kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2006年10月30日

「国を否定するな」という法律とナショナリズム、そして翻訳書〜トルコより。

「まだやってたんか」と思ったら別の本についてだった――トルコでのチョムスキー翻訳書での裁判という問題。何年か前に聞いた、と思ったのは実際何年か前の話(2002年)で、今度のはそれとは別である。根拠となった法律も異なる。

2002年のほうのは、チョムスキーの小論をまとめたAmerican Interventionism (September 2001) の出版で、出版社Aram Publishing HouseのFatih Tas氏が訴えられた、というもの。結果は無罪となっている。このときの法的根拠は、Znet記事によると、the Anti-Terror Law, Article 8(対テロ法第8条)。具体的には、"propagating against the indivisible unity of the country, nation, and State of the Republic of Turkey" で訴えられている。というのも、この論集の中にはチョムスキーが「中東における平和の可能性」としてカナダの大学で行なった講演録が含まれており、その中でチョムスキーは「1990年代を通じてトルコでは人権に対する最も重大な罪が犯されていた。そして現在もそれは続いている」と、クルド人弾圧のことを述べているからだ。

一方、今度のは、ノーム・チョムスキーとエドワード・ハーマンの共著、Manufacturing Consent(日本語版は中野真紀子さんの翻訳で刊行予定)のトルコ語版の版元Aram Publishing HouseのFatih Tas氏(再度)と編集者と翻訳者が、刑法301条と216条を根拠として訴えられた、というものだ。有罪判決が下れば最大で懲役6年となる可能性がある。(Fatih Tas氏はどうも狙い撃ちされているように思えるが。)

※ウェブログ「壊れる前に・・・」さんの10月22日記事で、トルコの英字紙the New Anatolianの記事をもとに、チョムスキー&ハーマン共著の翻訳書についての件を端的に説明されている。
http://eunheui.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_8826.html

この刑法301条というのは新しい法律である。Wikipediaを参照するに、発効が2005年6月1日。条文の内容は下記の通り。
1. A person who publicly denigrates Turkishness, the Republic or the Grand National Assembly of Turkey, shall be punishable by imprisonment of between six months and three years.
2. A person who publicly denigrates the Government of the Republic of Turkey, the judicial institutions of the State, the military or security organizations shall be punishable by imprisonment of between six months and two years.
3. In cases where denigration of Turkishness is committed by a Turkish citizen in another country the punishment shall be increased by one third.
4. Expressions of thought intended to criticize shall not constitute a crime.

【概要】
1. トルコらしさ、トルコ共和国またはトルコ国会を公然とけなす者は、禁固6ヶ月から3年の可能性
2.  トルコ共和国政府、トルコの司法機関や軍、治安組織を公然とけなす者は、禁固6ヶ月から2年の可能性
3. トルコらしさへの中傷が、トルコ国外のトルコ国民によって行われた場合は、量刑を3分の1増とする可能性
4. 批判を意図した思想の表現は犯罪とはならない

なお、刑法216条については、"inciting enmity or hatred among the population"(一般大衆の間で敵意や憎悪を煽ること)ということしか調べられていない。(ざっと検索しただけなので。)

というわけで、刑法301条はトルコの英字紙でもcontroversialという形容詞つきなのだが、内容としては「トルコのアイデンティティ(トルコらしさ)を攻撃することは罪となる可能性がある」という法律である。例えばアルメニアの虐殺とかクルド人弾圧とかのことを、政府の見解に反して「ジェノサイドである」「特定の民族集団に対する弾圧である」と書けば、「トルコへの攻撃」と見なされ、刑法301条で訴えられる可能性があるというわけだ。(2002年のZnet記事にある、チョムスキー小論集での裁判での法的根拠の対テロ法第8条と内容的には変わらないのかもしれない。条文そのものを見てないからよくわからないけれども。)

最近、この法律に基づいた裁判というのは60件を超えているという。wsws.orgの記事によると、訴えられたのは100名を超えているとか。

特に目立つケースとしては、チョムスキー&ハーマン翻訳書関係者のほか、先日ノーベル文学賞を受賞したオルハン・パムク(この人は「アルメニアのジェノサイド」と「クルド人への組織的弾圧」を厳しく非難してきた文筆家である)や、良心的懲役拒否のことを書いた著名ジャーナリストなど。

アムネスティ・インターナショナルではこの刑法301条について「表現の自由に対する脅威であり、即座に撤廃されるべき」とのステートメントを出している。
http://www.amnestyusa.org/news/document.do?id=ENGEUR440352005

今後数年のスパンで考えてみたとき、トルコのこの法律のことは日本でもあんまり余所事だと思っていられないかもしれないが、それはともかく、トルコの国籍を持つ人が「トルコ人は組織的に虐殺を行なった」と〈歴史的事実〉を書くつもりで書いた場合に、それがトルコという国家の見解とは矛盾しているということで、「トルコへの中傷」と見なされ訴追される可能性があるなどとは、とてもじゃないけれどもこれからEUに加わろうという国家の法的環境とは思えない。

と思ったら、うはー、この件、かなりややこしい。

まず、wsws.orgの記事の末尾のほうに次のようにある件。
The European Union has voiced some criticism of Article 301, but mainly in high-profile cases. In addition, conservative European media outlets and politicians are using the issue of human rights violations to mobilise resentment against Turkey and its attempt to join the EU. The US has remained silent about the Article 301 trials. This is no surprise because the very forces behind such censorship are the right-wing nationalists and military circles, which are traditional allies of the US in its bloody conquest under the banner of "democracy and freedom" in the Middle East.

つまり、トルコのEU加盟に反対する側としては、トルコの刑法301条はあってくれたほうが都合がよい、と。ずる〜い。腹黒〜い。また、この件についてだんまりを決め込んでいるUSだが、301条のバックがトルコの右派、つまり米国の同盟者(武器を買ってくれるお客さんでもあり、基地を提供してくれる友人でもある)である以上は不思議はない、と。まあ米国のほうは私はそんなに関心あるわけじゃないんだけど(直接関係あるわけじゃないから)、EUの態度というのは極めて重要になってくる。トルコのEU加盟阻止には、トルコがなるべく旧態依然としてくれていたほうがよい。トルコ国内の人権問題が放置されればされるほど、「ヨーロッパらしさ」にこだわるEU諸国内の勢力にとっては都合がよい。そうやって問題は放置される、と。

「あんな奴ら、うちらの仲間じゃない」と言いたい連中が、そいつと自分たちが違うところを必死で保とうとしている。そのために翻訳者だの出版社だの編集者だの文筆家だのが起訴される。それ、なんて茶番?

このような指摘をしているのはwsws.orgだけではない。今月初め(10月6日)のNYT記事(IHTに掲載されているもの)。これがめっぽうおもしろい。第一に、これでも昔よりはよくなっている。第二に、301条を手に暴れているのはナショナリストの法律家の組織だっていうんだから、「トルコのナショナリズム」の成り立ちというか、「国民国家としてのトルコ」のそもそもの始まりというか、そういうのを考えてしまう。(んで、この「トルコ」という国家の始まりには、西欧列強のうち、「3枚舌外交」でお馴染みの某国が深く関わっているのだけども。サウジアラビアやイラクやシリアなどと同じく、アラビアのロレンス参照。)

Accused editor sees good side in the law against 'insulting Turkishness'
http://www.iht.com/bin/print_ipub.php?file=/articles/2006/10/05/news/turkey.php
http://www.armeniandiaspora.com/archive/68433.html

新たに訴えられたアルメニア語の週刊誌の編集長、Hrant Dinkさん(1954年生まれ)らの言葉を引いて、301条による訴追の数々はトルコ国内で本当の民主主義とは何かについての議論を活発化させるものになる、という考えがトルコ国内にあることを説明している記事だ。

Hrant Dinkさんは自身が訴えられたことも、他の文筆家や出版社が訴えられたことも、「トルコにとってよいことだ」と言う。「変化をもたらすためにはよいことだ。内部からの強い動きがある。本当に民主的な動きがあると、今回初めて言うことができる」。

自身の小説"The Bastard of Istanbul"でアルメニアの「虐殺」を口にする人物が登場したことで9月に訴えられた作家のElif Shafakさんは「多くの人が『ちょっと待て、これはおかしい、変えなければならない。こんなことが起きるとはまったく恥ずかしい』と言っている」と述べる。彼女についての訴えはすぐに棄却された。ロイター通信の報道によると、木曜日に出た裁定では「架空の人物によって犯された罪をどうこう言うことは考えられない」、「『トルコらしさ』の範囲を明確にし、ゆるぎないところに置かねばならない」などとして彼女を広く擁護し、法改正を求めている。

裁判所のコメントは、ブラックユーモアの域に達してますな。

記事は続く――EU加盟に反対するトルコのナショナリスト勢力(「法律家連合」だそうです。後述)が、文言を利用して、これまでに60人ほどの文筆家や出版社を訴えている。その中にはオルハン・パムクやElif Shafakのような著名な作家もいれば、チョムスキーの翻訳書の関係者もいるが、これらの訴訟は政府が音頭を取ったものではない。
Shafakさんは裁判中に2人の重要人物からの電話を受けた。1人はエルドガン首相、もう1人はガル外相。エルドガン首相はかつて、古い法律に基づいて自身が短期間投獄されたことがある。

この法律は、EU加盟という目標達成のために以前の法律を改めたものであり、トルコ政府がこの法律を撤廃する方向で動くかどうかは現状では具体的見通しが立たない。301条裁判の多くで訴えは棄却されている。有罪判決が出た例もあるが、実際に禁固刑となった者は誰もいない。そして法律を策定した政府自体が、この法律は改める必要があるとの見解を示している。ただしいつどのように行なうのかははっきりしない。ナショナリスト勢力に気を使っている首相がどのくらい真剣に取り組むのかも見えていない。EU当局者はこの法律について何度も警告を繰り返している。

EUにおいてもトルコにおいても、トルコのEU加盟について懐疑的な見方が高まっているなか、こういった訴訟が起こされることはトルコがどのくらい本気で民主主義の理念に取り組んでいるのかを問うものと見えるが、訴えが棄却されるたびにナショナリスト勢力、つまりthe Turkish Union of Lawyers(トルコ法律家連合)がまた新たな訴えを起こしている。専門家はこれを、EU加盟を実現させまいとしてのことだと見ている。

(自身に対する訴えが棄却された)Shafakさんは、ナショナリストが301条裁判をかつてないほどの勢いで次々と起こしていることについて、「トルコで何も変わっていないからではなく、変化が、それもよい方向での変化が起こりつつあるからだ」と考えている。「民族的な違いであれ、宗教上の違いであれ、性的な面での違いであれ、違いをもっと広く受け入れて調和していくことを、私たちは学びつつある。共和国が始まったころは、我々はすべてトルコ人である、以上、で話は終わっていた。しかしそのような考え方はもはや通用しない。」

これまで301条裁判を起こしてきたナショナリストの法律家団体は、ケマル・アタテュルクの理念を保つため、今後も訴えは起こし続けると述べている。団体のリーダーのKemal Kerincsizは「表現の自由は、侮辱や中傷とは異なる。表現の自由には限界がある」と述べる。「国家やトルコ人としてのアイデンティティに対する侮辱に対しては、わが国の体制は自衛する必要がある。」

うははは。「表現の自由」論はデンマークの「ムハンマド諷刺画」騒動以来何でもありな状況になっているけれども(「右翼」が「表現の自由」を叫んでみたり、「左翼/リベラル」が「表現の自由にも限界」と反論してみたり)、これまたものすごいものが出てきた。「統一国家としてのトルコ」は防衛せねばならない!って、あんた、過去は変えられないよ。だいたいそのためにくだらない訴訟を乱発して、「トルコってどうかしてんじゃね?」というイメージを世界にばらまくことが、トルコのためになるというんだろうか。

たぶん、チョムスキーはニヤニヤしながら事の成り行きを見守って、トルコ固有の事情で起きているこの一連の出来事から、普遍的な何かを読み取っているだろう。

なお、2006年10月発表のRSFの「報道の自由」についてのアンケート調査によると、トルコは98位(同位にコートジヴォワールとブータン)。でも2003年と比べると指数は10ポイント改善している。




チャベス大統領が国連総会で「必読です!」と述べたのに続き、トルコで変な訴訟が起こされたことでバカ売れしそうな(<大胆予測)チョムスキーの著書。(日本語版は編集作業中のようですので原著で。)
Manufacturing Consent: The Political Economy of the Mass MediaManufacturing Consent: The Political Economy of the Mass Media
Edward S. Herman Noam Chomsky


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301条についての最新情報:
EU Progress Report Stresses Local Dialogue
By Selcuk Gultasli, Brussels
Sunday, October 29, 2006
http://www.zaman.com/?bl=international&alt=&trh=20061029&hn=37750
【301条についての部分の概要】
欧州委員会のトルコについての報告書(下書き段階)の内容の詳細がメディアにリークされた。刑法301条をめぐってトルコを厳しく批判する内容。報告書では301条は深い懸念を起こさせるものだとし、Hrant Dingの裁判で301条のネガティヴな解釈が出されたとしている。また、301条は自己検閲を引き起こす可能性があると警告している。

記事では301条のほか、PKKおよびトルコ南東部(クルド人が多い地域)について、南東部Diyabakirの市長がPKKとつながっているのではないかとの疑いで裁判になった(10月はじめ)あと、ブリュッセルでthe local authorities should control and get the revenues from oil and hydroelectric damsとスピーチしたことから「新たなアプローチ」(直接対話か?)が出てきたことについても述べられていますが、PKK周りのことは私ではよくわかりません。あとキプロス問題についても言及があるそうです。

考えてみれば、毎日BBCを見ているのに、PKKとトルコ政府のことってまったく知らないんだよね。BBCのトップページの記事になっていない。スリランカのLTTEとかスーダン、ソマリアなどの紛争については頻繁にトップページに来ているし、バスクのETAについても大きな動きがあればトップページに来ている。でもPKKについてはそういうのがない。うははは。一筋縄ではいきませんな、BBCは。

※この記事は

2006年10月30日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 08:06 | Comment(1) | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
BBCのマーク・マーデルが、「アルメニア問題」について書いています。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/6107360.stm

当のアルメニア系のトルコ人が「話は歴史家に任せておけばよい」という考えであることなどが書かれているのですが、文中の例が何とも言えない。

もし19世紀半ばのアイルランドの「じゃがいも飢饉」が「ジェノサイドである」といわれたら、英国は大騒ぎになるだろう、と。トルコの大騒ぎも基本的にはそれと同じだ、ただしだからといって「ジェノサイドである」と言った作家が訴えられるようなことは、英国ではない、と。

※「じゃがいも飢饉」は、もちろんじゃがいもの病気があってのことですが、多くの人が餓死に追いやられたのはじゃがいもの不作によるというよりは、アイルランド人の食料がシステマティックに英国に奪われたからです。
Posted by nofrills at 2006年11月03日 01:07

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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