kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2012年03月05日

「ノーザン・アイリッシュ」のゴルファー

http://www.guardian.co.uk/北アイルランドのゴルファー、ロリー・マッキロイが、また英メディアをにぎわせている。今日は何かの大会で優勝して「世界一になった」そうだ(私はゴルフはまったくわからないので要領を得ない記述ですみません)。

その彼のアイデンティティについて、ガーディアンはトップページのニュースの導入文で、添付のキャプチャ画像のように、"Northern Ireland's Rory McIlroy" と所有格を使って表している (via kwout)。BBC Sportでは "The 22-year-old from Northern Ireland", "the Northern Irishman" という表現を使っている。

彼を "British" と呼んでいる人がいるとすれば、その人はたぶん何も考えていない(→一例あった。ロイターの記事で、「米国での大会で米国の名ゴルファーを破って云々」という強調が行われているように読める。その場合、「わかってる」人なら "British" ではなく "UK's" を使うと思うが……)。

北アイルランドは「グレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国」の一部だが、地理的に「グレート・ブリテン」(大ブリテン島)には属していないので、北アイルランドの人や物についてBritishというのは厳密には間違いである。そんなことは当たり前のように思われるかもしれないが実際にはそうではない。"Britain" という語は "the United Kingdom" の単純な言い換えであるかのように思われており、後者には簡明な形容詞がなく前者には "British" という形容詞があるからだ。つまり、a man from Britain = a man from the UK = a British man という等式で処理されることは、言語としては特におかしなことではない。

一方で、「北アイルランド」の人や物について、Britishであると扱う/扱わないことは、それ自体が政治的な声明である。つまり、「英国の旗、ユニオン・フラッグをつけるか、アイルランドの旗、三色旗をつけるか」という立場の表明だ。ユニオン・フラッグをつけない場合(ブリテン島で、イングランドが白地に赤の十字の旗をつけるような場合)に「アルスター旗」をつけること、つまり「アルスター」というアイデンティティを示すことも、「アイルランドの三色旗ではない」と主張する政治的な行動だ。

「ノーザン・アイリッシュ」というアイデンティティには、そういった政治性の強要から、人を解放する機能があるようだ。


「ブリティッシュ」なる区分けは、外部から見たとき、大まかにいうものではあっても(例:「彼はアメリカンではない。ブリティッシュだ」)厳密なものではない。英国(連合王国)内部から見たときは、個々のネイションの別を問わない、ある意味便利な表現であり概念である。「ブリティッシュ」という表現を普通に使っている立場からすると、実際、「ブリティッシュ」の英語の綴りと「アメリカン」のそれとは違うし(centre/center, colour/color, realise/realizeなど)、この概念そのものが無用なわけではないと考える。"細かな区別はおいといて、(例えば「アメリカン」と対置されるものとして、あるいはスコットランドとイングランドの双方を含むものとして)「ブリティッシュ」" という前提は、実用性が高いものだ。

しかし「英国内」で見たとき、誰かをBritishと呼ぶか、Englishと呼ぶか……は実質あまり違いはないかもしれないが、(イングランドの側から)誰かをBritishと呼ぶか、Scottishと呼ぶかには、「隠された意図」がある。(日本では生半可な聞きかじりで納得してる人が、例えばEnglishとScottishの違いについて、「お国自慢」とか「田舎根性」で納得していることがままあるが、歴史を少しだけ見ればわかるとおり、そういう意識とは違う。ManchesterかLiverpoolかは「お国自慢」etcと思っていても大丈夫だろうけれども。)※こういう「隠された意図」について、糾弾されねばならないとかそういう話じゃないんで、そこはよろしく。

昔のエントリ:

2008年07月03日 アンディ・マレーは「ブリティッシュ」か「ケルト」か(付:アイルランド人が「英国」を語るとものすごいことになる)
http://nofrills.seesaa.net/article/102096318.html

スコットランド人であるアンディ・マレーは、イングランドを拠点とする大手メディアから誉められるときは「ブリティッシュ」のテニス・プレイヤーと呼ばれ、そうでないときは「ケルト」と呼ばれる、という、(イングランドに拠点を置く)メディアの言語作法についての、Slugger O'Toole(北アイルランド)のツッコミ(と、アイリッシュ・タイムズの爆笑間違いなしのものすごい記事)についてのエントリだが、実はこれはもっと「シリアス」な検討が必要なトピックで、その「シリアス」な検討はこの数年、塩漬けになっている。

塩漬けにしている間に、北アイルランドで興味深い報告があった。かいつまんでいうと、「北アイルランド紛争」の時期・文脈において「ブリティッシュ」か「アイリッシュ」かの二者択一であったアイデンティティ意識(ウィキペディアの「北アイルランドのデモグラフィーとポリティクス」の項に詳しい。この項は、アカデミックな経験のある人が書いていると思われるが、非常に読みやすく有益だ)が、近年大きく変容し、その二者に加えて「ノーザン・アイリッシュ」というアイデンティティが確立されつつある、特に若い世代では「ノーザン・アイリッシュ」という意識がかなり一般的である、というもの。(一方で、「ブリティッシュ」の側の概念……というより「紛争」のイメージがべったりついている「アルスター」はあまり使われなくなっている。)

http://en.wikipedia.org/wiki/Northern_Ireland#cite_ref-45
A 2008 survey found that 57% of Protestants described themselves as British, while 32% identified as Northern Irish, 6% as Ulster and 4% as Irish. Compared to a similar survey carried out in 1998, this shows a fall in the percentage of Protestants identifying as British and Ulster, and a rise in those identifying as Northern Irish. The 2008 survey found that 61% of Catholics described themselves as Irish, with 25% identifying as Northern Irish, 8% as British and 1% as Ulster. These figures were largely unchanged from the 1998 results.


実際、かつて自分たちについて「アイリッシュ」という意識を持つことを拒絶していた(それ以上に、ダブリンとの関係を拒絶していた)「プロテスタント」(ユニオニスト)の側も、世代交代につれ、「ノーザン・アイリッシュ」という意識のもとに、「アイリッシュ」の表象を「自分たちのもの」として受け入れ、その受容を対外的に示すようにもなっている(ベルファスト市の「聖パトリックの日」のパレードなど)。

英語の文章でも、これはちゃんと規模のある研究を参照すべきだが、"Northern Irish" という形容詞が使われることが増えている……どころか、一般的になりつつある。(ただし、例えば何かのユーザー登録などでそういうカテゴリが用意されているわけではないので、北アイルランドの人たちがBritishかIrishかの二者択一を迫られる場面は、オンラインで確認できるケースだけでも、まだまだ普通だ。)

そういうふうな「変化」の中で世界的に名前を語られるようになった人物のひとりが、ゴルファーのロリー・マッキロイだ。1989年生まれの彼は、背景としては「カトリック」だ。だが彼の活躍を喜ぶ北アイルランドのメディアの記事などを見て、現地にそういったことへの「こだわり」があるとは思えない。実際にないのだろうと思う。
http://en.wikipedia.org/wiki/Rory_McIlroy

ゴルファーのような、政治的なスタンス云々で活動しているわけではない人ですら、そういった「政治性」に絡め取られざるを得なかった窮屈な時代は、終わろうとしている。

(……のだが、実際には「まだまだ終わらん」みたいだけどね。)

ベルテレのコメント欄より:




ロリー・マキロイへの賞讃に見られるような「宗派にこだわらない態度」を、北アイルランドではcross-communityといった表現であらわす。

最も近いところで、その態度が見られたのは、つい一昨日、ベルファストでのフランク・カーソンの葬儀だ。

フランク・カーソンは1926年、ベルファストのシティ・センターのイタリア人街に生まれた。イタリア系だから当然カトリックで、若いころは「職を転々と」というより「いろいろな仕事で食いつないだ」感じだったらしい。英軍に入ってパラ部隊で特に中東で活動していたこともある(1940年代後半)。そのうちにオーディション番組か何かをきっかけにテレビで仕事をするようになり、「お笑い的総理大臣 prime minister of fun」といったニックネームで親しまれ、チャリティ活動を通してカトリック教会から表彰されるなど、英国とアイルランドでは知らない人はいないような存在だそうだ。2012年2月、長患いの末、死去。85歳。
http://en.wikipedia.org/wiki/Frank_Carson
http://www.thejournal.ie/comedia-frank-carson-passes-away-aged-85-363296-Feb2012/

葬儀は「クロス・コミュニティ」だった。故人が生まれ育ったエリアにあるカトリック教会で祈祷が行われ(故人と親しい友人だったエドワード・デイリー元司教――デリーのブラディ・サンデーで血に染まった白いハンカチを掲げて負傷者を搬送する人々を先導する写真で知られる。既に引退しておられる――がミサを取り仕切った)、そのあと棺はすぐそばにあるプロテスタントの教会に運ばれてそこでもお祈り。そしてフォールズ・ロードを経てミルタウン墓地に埋葬。棺を運ぶ人々の中には、マーティン・マクギネスもいます。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/northern-ireland/frank-carsons-funeral-takes-place-in-belfast-16125907.html
http://www.bbc.co.uk/news/uk-northern-ireland-17246512

カトリックとプロテスタント双方の教会でやってほしいというのは、故人の遺言だったそうだ。(ちょっとびっくりした。)

カーソンの前にこういう「クロス・コミュニティ」の葬儀があったのは、スヌーカーのアレックス・「ハリケーン」・ヒギンズ。2010年の8月。
http://nofrills.seesaa.net/article/157452040.html

その前に、決定的に「クロス・コミュニティ」だったのだが、ジョージ・ベスト。葬儀は2005年12月で、このときはまだ、情勢は落ち着いていなかった。ただこの「"アル中のおっさん" になってしまった天才フットボーラー」の葬儀で、政治家も含めて、プロテスタントとカトリックがひとつの場と感情を共有したことは、とても大きかったのではないかと思う。ベストがああだったからこそ余計に、「どうしてああなっちゃったのかなあ」という「残念」さが共有されて、きっとそのことはベルファストという美しい都市についての考えにも広がっていったことだろう。

ジョージ・ベストはあからさまに政治的ではなかったが(葬儀会場が自治議会の議場であるストーモント城というのは本当に特異だったけれども)、2007年1月のロイヤリストの政党PUP党首、デイヴィッド・アーヴァインの葬儀は、その拠点だった東ベルファストのものっすごいロイヤリストのエリアの教会で行われ、その「敵地」のど真ん中を、シン・フェインのジェリー・アダムズが訪れるという「政治的」な舞台としても機能した。これも故人の意図どおりだったと思う(アーヴァインは「和平」に全力を尽くした政治家で、メディアのインタビューなどで「紛争」を率直に語っている)。
http://nofrills.seesaa.net/article/31357256.html

それから、2010年6月には、シャンキル・ロードのUDA活動家の葬儀にジェリー・アダムズが、ということもあった(ここで初めて、UDAのジャッキー・マクドナルドとアダムズが対面した)。
http://nofrills.seesaa.net/article/154975289.html

こうやって思い返すと、「壁」を取り壊す方向への力というのは、少しはたらいたときにメディアで(また情報の受け手の中で)増幅されているのだなあと思う。(そしてそれは「悪い」ことではない。)

ただし現実に物理的に存在する「壁」は、簡単には除去はされないだろう。(それでも壁の開放という取り組みは進められつつあり、つい最近、あのホーリークロス小学校のところのピースウォールが、昼間は開放されるようになっているはずだが。)
http://en.wikipedia.org/wiki/Peace_lines
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/8121362.stm



ジョージ・ベストの葬儀については、川端康雄、『ジョージ・ベストがいた』(2010年、平凡社)に詳しい。

ジョージ・ベストがいた マンチェスター・ユナイテッドの伝説 (平凡社新書)ジョージ・ベストがいた マンチェスター・ユナイテッドの伝説 (平凡社新書)
川端 康雄

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※この記事は

2012年03月05日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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