「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2012年03月25日

バーティー・アハーンの失墜

北アイルランド的には「イアン・ペイズリーと意気投合したダブリン政府トップ/カトリック」であり、それ以前にユニオニストのこころの鎧を緩めさせて1998年の和平合意を実現させた「ピースメイカー」である、アイルランド共和国のバーティー・アハーン元首相が、党からの除名処分の可能性をつきつけられた後、自分から党をやめるという決断をした。



一時は「テフロン・ティーシャク」と呼ばれた無敵の人のこの失墜、背景はこれまで15年の長きにわたった「バーティのカネの問題」に対する調査(tribunal)だ。アイリッシュ・タイムズがずっと追及してきた問題で、ものすごい情報量の特集ページがある。
http://www.irishtimes.com/topics/mahon-report/

「今北産業」な人には:
http://www.irishtimes.com/newspaper/ireland/2012/0323/1224313768631.html

※これはもうちょっと書きたいとは思っている。→この下に。

バーティ・アハーンの離党については、アイリッシュ・インディペンデントが「特約」みたいになってる(まあ、そうだろうね)。アイリッシュ・タイムズは「ニュースのひとつ」として大きく取り上げているだけ。

アイリッシュ・インディペンデントのトップページ:



キャプチャ画像内記事見出しクリックで記事読めます。

で、アハーンの写真つきのメインの大きな記事のすぐ下にでている「ハノンが……」という記事は、カウンシラーが党籍剥奪されるとの報道。

※あとでまた。


※この記事は

2012年03月25日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 08:04 | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。