kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2012年04月18日

ティク・ナット・ハンさんのベルファスト訪問

月曜日から、私のTwitterの画面上の北アイルランド界隈が「ゼン・マスターが来る」、「ゼン・マスターが来る」ときゃぴきゃぴしていた。あまり気に留めていなかったのだが、火曜日のツイートがおもしろかったので、Chirpstoryで一覧できるようにアーカイヴしてある。
http://chirpstory.com/li/6391

無知な私は知らなかったのだが、今回北アイルランドを訪問された「ゼン・マスター」はベトナム出身の禅僧、ティク・ナット・ハン (Thich Nhat Hanh) さん、1926年生まれの85歳……えーーっ、とてもそうは見えない! イアン・ペイズリーと同い年とは!(っていうことは、フィデル・カストロも、エリザベス女王もタメですよ。)1960年代に西洋、特にアメリカでベトナム反戦運動や非暴力の思想を担ったひとりで(マーティン・ルーサー・キング牧師ともご縁がある)、「瞑想」(と西洋で呼ばれているもの)についての本を多く執筆しているとのこと。日本語のウィキペディア記事もあるが、英語のほうが格段に詳しい(活動の場が西洋なので)。ああ、「行動する仏教」の中心となった方か……。

その「ゼン・マスター」が今回、ストーモントの北アイルランド自治議会を訪れた、というのが、Twitter上でNIのみなさんがきゃぴきゃぴしていた理由だ。PA記事によると、現在は南仏の僧院で暮らすティク・ナット・ハンさんは、アイルランドのこの宗派の団体の招きでアイルランドを訪問し、最後の立ち寄り先がベルファストだったそうだ。

北アイルランド自治政府のFlickrアカウントに、ティク・ナット・ハンさんと、シン・フェインのジュニア・ミニスター、マルティナ・アンダーソンとの写真がアップされている。

Junior Minister Martina Anderson MLA, OFMDFM, pictured with Zen Master Thich Nhat Hanh (Thay) at Parliament Buildings.

アンダーソンは、今でこそ「女性政治家」だが、1980年代はIRA義勇兵として活動し、逮捕・投獄されている。彼女が獄中で読んだ本のひとつが、ティク・ナット・ハンさんの『マインドフルの奇跡』だったとのことで、非常に嬉しそうな表情で挨拶をしている写真もFlickrにアップされている




前も書いたと思うが、マルティナ・アンダーソンはIRAの闘士としてはかなりすさまじい経験をしている。その彼女が、「和平」が成ったベルファストに、かつての「ヒーロー」、というか「心の師」を迎えたわけだ。PA記事より:
Junior Minister Anderson told him she could not believe that having read his book when in jail she was now welcoming him to Stormont as a government minister.

"We are a society moving out of conflict," she added.

"We have to learn new skills, embrace new cultures and develop new mindsets. We have to recognise people as individuals and see the worth that each person has, whatever their religion, gender, sexual orientation, age or race. We need to value individuals and move beyond stereotypes so that we can become a fully integrated society.

"A society where people can realise their full potential, including people with disabilities, people who are socially excluded and people who experience poverty. I thank Thay for coming to Ireland and bringing his message of peace."

http://www.google.com/hostednews/ukpress/article/ALeqM5g85QxEJotERRDsb1_rJ6g_FHQGHA


これ、先日の(イースター直前からの)シン・フェインの政治家たちの発言と重ねる必要があるな。。。(早く書かないと、永遠に書かずに終わる。)

ベルテレさんの記事も、上記のPAの記事と同じ(配信だと思う):
Zen master offers advice for peace
Tuesday, 17 April 2012
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/northern-ireland/zen-master-offers-advice-for-peace-16146143.html

UTVのマーク・マレット記者のツイートに、いい写真がある。
https://twitter.com/#!/MarcMallett_UTV/status/192211446761914371/photo/1

で、ここまでなら「いい話」で終われるのに、終わってくれないのが永遠のコメディ・ランド。BBCのマーク・デヴェンポートの日記:

Could Zen Master at Stormont calm 'village idiot' row?
http://www.bbc.co.uk/news/uk-northern-ireland-17748298

混ぜるなwwwwww

"'village idiot' row" というのは、議場でエドウィン・プーツ(DUP)が、アライアンスの議員をそう罵倒したことで、議員としてあるまじき行為であるとの申し立てが出されていたことだそうだ。そんなことが起きていたとは、私は今日の今日まで知らなかったのだが、イースター休暇で熟考した議長(ウィリー・ヘイ)が今日、「プーツは謝罪すべき」との判断を示したそうだ。(うん、なんかすごくどうでもいい。)

そんなこんなでギスギスしたムードの中、ゼン・マスターがおいでになったと。そしてマーク・デヴェンポートは記者として仕事をしたと。そしてオフィスに戻って撮影したものをチェックしようとしたとき、なんと、カードが読み込まれない。壊れている。ああ、マジか。せっかくゼン・マスターが穏やかな精神状態について説いて聞かせてくださったというのに、イライラ・レベルはMAX、「まさに花開こうとする蕾になったつもり」になろうと、「山のように動じぬ自分をイメージ」しようと、穏やかな気持ちになることなど無理である。。。と、そんな内容のブログだ。

もちろん、真顔で。

でもこんな「平和な日記」をほぼリアルタイムで読めてることが、嬉しいですよ。

ちなみに「見えるところでトゥギャザーしようぜ」の正副ファーストミニスターの2人は、投資呼び込みツアーでドバイとかにいるらしい。

アブダビでの写真がいい。「いい」っていうか、「変わった光景」だ。マーティン・マクギネスとピーター・ロビンソンだよ、これ。シュール。。。シュール、というか、何が起こりうるか、ということだが(こんなことばっかり言ってる)。
http://www.flickr.com/photos/niexecutive/6937875014/in/photostream

※この記事は

2012年04月18日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼