「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2012年05月07日

フランス大統領選挙結果(付:アイルランド共和国での報道、お笑い方面など)



というわけで、フランスは社会党のオランドさんが大統領になる。社会党の大統領は17年ぶり(前はミッテラン)で、地元の都市Tulleチュール。アーセナルのコシールニーの出身地)の中心部での集会では、人々がフランス社会党(を含めた社会民主主義、中道左派)のシンボルである赤い薔薇を手にしていた。(英労働党も同じく赤い薔薇がシンボルである。)



キャプチャ画面はBBCのLiveのもの。右側がテレビニュース、左側がウェブのニュース(テキストと写真)。テレビの画面内は選挙特番のゲストのUMPの女性政治家と、社会党の支持者の集会の会場(チュールだと思う)。左側の写真が、社会党の支持者の赤い薔薇だ(パリの社会党本部前)。

BBC Newsはパリ市内のどこか(私が把握していないだけ)の屋外に席を設け、UMPの人たちや社会党の人たち、フランスのジャーナリストの人たちに話を聞きつつ、二大候補のスピーチを扱う特番を組んでいた。市内では、UMPは本部に、社会党のほうは本部とチュール(オランドさんのところ)と、バスティーユにカメラと記者を出して中継。「有権者に聞きました」みたいなコーナーはなく、「サロン」的な雰囲気で、全員が普通に、滑らかに、英語で話していた。

結果がアナウンスされたその瞬間、UMPの本部では、それまで人々が頭上に掲げてぱたぱたと振っていたフランス国旗がぴたっと止まり、半分ほどがざっと降りた。サルコジ氏は選挙の敗北を認め、その全責任は自分にあると述べ、支持者への感謝の気持ちとフランスの偉大さを語り、フランスへの愛を繰り返し語り、「フランス万歳」というムードを盛り上げて盛り上げて、「ニコラ! ニコラ!」の大歓声の中、演台を後にした。(英訳経由でしか言葉に接することができない以上、正確な印象ではないのだが、芝居がかった「わかりやすさ」を感じた。まあ元々、演説はそういうものかもしれないが。)

1924:
Voice strained, Mr Sarkozy thanks cheering supporters at his party headquarters in Paris, saying it was an honour to have served France.

1932:
Mr Sarkozy speaks passionately of his love for "France the eternal" before thanking all his ecstatic supporters at party HQ.
http://www.bbc.co.uk/news/world-europe-17958367


一方、オランド氏はというと、これはフランスのメディアの映像をBBCがそのまま生で流していたのだが、チュールという山間の小さな都市を、何台かの車を連ね、メディアのオートバイも引き連れて(これが英国流ではないのでBBCが「フランスはこうなんですよ」と解説していたが)ヘアピンカーブを曲がりながら町の中心部に移動。意味があるのかないのかわからないけれどドラマチックではあった(「歴史的瞬間」を感じさせるような)。演説は「勝ち誇る」とか「浮かれ騒ぐ」といった姿勢とは対極。「フランスが求めた変化」を語り、(政党人ではなく)フランスの大統領として、正しさ (justice) と若い世代 (the youth) を基準にしていく、と述べた。

なお、このころ、日本時間午前4時を回っており、こちらは待ちくたびれて眠さが限界を突破した上にブラウザが重くなっていたので(再起動とかしてる間に演説が始まりそうでそれもできなかった)、BBCの映像のキャプチャなどはない。

で、いろいろ思うところはある、と書けたらかっこいいのだろうが、実はそれほどよくわかっていないのでさほど思うところはない。

そのような点については、堀茂樹さん(慶応大)、大中一彌さん(法政大)、沢村亙さん(朝日新聞)といった方々のツイートをTogetterに橋本麻里さんがまとめてくださっているので、是非お読みいただきたい。

さて、私の関心事はむしろ (1) アイルランドの反応、(2) お笑い方面である。

(1) アイルランドの反応:
「アイルランドの」っていうか「アイルランドのNO陣営の」なのですが。


リムリックのSF所属のカウンシラーのこのツイートがAn Phoblacht(シンフェインの機関紙)のアカウントからRTされていたのが私が見たのの最初。

アイリッシュ・タイムズ。

The Irish Times - Monday, May 7, 2012
French and Greek results throw EU debt crisis plans into doubt
http://www.irishtimes.com/newspaper/frontpage/2012/0507/1224315689676.html
In his victory speech last night in his political base of Tulle, Mr Hollande said he would go to Germany with the message that “austerity can no longer be an inevitability in Europe”.

Weeks ahead of the Irish referendum, any move to reopen the treaty would expose the Government to accusations that the people will be voting on an agreement that is going to be changed.

Yesterday evening in Paris, however, Tánaiste Eamon Gilmore hailed Mr Hollande’s election as a “very significant event for Europe” and said it would provide new impetus to the growth agenda.

The Coalition believes a new deal on growth should not disrupt the referendum because it would not have “constitutional consequences” for Ireland. “We don’t have to change our Constitution to take economic measures to promote growth,” Mr Gilmore said.

アイルランドのレファレンダムは5月30日。

シン・フェインはこんな感じ:


(2) お笑い方面:
たぶん何かがすっごい間違ってると思うのだけど、この大統領選を象徴するフレーズと私が認識しているのは、「お菓子はオーヴンに入れた。繰り返す。お菓子はオーヴンに入れた」である。

この「お菓子」は flan で、カスタードのデザート、日本で言う「カスタード・プリン」である。このflanの有名な商品に、ネスレのFlanbyというものがある。日本で言う「グリコのプッチンプリン」だ。商品名は英語のflabbyという単語(ぶよぶよした、という意味)に由来しているとかしていないとか。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Flanby

で、なぜかこのFlanbyが、今回の大統領選でオランドさんの別名になっていた。「なぜか」っていうか、ルックスがFlanbyみたいだから、というひどい理由があるらしい。むろん、敵陣営がdisるつもりでつけたあだ名だ。だがそんなことをすれば「上等!」モードのスイッチが入る。

そして、フランビィ=ネスレ=スイスという連想があり、またHollande=オランダ=(フランス語で)Pays-basという連想があり、それらが暗号に使われた。

なぜ暗号かというと、フランスでは選挙当日の午後8時(投票所の締め切り)の前に、選挙結果について数字的なことを取り沙汰することは、法律で禁止されているから。それを回避するために「オランドが」と述べずに「フランビィが」と述べる。あるいはオランダゆかりの文物(ゴッホやチューリップ)に仮託する。レジスタンス!

……というより、ただの遊び。「遊び」に託した権威への当てこすり(日本でもある。「世の中にかほどうるさきものはなし/ぶんぶ、ぶんぶと夜も眠れず」など)。一定の範囲には告知されている途中経過を、なぜ一般市民は知らされることがないのか、非民主的ではないか、ということが根底にある。(これは議論あると思うけど。)

ともあれ、これが「この放送はロンドンからお届けしています! #RadioLondres」(...由来などは前の記事参照)としてTwitterで「大喜利」になった。

もう、こんな図を見せられたら、理屈ぬきで「かっけぇ」としか言えないでしょ。



かくして、このような画像が……。左が結果告知前、右が告知と同時に出されたもの。
 

挙句:

2333:
Is this image - tweeted by social media director Loic Chauveau in Paris - the funniest of the night on French Twitter? It shows someone spooning "Flamby" (sic) cream caramel pudding to an image of Nicolas Sarkozy. "Flamby" (sic) is one of the unkind nicknames conservatives gave the slightly rotund Mr Hollande.

See:
https://twitter.com/#!/LoicChauveau/status/199236244113334272

それから、ワディヤ共和国のアラディーン将軍様がさすがに反応が早くていらっしゃる。(via @kazouille)


Félicitations officielles du Général Aladeen au... 投稿者 Paramount_Pictures_France

最新情報としては、就任は5月15日。



(そしてプーチンが大統領に就任し、モスクワはかなり荒れた。)

※この記事は

2012年05月07日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 20:54 | TrackBack(0) | 雑多に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。