「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2012年06月08日

「特に何もない一日」をライヴ・ブログで伝える、ということ。ガザから。

今日はガザでは「特に何もない、普通の一日」である。その今日、英ガーディアンが、ガザ地区からのライヴ・ブログをやっている。自分の生活の時間と一緒に、ガザ地区でも時間が流れている。それがダイレクトに伝わってくる。

Gaza live blog
Friday 8 June 2012 08.49 BST
http://www.guardian.co.uk/world/blog/2012/jun/08/gaza-live-blog

企画の意図について、ガーディアンの編集長は次のように説明している。
Five years ago this month, following Palestinian legislative elections in which Hamas took control of the Gaza Strip and removed Fatah officials from office, Israel and Egypt announced a heightening of the blockade of the Gaza Strip. Although some aspects of the restrictions on the flow of goods and people into Gaza have been eased by Israel and Egypt since 2010, many believe the blockade still amounts to a collective punishment of the Gazans. By live blogging a day in Gaza we are attempting to show what everyday life is like there for its 1.7 million people.

5年前の今月、パレスチナ立法府の選挙でハマスがガザ地区を掌握し、ファタハ所属の人々が外されたことで、イスラエルとエジプトがガザ地区封鎖を強化することを宣言した。2010年以降、イスラエルとエジプトによってガザ地区への物資および人の流入に対する規制のいくつかの面は緩和されているが、多くの人が、ガザ封鎖は今なお、ガザの人々に対する集団懲罰になっていると考えている。ガザでのある一日をライヴ・ブログすることによって、私たちはこの地域の170万人の人々にとって日常生活がどのようなものであるかをお伝えしたい。
http://www.guardian.co.uk/world/2012/jun/08/gaza-live-editors-note


ガザ地区に入っているのは、エルサレムを拠点とするハリエット・シャーウッド記者。
http://www.guardian.co.uk/profile/harrietsherwood

シャーウッド記者もTwitterを使っていて、今日のGaza liveもTwitterでもおこなわれている。ガーディアンのサイトではある程度まとまった文章の形で報告があり、Twitterでは140字におさまるようなことが報告されている(天気とか、基本的な事実とか)。



ハリエット・シャーウッド記者の仕事では、ガザ地区の漁師に同行して海上に出て、イスラエルに囲まれて嫌がらせを受けたということを逐一報告していたのが、「ライヴ」系では最も印象深い。

2011年07月20日 ガザ沖の漁船にガーディアン記者が同行、洋上でイスラエル軍の放水を受ける。
http://nofrills.seesaa.net/article/215824771.html

On a fishing boat from #Gaza port: live-tweets by Harriet Sherwood
http://chirpstory.com/li/2029

今日の「何でもない一日のライヴ・ブログ」について、ガーディアンの編集長の趣旨説明では、急速に進展するニュース性の高い出来事についてライヴ・ブログという形式は有効であることがわかっているが、そうではない、ガザのように長期化しているニュース(ガザはイスラエルによる封鎖が原因で、慢性的に人道危機の状態にある)についてこの形式がどう働くかを見たい、と説明されている。
http://www.guardian.co.uk/world/2012/jun/08/gaza-live-editors-note

ライヴ・ブログのページにも、趣旨説明のページにもコメント欄が設けられている。

今日は1時間に1度くらいは、ここを覗いてみることにしよう。

※この記事は

2012年06月08日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 17:00 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















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