statement said: "The Ulster Defence Association had no prior knowledge of Stone's intention and it is becoming increasingly clear that he acted alone."

The UDA said he had been accepted and supported by its ex-prisoner community after he was freed from the Maze Prison. It offered him what limited resources were available to them at the time, the statement said.

It added: "He was content for a period to work within this reintegration process.

"But for the past two years he became estranged, wishing to pursue issues of truth and reconciliation, engaging with (Archbishop) Desmond Tutu and wishing to engage with other ex-combatants in the republican community.

"This organisation was not ready for this type of development and Michael has since become more reclusive and withdrawn.

"Due to the lack of resources available to ex-prisoners' groups they were unable to deliver a comprehensive programme that could help people like Michael."

このステートメント、どっかに全文出ないかな。。。
Posted by nofrills at 2006年11月28日 09:10

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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