「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2012年02月09日

引き続き、報道機関のソーシャル・メディア利用について

前のエントリからゆるく続き。

2012年02月08日 Sky Newsのソーシャル・メディア利用に関する新ガイドラインが「これはひどい」級で驚愕
http://nofrills.seesaa.net/article/251206457.html

Sky Newsの件はあとでまた改めて確認をして書きたいが、とりあえず、fieldproducerはこれまでと同じ調子でTwitter使ってるし(ほかの媒体の人とキャベツがどうとかいう雑談してたりとか)、ほかの記者もツイートしている。「再開」後のものを少し、下記Chirpstoryの最後の方に付け加えてある。
http://chirpstory.com/li/4163

たまたまSky New騒動とほぼ同じタイミングで、ガーディアンでこんなことがあった。下記画像参照。Ian Blackはガーディアンのベテラン記者。ジャーナリストがTwitterを使うことでどういう「取材」や「確認」ができるかという点についての具体例のひとつとして。



コンテクストの話。

ツイッターの利用についてSky Newsが「情報を社に上げる前にTwitterに上げるな (don't break news on Twitter)」という指示を出したことは、前の記事にも書いたが、概ね妥当といえる範囲だと思う。(Sky Newsの指示がひどいのは、「競合企業の記者のツイートや一般人のツイートをRTすることや、外部の人とやり取りすることを禁止した」点だ。でも、それを見落としたような「会社に先に上げるのは当然でしょ?」的なユルい論がけっこう有名どころでも出ていたりするんだよね。「Twitterのハッシュタグ」が「また素人が騒いでいるのか!」的な受け取られ方をしてることはわかるのだが、何だかなあ。。。そこを問題視してる人はいないと思う。)

報道機関による社員への「勝手にTwitterに第一報を流すな」という指示について、私が最初に思い出したのは、ロイターの事例だ。調べてみると今からだいたい2年前、2010年3月のことだった。
http://blogs.itmedia.co.jp/akihito/2010/03/twitter-a78b.html
http://b.hatena.ne.jp/entry/blogs.itmedia.co.jp/akihito/2010/03/twitter-a78b.html
(注:このitmediaのブログの中の人は、イマイチわかっていないようなので、あまり引っ張られないようにご注意。そもそも古い話だから「アーカイヴ」として参照するだけなのだが。)

このときにロイター通信社は、所属のジャーナリストに示したガイドラインにおいて、「Twitterを使っていても、最初にニュースをアップするのは社に対して」という基本ルールを明確化した。それまでも「暗黙の了解」であっただろうことを明文化したのだろう。(2008年には既にTwitterがジャーナリストによって現場で使われるようになっていたから、1年以上後のことだ。)

2011年11月には、大いに疑問視されたことだが、AP通信の記者がOccupy運動取材中に当局に逮捕され、そのことをツイートしたら「第一報を会社ではなくツイッターに流した」ことになって社内で処分される、ということが起きた。前のエントリでも言及したロイターのアンソニー・デローザ(そーしゃる・メディア・エディター)は、このとき、APのこの方針について「昔のやり方にとらわれすぎている。ツールが変わり、方法が変わっていることに対応すべき」と批判した。

2012年2月のSky Newsの件も、基本的にはこれと同じことだと思う。ただし、あまりに「わかってない」文面&項目だったので、広域同時多発ズッコケ大会となった(stupidという形容詞が使われるような感じ)。しかも、その「わかってなさ」の矛先が向かうのがTwitterのスター(@fieldproducer)だったので、アクティヴィズム系の動き(ハッシュタグを作ってとにかく騒ぐ)が大きくなったのだろう。

このハッシュタグが盛り上がっていたときに、偶然ながら、ロイターのブログのURLが回ってきた。
http://blogs.reuters.com/photographers-blog/2012/02/07/have-you-seen-this-fukushima-child/

昨年3月の震災と原発事故のあとに現地入りしたロイターの写真家(カメラマン)が、郡山の避難所(スポーツセンター)で撮影した写真の女の子を捜している、という告知のブログだ。ひとりの父親として、この子供が元気でいるかどうかを確認したいという思いが綴られた文章に、「この写真の子です」として何点かの写真が掲示されている(ロイターの写真をロイターが使うのだから権利の問題もなし)。そして「もしも何かご存知の方がいらしたら、ご連絡ください」として写真家の連絡先(メールアドレス)が添えられている。うまく再会できるといいのだけど。この子供の、こんな脅えたような表情(そりゃあんな白衣の人が見慣れないもの持って近寄ってくればこんな顔にもなる……)じゃなくて、笑ったり怒ったりしてる表情を、この写真家の人が見られるといいのだけど。

個人的には、本題の「人探し」同様にぐっときたのは、こういう人探しが、誰もが閲覧できるネット上の「ブログ」という場で行われているということだ。おそらく再会が果たされるまで、ブログでこの「人探し」は継続され、状況についてのアップデートがあるだろう。(むろん、事細かに報告されるわけではないだろうし、公開できないところは公開されないだろうが。)

以前だったら、こういうことは報道機関の「壁」の中で行われていたはずだ。同じ会社の支社や支局を通じて、あるいは取材コーディネーターや通訳者のネットワークを通じて、場合によっては現地の新聞や地方テレビ局・ラジオ局(どれも「取材」のノウハウを持っている)と連携して、一定の「ルート」とでもいうべき範囲で。それが今は、こんな100パーセント開放された場で行われている。「私の連絡先はここです」と、記者が情報を開示している。会社の代表電話ではない。個人のメールアドレスだ。

こういうようなことは、実は、これが最初ではない。厳密には違うカテゴリになるが、Twitterでは例えば「この話題について詳しい人を探しています」というような人探しはけっこうよく見かける(と言っても月に1度とかそういう感じだが)。一例が下記。

2011/01/12 日本の夫婦別姓について、英紙記者がツイッターでさがしもの
http://togetter.com/li/88564
英国の新聞ガーディアンのComment is Free(外部からの寄稿と読者のコメントで成り立つフォーラムのようなコーナー)担当、ジェシカ・リードさんが、1月12日、「どなたか、英語のできる日本の書き手で、女性学方面の人を知りませんか」という内容のツイート。
http://twitter.com/commentisfree/status/25138015609294848


それから、NPRのアンディ・カーヴィン @acarvin がよくやっているのだが、Twitterでもたらされた情報をRT(引用、というべきだが)して、「これのソースは?」と広く問いかける方法。「ファクトチェックのクラウドソーシング」などと呼ばれているが、要は事実確認のための地道な聞き込みの作業が、記者が現地に行かなくてもネット上でできるようになった(ただしもちろん限界はある)ということだ。

あるいは、これも @acarvin もやっているし、ソーシャル・ネットの活用では最先端を行っているアルジャジーラの記者もやっているし、Midaanという専門の人たちもいるし、私でもやろうと思えばできるのだが、ニュース映像や現地の市民の撮影した映像に翻訳字幕をつける作業。これも「多言語化のクラウドソーシング」と呼ばれて、ネットで行われている。たいがいは現地語からまず英語に翻訳され、それが別の言語に翻訳される。というか、有志が時間と労力をかけて翻訳して、多くの人と「シェア(共有)」できるようにする。

そのためのウェブサービスも稼動していて、カイロのブロガーが始めたカイロキーというバンドの「広場よ」という曲の多言語化プロジェクト(下記)はそれを利用したものだ(日本語訳は@abu7ananさんによる)。
http://www.universalsubtitles.org/ja/videos/c27paD8jFpNt/

こういうサイト(ソーシャル翻訳)では、現実的に翻訳としてうまくいくかどうかは別として、仕組みとしては「ちょっと手が空いたときに1行ずつ翻訳する」という翻訳者が10人いれば、10行が翻訳できる、ということになる。担当の翻訳者ひとりだけでやるのではなく広く開放することによって、翻訳のチェックや校正の目も増えるし、最終的にアップされた訳稿も、そのあとで改善することもできる。

そういうのが当たり前の「時代」に、情報の伝え手が昔ながらの、「原稿は我々が最後まで完成させる」というやり方しか知らない場合、「外部」から手が加えられることは単に「ノイズ」としか思えないのかもしれないし、情報としても(オーセンティックなルートを経由していない)「外部」からの情報は、前提として「ノイズ」であるとしか思えないのかもしれない。

今から3年以上前、2008年11月27日にTechCrunchにこんな記事が出ていた。書いたのはTCのボス、マイケル・アーリングトン。日本語化されているので日本語のテクストで引用する。
http://jp.techcrunch.com/archives/20081127i-cant-believe-some-people-are-still-saying-twitter-isnt-a-news-source/
Twitterが優れているのは事件を最初に伝えるという点ばかりではない。Twitterでは、事態の進展とともにアップデートが継続的にストリーミングされてくる。

これは疑いようのない明白な事実だと思う。しかし私のムンバイの記事に対するコメントでもわかるように、一部の人間は依然として認めようとしない。たとえば、TomsTechBlogなども「Twitterをニュースソースとして扱うのは無責任だ」と主張している。理由? Twitterでは事実が往々にして間違って伝えられるからだというのだ。

これはこの10年、ニュースの空白地帯を埋めるのにブログが台頭し始めて以来、メインストリーム・メディアが繰り返してきた呪文だ。……


Sky Newsの「外部の人のツイートのRT禁止令」の根拠もそれだった。「わが社で事実確認をとっていない情報は、誤情報である」という前提。むろん、それは重要な基本姿勢なのだけれども、限度がある。そしてその「限度」の定め方が、ソーシャル・メディア社会前の(ロイターのデローザの表現を借りれば「ヴィクトリア朝の」)ネットか!というものだったことで、Sky Newsは(おそらく自社の記者を含む)Twitterユーザーを呆れかえらせた。

論考をいくつか。(それぞれ原文には文中にハイパーリンクがあるので、URLクリックして原文をご参照ください。非常に有益です。)

PR会社のブログ。かなり辛辣。
Small earthquake at Sky News. Social media hurt
by Simon Booth-Lucking, 07 Feb 2012
http://www.claremont.org.uk/small-earthquake-at-sky-news-social-media-hurt
this policy seems to have another agenda – the old dogs of the corporate news organisation reminding the young pups of social media who the boss is (for now anyway). The subtext of the policy is "we own you" and you'll play by the broadcast rules because that's how our business model works. ...

Deep beneath all the fluff, social media is causing tectonic shifts in power in media, politics and society. A little earthquake just broke out in Teddington.

...

NB: In case you're wondering, the headline is a reference to an apocryphal headline by a Times journalist called Claud Cockburn: "Small earthquake in Chile. Not many hurt".


オライリー・メディアなどで書いているAlexander B. Howardさんのブログ。「ソーシャル」という面からの検討。(これは日本の報道機関はまったくあてはまらないと思うけど……。記事すぐ消しちゃうようなサイトはそもそもSEOなんて考えてないよね。その必要がないから記事消してるんだろうけど。)
New Sky News social media policy would cripple journalists working on the real-time Web of 2012
February 7, 2012
http://digiphile.wordpress.com/2012/02/07/new-sky-news-social-media-policy-would-cripple-journalists-working-on-the-real-time-web-of-2012/
Any entity that distributes content online − whether they're in the media, government, academia, nonprofit or other organizations, needs to be thinking about search engine optimization (SEO) and social media optimization (SMO) in 2012. Any policies that force journalists into internal silos will eviscerate that capability.

A RT is social media currency. Instructing journalists not to give them out where deserved is like sending them into a conflict or disaster zone with no funds for a fixer, fuel or food. It's not just bad form. It's bad business.


Twitterで@breakingnewsを運営している人たちのグループ・ブログから。おもしろい。
Why it’s OK for journalists to be human on Twitter
07 Feb 2012
http://blog.breakingnews.com/post/17229929833/why-its-ok-for-journalists-to-be-human-on-twitter
The International Journal of Communication conducted an in-depth study that looked at how people responded to Twitter reports from news brands and journalists during Arab Spring. TheNextWeb summarizes, "While all major mainstream media outlets have a strong presence on Twitter, some with millions of followers, when it comes to how information spreads through Twitter – when it's coming from personal, individual accounts, it is likely to reach a larger audience."

Humanizing our own @breakingnews account is one of our priorities, and we openly encourage our editors to freely tweet on their own accounts by pointing out other reporting, providing context and openly engaging with people who have questions or concerns. ...

(だからといって過剰に「人間くささ」をアピールされるというか「人間くさくて何が悪い」的になられると、ほんとにクサいだけなのだけど……。あと、日本のような古臭い社会では単に例えば「下品でデリカシーのないおっさん」になれば「人間くさい」人になれるという固定観念があるのも、なんとかしてほしい。無言のまま半笑いでドン引きしている人の存在は、ネットでは見えない。)

ロンドンのジャーナリスト、トム・フィリップスさんのおもしろいブログ。(こういうウィットがいいよね。)「Sky Newsはニュース速報を見たい人がつけてるテレビ局だけど、内容確認となるとBBCにチャンネルをかえる」とかいう冗談めいたところ以外は、抜粋のしようがないので、全部読んでください。
Five things Sky News can do to make their new Twitter rules less silly (Please retweet)
http://www.flashboy.org/blog/2012/02/five-things-sky-news-can-do-to-make-their-new-twitter-rules-less-silly-please-retweet/

そして今回いろいろ読んだ中で一番刺激的だったのがLib Conのサニー・ハンドールの論考。いつものごとくひねってるから、あまり文字通り受け取らないように。

In defence of Sky News' re-Tweeting ban
by Sunny Hundal
February 8, 2012 at 8:30 am
http://liberalconspiracy.org/2012/02/08/in-defence-of-sky-news-re-tweeting-ban/
Newspapers still cling to an era when they ran similar content on the basis that readers will only buy one newspaper. But most people surf at least 2-5 websites of a particular genre, including news. I check about 10 every day, in addition to news aggregators and news tweets.
新聞はいまだに、読者は1紙しか買わないと前提して同じような内容を掲載した時代にしがみついている。しかし現在はほとんどの人が特定のジャンル(ニュースもそのひとつ)の際と、2〜5件は巡回している。私は毎日10件ほどチェックする。ニュース・アグリゲーターとニュース系ツイートも見ている。


最後に、リークされたメール全文と思われるものが下記ブログで読めます。
http://eclecticpartisan.wordpress.com/2012/02/08/skys-anti-social-media-policy/



今回調べて初めて知ったのだけど(「逮捕なう」がダメっていうばかばかしさを笑って、それで完全にどうでもよくなってた)、昨年11月のAPの社内ガイドラインでもRT禁止してた(笑)。さすがAPクオリティ(数年前、ブロガーが引用するのにも「1ワードいくら」で課金しようとしていたのはこのメディア)。

AP's Twitter Policy Raises Question of Reporter Objectivity
Journalists should focus on truth, not impartiality
By Christopher Moraff 11/17/2011
http://blogs.phillymag.com/the_philly_post/2011/11/17/aps-twitter-policy-raises-question-reporter-objectivity/

「重要なのは、両論を併記することではなく、事実だ」なんて、あったりまえだのくらっかーじゃん。。。と思ったのだが、これがアメリカだろうなというのもすっごい強く感じる。
While the AP’s instruction is hardly sinister in itself, its message is indicative of the American media’s inscrutable obsession with maintaining the illusion of complete impartiality−what Bill Maher called “balance for balance’s sake”−even when it comes at the expense of the truth.


長い記事だが、下記のあたりとかかなり興味深いものはある。
According to media critic Denis McQuail, the three most essential qualities of information in news are factualness, accuracy and completeness. Blind impartiality obscures all three. Bowing at the false idol of objectivity leads journalists to counter factual information with innuendo in the name of equal time while treating “truth” as relative and equating “fairness” with getting all possible versions of a story no matter how mundane or misinformed.


というか、日本での「メディアとは」論にそっくりだ。英語圏といっても英国(とアイルランド)しか見てないも同然なので、英語でこういう「バランス」とかの話を読むのは新鮮だ。

※英国で「バランス」云々が出てくるメディア論は、「右翼によるBBC解体論」や「トゥルーサー」などで、つまり中身のあるものではないので、あえて読む機会もないのだと思う。てか、「バランスとおっしゃるのは、この場合、何ですか(真顔)」状態のところがほとんどっていうか、ねえ。スコッツマンの純度100%ユニオニズムの論説とか、ずいぶん「バランス」に気を使っているはずのベルテレの、それでも拭いがたいユニオニズムの底流が見える切り口とか(それでも、かつてはUUPだったのがアライアンスになったくらいの変化はあると思うが)。

※この記事は

2012年02月09日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 13:00 | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。