TwitterでGeorge Bestがtrending topicsに入っていたので見てみたら、ManUtdStuffがこんなツイートをしていた。1946年5月22日、東ベルファストのH&W造船所の労働者の住宅街のディッキー・ベスト、アン・ベスト夫妻に初めての子が生まれた。ジョージと名付けられたその男の子は、1歳ですでにボールを見たら蹴ろうとしていたらしい(そういう映像が残っているらしい)。まさに「レジェンド」。
スポーツだけでなく勉強のできる子だったジョージは、11歳での統一学力試験(11プラス)の結果、バス通学するような距離にある「進学校」的な学校に進むが、結局は地元の普通の中学校に戻る。サッカーはやっていたが身体が華奢で、北アイルランドのリーグのスカウトは彼を取ろうとはしなかった。そんな彼に目を付けたのが、イングランドのマンチェスター・ユナイテッドのスカウト……という経緯は、川端康雄さんの本で。
![]() | ジョージ・ベストがいた マンチェスター・ユナイテッドの伝説 (平凡社新書) 川端 康雄 平凡社 2010-05-15 by G-Tools |
酒に飲まれた挙句、2005年に「俺みたいになっちゃダメだ」と言い残して死んだベストは「ベルファスト・ボーイ」として故郷に戻り、まことに「例外的」な待遇で送られた(詳細は上記の本で)。ちょうど「北アイルランド和平プロセス」が動きそうで動かなくてそれでも動いている時期のことだった。2000年代はユニオニスト側が強硬に「IRAの武装解除」を要求していたが、2005年7月28日にIRAは「武装活動の停止」を宣言した。「戦争は終わった The war is over」のだった。
そういう「変化」の時代において、北アイルランドでは住宅街などに描かれた壁画 mural も変化が求められた。武装組織を賛美し、「自分たち」の被害を強調することで「紛争」の背景の重要な一部となっていたそれらのミュラルは、塗り替えられ、描きかえられた。
そういったことを書きつつ、「和平」の時代の新たなミュラル(ジョージ・ベスト、ハリケーン・ヒギンズ、C. S. ルイスなど)を、お手軽にネットで一覧してみた。
Belfast Boy: 北アイルランドにあるジョージ・ベストの壁画(ミュラル)
http://matome.naver.jp/odai/2133767841428499001
緩慢な「和平」のプロセスであったが、人々が「もう後戻りすることはない」と確信するに至り、北アイルランドは決定的に変わった。どこが変わったかというと、「ベルファスト」や「北アイルランド」という地名をいうときの態度だ。
2005年、2006年……いや、たぶん2008年ごろの段階では、まだまだ、「ベルファスト」を「自嘲」している感じだった。「俺ら、粗暴だからな、互いに殺しあってばかりだ」というステレオタイプを、相手から言われる前に自分から「笑い」のネタとして言っておく、という防御的な姿勢がとられるなどしていた。それは「文明」に対する「野蛮」というレッテルをあらかじめ貼っておくという、一種の「卑屈」さでもあったかもしれないが、もっと素直な何かだったと思う。「北アイルランドに来る観光客が増えた」というニュースには「観光!」と驚いたり、「北アイルランドで学ぶ留学生」というフレーズには「いくらでもほかに場所はあるのにありがとう」と反応したりだ。
現在はそういうのが、「普通の地名」として扱っていいんだという安心感のようなものと入り混じっているような印象を、個人的には受けている。もう「北アイルランド観光」で驚いてみせるということはない(むしろ、今年は「タイタニック」の100年祭で「タイタニック」、「観光産業」という言葉にうんざりするほどだったようだ)。ロイヤリスト武装組織のミュラルを、サッカーやスヌーカーの「レジェンド」のそれに塗り替えるという作業とともに、人々の「意識」とか「感覚」も塗り替えられているのかもしれない。
※この記事は
2012年05月22日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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