日本人旅行者、夢と現実のギャップで「パリ症候群」
[パリ 22日 ロイター] パリを訪れる日本人観光客のうち、年間12人程度は心理療法が必要な状態になるという。22日付の仏ディマンシュ紙が、現地の精神分析医などの話として報じた。
不親切なパリジャンや薄汚れた通りなど、さまざまな現実を目することで旅行前の期待が裏切られたように感じ、精神的なバランスを崩すことが原因だとしている。
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同紙はこういった症状を、2004年に精神科医が最初に名付けた「パリ症候群」だと指摘している。
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(ロイター) - 10月23日13時21分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061023-00000173-reu-ent
これ、何度読んでも第一パラと第二パラのつながりがわからん。(ステレオタイプで/を笑うための記事だとすれば、まあわかるんだけど。)
というのは別にして、「パリを訪れる日本人観光客のうち、年間12人程度は」の「観光客」が気になってしょうがない。観光客が「パリ症候群」って考えてみたこともなかった。
というわけで、元記事(英文)を読んでみることにした。結論としては……これ、ロイターのOddly Enough(変てこニュース)の記事じゃん。(爆笑) 日本語にするなら『日刊ゲンダイ』調にしてくれよ〜〜。(このロイター日本語記事を読んだことで、個人旅行が怖いとかって思ったりせず、旅行に行きたければどんどん行ってください。)
ちょっと真面目な言葉遣いで書いておこう。この記事は、どうせ読むなら、日本語の記事だけでなく英文の記事も参照すべきだ。日本語のは要約されているので、元の記事のニュアンスがわからなくなってしまっている。
なお、日本語記事@Yahoo! JAPANトピックスでも、カテゴリは「エンターテインメントニュース」。「パリ症候群」は「エンタメ関連ニュース」とは違うと思うけど、要するにシリアスなニュースではないという扱いってことかなあ。わけわかんない。どーでもいいか。
というわけで以下はちょっとは真面目に。ここにあるのは「日本」(と「フランス」)のステレオタイプと、「英国の報道」の典型だと思うんで。
まず、2004年にこれが『パリ症候群』と名づけられたというのは初耳だけど*(ちなみにこの箇所、英文と並べると、誤訳だ。原文はwas first detailed ... in 2004 であって、was first namedではない)、こういう激烈な事例があるということは、15年くらい前から聞いている。
しかし、「観光客」にこういうことが起きているということは初耳中の初耳だ。
こういうときに反射的に思うのが「翻訳の問題」ではないか、ということだ(@職業病)。「観光客」の部分は原文ではどういう単語を使っているのかを確認せねば。
というわけでロイターの元記事を探してみた。(Google Newsで「Paris Japanese」で簡単に見つかった。)なお、記事のカテゴリーはOddly Enough(変てこニュース)である。(以下、引用部分の太字は引用者による。)
"Paris Syndrome" leaves tourists in shock
Mon Oct 23, 2006 5:51 AM BST166
http://today.reuters.co.uk/news/articlenews.aspx?storyid=2006-10-23...
PARIS (Reuters) - Around a dozen Japanese tourists a year need psychological treatment after visiting Paris as the reality of unfriendly locals and scruffy streets clashes with their expectations, a newspaper reported on Sunday.
...
Already this year, Japan's embassy in Paris has had to repatriate at least four visitors -- including two women who believed their hotel room was being bugged and there was a plot against them.
...
"Fragile travellers can lose their bearings. When the idea they have of the country meets the reality of what they discover it can provoke a crisis," psychologist Herve Benhamou told the paper.
「日本人観光客」は原文ではJapanese touristsとかvisitorsとかtravellersだねぇ。。。大使館でもvisitorsを日本に送り返していると取材に答えている(ってことだよね?)。
touristsとかvisitorsとかtravellers。。。「翻訳(=言語の移し変え)」としては、「観光客」で問題ない。いわゆる「観光ビザ」で行く人たちの中でこういう例が年に12件確認されている、ということだろう。
しかしなぁ、うーむ・・・と再読する。
大使館がvisitorsと言っているとすれば、いわゆる「観光ビザ」の人たちということだろうが、こういった「用語」レベルの妥当性は、せめてディマンシュ紙の記述を見てみないと正確なところはわからない。visitorが「residentではない」という意味である可能性も消せない。そもそもOddly Enoughの記事(「世界にはいろいろあるのね」と笑わせること、ちょっとびっくりさせることが目的のコーナーの記事)だから、一歩引いておいて笑いを取りに行くライティングだと考えたほうがよいし……と読んでみたところで、この文にこれ以上の手がかりはない。
ともあれ、推測ばかりしててもしょうがない。
私がこの記事でひっかかったのは「観光客」という部分なのだ。長期滞在者、居住者でこのような精神状態になる人がいることは知っている。しかし、「パリらしい何か」に憧れて渡仏したが、行ってみたら思っていたのとは違うキビしい環境で自分の思い通りにいかない、とかいうときに自分を責めてしまう、逃避してしまう、とかいった類の「パリ症候群」が、touristsでもvisitorsでもtravellersでも何でもいいけどとにかく「旅行者(観光客)」に起きうるものだろうか。
……この点は記事からはわからんです。最後のエルヴ・バナモウ(<読みは適当)先生のコメントのfragile travellersっていうのが気になるけど。だって「観光客」であるためには精神的な強さとか脆さとか関係ないし、だいたいfragile travellerといえば通例「体力が弱っていて長旅には耐えられない人」だし。(あと、英語ではこの表現は「あまり持ちこたえられないもの・人」の意味だったりもするのだが、これもフラ語を見ないと何とも……見ても微妙か、私では。)
いずれにせよ。
このロイターの書きっぷりは、典型的な「ニヤリ」系文章@英国式だ。特に、as the reality of unfriendly locals and scruffy streetsってのは、ニヤニヤすべきところだ。だいたい、unfriendly locals and scruffy streetsなんてパリに限った話じゃないし。(他人を笑っているようで実は自分を笑うという自虐風味を装いつつ、実は普遍性を主張しているのだが明言はしていない、といういつものアレかもしれんが。)
(ちなみに東京ならthe reality of unfriendly or over-friendly locals many of whom are totally drunk by 10.00 pmとか。ロンドンではthe reality of unfriendly locals, scruffy streets and very badly-organised everythingとか?)
つか、日本人旅行者には「不親切な地元の人たちや小汚い通り」によって病的状態になるほどのショックを受けるくらいにfragileな人がいる、と言いたいのだろうか? で、それはロイターがネタにするほどのことである、と? 冗談でしょ、と思ったらそもそもOddly Enoughだしね。
というわけで、このロイター記事は、第一に、「だってパリだもの。」「だって日本人だもの。」を面白おかしく笑う記事として書かれているというのが私の結論だ。わかりやすく言えば、「evilなフランス人とnaiveな日本人、ははははは(、かわいそうに)」という記事じゃないか。しかもそれを報じたのがフランスの新聞で(Journal du Dimanche)、しかもフランスの精神分析医が症例を報告しているとあらば、ロイターのOddly Enough担当者的には「いいネタが来た」という感じになるでしょう。
・・・って、どうもこれ系の話は何でもかんでも裏を読んでしまう癖がついているので、以上は私の妄想ゆえの読み方かも。(笑)
さて、そんなところで、もう1つ先に進んでロイターの元の記事を見てみるべく、「仏ディマンシュ紙」(Le Journal du Dimanche:「日曜ジャーナル」と訳せる?)のサイトを見てみたのだけど:
http://www.lejournaldudimanche.fr/
それらしき記事がトップページになく、ロイター英文に出てくる固有名(Yousef Mahmoudia, Hotel-Dieu, Yoshikatsu Aoyagi, Herve Benhamou:それぞれ精神分析医の名前、病院の名前、日本大使館職員の名前、心理学者の名前)で検索(Rechercher)してみたのだけれども、いずれも該当記事なし。ネットには出てないのかな。(探し方が悪いのかなあ。)
これじゃあロイターの英文がフランスでの報道をどのくらいちゃんと伝えているのか(どのくらい面白おかしくしているのか)、検証不可能だ。
というわけでロイター英文に舞い戻り、ロイター英文にあって日本語記事にない点を英文記事から箇条書きで:
- "A third of patients get better immediately, a third suffer relapses and the rest have psychoses," Yousef Mahmoudia, a psychologist at the Hotel-Dieu hospital, next to Notre Dame cathedral, told the newspaper Journal du Dimanche.
「患者の3分の1はすぐに回復する。3分の1は症状がぶり返す。残りの3分の1は病的状態」と、ノートル・ダム大聖堂の隣のオテル・デュー病院のユーセフ・マハムディア医師(精神分析医)はディマンシュ紙に語った。【「年間12人」で計算すれば、4人ずつということになる。うーむ。】
- The phenomenon, which the newspaper dubbed "Paris Syndrome", was first detailed in the psychiatric journal Nervure in 2004.
この新聞が「パリ症候群」と呼んでいる現象は、2004年に精神医学誌Nervureにおいて最初に詳細に解説された。【ここは日本語版で誤訳されているところ。】
- Bernard Delage of Jeunes Japon, an association that helps Japanese families settle in France, said:
"In Japanese shops, the customer is king, whereas here assistants hardly look at them ... People using public transport all look stern, and handbag snatchers increase the ill feeling."
日本人家族のフランス居住を助けている組織、Jeunes Japonのベルナール・ドゥラージュは、「日本の商店では客が王様ですが、ここでは店員は客を見もしない。公共交通機関を使っている人たちはみな冷たい感じだし、ひったくりがいるのでますます気が滅入る」と述べている。
うーん。つんつんした店員やスリは、パリ名物なんでしょうか? 東京の交通機関の利用者とパリのメトロの利用者、どっちがsternかなあ。
冗談はさておき、そういうギャップで精神的バランスを崩すのって、やっぱりここでは「長期滞在・居住」の話として語られているような気がする。いや、仮に現象としてあらわれたのが「短期滞在の観光客が年に12人大変なことになる」であっても、それを語るときに用意されているのが「長期滞在・居住」の場合のそれの説明のためのものである、という。うーん。微妙。だって旅行者って数日後〜数週間後にはその場所を離れるわけで、居住の場合とは前提が違う。
っていうかNervureに掲載された"Paris Syndrome"って、どういうことだろう? アジアで発生しても「スペイン風邪」っていうのと同じで、パリじゃないところでの例もバックグラウンドが同じなら「パリ症候群」って言うのかなあ? それとも「パリの日本人」限定? うーむ。
ただ、最後の「日本の商店では客が王様ですが、ここでは店員は客を見もしない」のところは超有名ブランドのことかな?と思います。特に根拠なく直感で。であるとすれば、「観光客」にもありうるかも。
「スリ」は……日本人は歩き方でわかるっていうし(重心が腰じゃなく膝にある、など)、日本人イコール「買い物ツアー」というステレオタイプで判断されてもしょうがない状況→日本人イコール「金もしくは金目のものを持っている」と思われるし。でもそれは、パリじゃなくても、だけど。
仮に、パリ、イコール「ブランド」、イコール「パリジェンヌはいつもあのブランドやこのブランドのバッグを持って歩いている」とかいうような思い込みで観光旅行という名目の買い物旅行に行った上でブランドものを持ってパリの街を歩いていれば、スリの標的になるし、「フランスの文化や言語も理解しようとせず金だけ持って買いに来るだけの連中」として、ちょっとした憎悪や嫌悪のまなざしの標的にもなる。それで短期間のうちに参っちゃう人もいるかもしれない。
しかしそういうのは「現実と理想のギャップ」とは呼べない。「現実と(与えられた)情報のギャップ」だ。
うーん。しかし。
買い物に出かけていって、ブランド店の店員の態度が冷たいとかいったことでカチンと来て、スリにやられて警察に行っても「まず出てこないが保険の手続き用に書類書きましょう」とか言われてヘコんで、フランス語もわからなくて、周りの誰も助けてくれなくて、数日の間にスッカリ神経をすり減らして「私の部屋に盗聴器が」という被害妄想に陥った……というケースも想定できなくはないような気がするのだけど、それは居住者が居住しているがゆえに陥る深刻な精神状態(<これが「パリ症候群」でしょ?)とは別のものなのではないのだろうか? その長期滞在・居住のきっかけが「憧れ」であれ何であれ。
しかし茶飲み話にするにしても、「パリを訪れる日本人観光客のうち、年間12人程度は……不親切なパリジャンや薄汚れた通りなど、さまざまな現実を目することで旅行前の期待が裏切られたように感じ、精神的なバランスを崩す……。……『パリ症候群』だ……」(<要約してみた)っていうのは、類型的すぎて暴力的だ。
以上、「パリ」は、大筋では、例えば「ロンドン」にも置換可能。
注:
*
「パリ症候群」という言葉自体は、柳原和子、『「在外」日本人』(1994年)に出ていたので知ったような記憶が自分にはある。
なお、はてなブックマークで他の方が、2004年12月のリベラシオンの報道から派生したような朝日新聞の記事(2005年2月)を引用した内田樹さんの2005年2月の記事を紹介してくださっている。(朝日記事とリベラシオン記事のまとめはありがたく参考にさせていただいた。)
また、「パリ症候群」については以下の方々の記事を参照:
・猫屋さん@2005-02-05
http://neshiki.typepad.jp/nekoyanagi/2005/02/post_3.html
・kanacさん@2005-02-24
http://d.hatena.ne.jp/kanac/20050224
・salutさん@2005-02-09
http://blog.goo.ne.jp/salut_ca_va/e/386466683b1f86d4a45d0af8a5df350e
「パリ症候群」という名前の由来は、太田博昭、『パリ症候群』(1991年、トラベルジャーナル)だそうです。ユーズドなら手に入りそうです。
※この記事は
2006年10月24日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
'Paris Syndrome' strikes Japanese
By Caroline Wyatt
BBC News, Paris
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/6197921.stm
何かもう、ステレオタイプとステレオタイプのがちんこ勝負のような記事です。