kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2006年10月08日

訃報:アンナ・ポリトコフスカヤ

何と言ったらよいのか・・・。アンナ・ポリトコフスカヤが、マンションのエレベータで射殺体で発見された。
※投稿から3時間後にこの箇所を修正。
修正前:自宅マンションのエレベータで射殺された。(状況説明の文からは、よそで殺されてエレベータに運ばれたふうはない。)この点まだわからない。ガーディアンの最も新しい記事ではshot dead close to her Moscow apartment yesterday in a killing that sent shock waves across Russia. Her body was found slumped in a lift next to a pistol and four bullets.とある。

Chechen war reporter found dead
Last Updated: Saturday, 7 October 2006, 18:45 GMT 19:45 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/5416218.stm

Anna Politkovskaya, a prominent Russian journalist known as a fierce critic of the Kremlin's actions in Chechnya, has been found dead in Moscow.

The 48-year-old mother of two was found shot dead in a lift at her apartment block in the capital.

A pistol and four bullets were found near her body and a murder investigation has been launched.

Ms Politkovskaya's murder has all the hallmarks of a contract killing, says the BBC's Emma Simpson in Moscow.


指から力がぬけて、タイプが上手くできないので記事の冒頭の引用のみ。

以下、UK各メディア記事リンク。

※以下、投稿(6:40ごろ)のあと、更新あり(8:15ごろ)。

BBC News:8日朝(日本時間)、国際版のトップ記事になっている。
http://news.bbc.co.uk/
ウェブ魚拓のキャッシュ
※記事は複数出ています。時間が経過してページが更新されていたら、各記事はキャッシュからたどってください。以下同じ。

The Guardian:同、トップから2番目。(トップ記事は英国の政治家記事。時事ネタではないが、独占取材かな。)
http://www.guardian.co.uk/
ウェブ魚拓のキャッシュ

The Daily Telegraph, the Timesはともにまだ記事なしの段階らしい。→アップデート。このページの下のほう参照。

ガーディアン掲載のAP記事から引用:
http://observer.guardian.co.uk/world/story/0,,1890128,00.html
The shooting is thought to have taken place at about 4:30pm (11.30 GMT) in Ms Politkovskaya's apartment building, Dmitry Muratov, editor in chief of the Novaya Gazeta newspaper where she worked, told Ekho Moskvy radio.

事件発生はモスクワ時間で土曜日の午後4時30分(GMTでは午前11時30分)ごろと思われる。ということは日本時間では20:30か。まだ12時間も経過していない段階だ。ということは、現時点で出ている記事はどれを見ても内容はほとんど同じだろう。

ともあれ、あとはGoogle Newsで。3ページ分記事がありました。

Google Newsの関連記事一覧のページのキャッシュ、1ページ目。
Google Newsの関連記事一覧のページのキャッシュ、2ページ目。
Google Newsの関連記事一覧のページのキャッシュ、3ページ目。

アンナ・ポリトコフスカヤの著書は2冊、日本語で読むことができる。(表紙の写真を使いたいのでamazon.co.jpリンクで。)『チェチェン やめられない戦争』は出版から2年くらいになるけれど、わりと最近も都内のどこかの大型書店で表紙を見せる形で陳列されていたのを見た記憶がある。

チェチェン やめられない戦争
アンナ・ポリトコフスカヤ 三浦 みどり
4140808918


プーチニズム 報道されないロシアの現実
アンナ・ポリトコフスカヤ 鍛原 多惠子
4140810548


ウェブサイト「チェチェン総合情報」さんでもポリトコフスカヤの記事を紹介しておられる。

「アンナ・ポリトコフスカヤ情報」
http://chechennews.org/anna/index.htm

「背中を撃たれた将軍/消えた村にて/アンジェラ」(2003.12.30)
http://chechennews.org/chn/0345.htm
・・・「僕は銃殺されかかったんだ、わかるだろ!どうしてそんなことになるのかを知りたいんだ!」

 わたしも知りたい。ただ提案できることは、答えのないたくさんの質問のリストをつづけていくだけ。大人たちは、時間をかければ恨みをふくらませないですむかもしれないが、敵意と、果てしない涙を見て育ったチェチェンの青少年は、堪え忍ぼうとはしないだろう。この若い世代は、これまででもっとも難しい世代となるだろう。

 第二次チェチェン戦争の3年目にして、チェチェン民族が体験している崩壊は隠すべくもない。そしてすべては、いくつかの疑問に集約される。この崩壊をどうやってくい止めるのか?子どもたちに今日より明日が良くなると信じさせるにはどうしたらいいのだろうか? 自分自身でもそれを信じるには?


「この戦争に英雄はあり得ない
チェチェン共和国/アフメド・ザカーエフ副首相インタビュー(仮訳)」
http://chechennews.org/archives/20020527zakaev.htm
そして毎朝のように、切り刻まれ、醜く見る影もなくなった遺体が村はずれで発見される。外出禁止時間に捨て置かれたもの。何百回、何千回目になるのか、子供たちが自分の村の人がどんな姿で発見されたかを喋っている。今日も、昨日も、耳をそがれていたんだって、頭の皮をはがれていたんだって、指が切りおとされてたんだって・・・

「手の指がなかったの?」いつものとおり少年が確かめている。

「いや、手の指じゃない、足の指さ」





※更新:直訳調です。読みづらいと思います。
ロシアのジャーナリスト、射殺される
Associated Press
Saturday October 7, 2006
http://observer.guardian.co.uk/world/story/0,,1890128,00.html

チェチェンにおける戦争についての批判的な取材で知られるロシアの有名なジャーナリストがモスクワで死体で発見された。

アンナ・ポリトコフスカヤは、モスクワの中央警察署の当番の警察官によって、モスクワの集合住宅の建物の中で死体で発見された。銃撃されたことが原因で死亡しており、拳銃1丁と銃弾4発が死体の側で発見された。

ポリトコフスカヤの死は殺人事件として捜査されている、とモスクワの検察官のYuri Syominのスポークスウーマンは述べている。

Ekho Moskvyラジオによると、ポリトコフスカヤの暮らす集合住宅の中で銃撃が起きたのは、(モスクワ時間で)午後4:30ごろ(11:30 GMT)ごろであると考えられている、と、ポリトコフスカヤが勤務していたノヴァヤ・ガゼッタ紙の編集長、Dmitry Muratovは述べている。

ポリトコフスカヤは強靭な意志を持った調査型記者で、非情に尊敬されたジャーナリスト。ロシア軍人員による一般市民に対する殺害、拷問、殴打を記録してきたが、そういった報道のために当局と衝突することが多かった。

ポリトコフスカヤはロシアのウラジミール・プーチン大統領と、プーチン大統領のチェチェンでの軍事作戦行動に批判的な本を書いている。その中では政府軍によって広汎に行なわれている一般市民への虐待が記録されている。

ロシアでは誠実なジャーナリズムというものはあるのかという問題が持ち上がるたびに、ほぼ例外なく最初にポリトコフスカヤの名が思い浮かんだものだ、とモスクワに拠点のあるCenter for Journalism in Extreme Situationsの所長、Oleg Panfilovは語る。

彼は、ポリトコフスカヤは頻繁に脅迫を受けており、数ヶ月前には正体不明の襲撃者たちが、娘のヴェラの運転する車に押し入ろうとしたが成功しなかった、と述べた。

2001年に、ポリトコフスカヤが一般市民に対して残虐行為を働いていると糾弾した1人のロシア警察官が復讐してやると言っているという内容の脅迫をメールで受け取り、その数ヵ月後に彼女はオーストリアのウィーンに逃れた。

警察官のSergei Lapin(訳注:英文ライティングの規則より、上記部分の「警察官」のことと思われる)は2002年、ポリトコフスカヤの書いたことによって身柄を拘束されたが、彼に対する訴訟は翌年に法的には結論が出ているとされた。

「ジャーナリストなら、このような目にあうことに脅かされることは珍しくない。アーニャ(アンナの愛称)にはこういうことが起きるのではないかと私はいつも思っていた。第一にチェチェンのことが原因で」と、Panfilovは語る。

ポリトコフスカヤがチェチェン報道を始めたのは1999年、ロシアによる第二次軍事作戦のときのことだった。彼女の報道は戦争の軍事的側面についてよりも人道的側面に重点を置いたものだった。彼女は難民キャンプのチェチェン住民や、負傷したロシア兵について書いたが、そのうちに病院への訪問を禁止されてしまった、とPanfilovは語る。

2004年、ベスランの学校占拠事件が発生したとき、ポリトコフスカヤはモスクワからロシア南部に向かう飛行機の中でお茶を飲んだあと中毒症状を呈し、重態となった。ロシア南部へは彼女は危機の打開のための仲介に向かっていたと多くの人が考えていた。彼女の同僚たちは、彼女の命を狙った事件なのではないかと疑った。

2002年10月にチェチェンの武装勢力がモスクワの劇場で数百人を人質に取ったときに、武装勢力との交渉を試みるため劇場に入った数少ない人のひとりがポリトコフスカヤだった。

ポリトコフスカヤの殺害は、ジャーナリストの殺害事件としては、2004年7月にロシア版『フォーブス』の編集長、Paul Klebnikovが殺害されて以降、最も重大なものである。




さらに追記:

テレグラフ記事が出た。テレグラフはチェチェンについての報道はけっこう熱心だったのだが、この記事はほとんど内容がない。(日曜日だからかも。)
Crusading reporter shot dead in Russia
Gethin Chamberlain and Fred Weir in Moscow
(Filed: 08/10/2006)
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2006/10/08/wrussia08.xml

タイムズ記事が出た。タイムズというかサンデー・タイムズだが。
Death of the woman who shamed Moscow
Mark Franchetti, Moscow
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,2089-2393752,00.html
She was the most prominent of dozens of Russian journalists murdered in the past 10 years and her death has dealt a serious blow to the country's reputation.

ここらへんはとても「らしい」断言であるが、単なる事件報道(と被害者のプロフィールの記述)よりも、一歩踏み込んだ記事になっている。

記事を書いた人はポリトコフスカヤと何度も話をしたことがあるという。
I met Politkovskaya on many occasions to discuss Chechnya. Bespectacled and deeply serious, she resembled a strict schoolteacher rather than a glamorous war reporter inured to intimidation and flying bullets.

She was profoundly affected by the victims of war and seemed haunted by their suffering. To her, reporting was far more than a job ― she saw it as a moral obligation.


テレグラフとタイムズで特に注目すべきはゴルバチョフのコメントが記事内に出ていることか。下記はタイムズからの引用。
Mikhail Gorbachev, the former president, said: "It's a strike against all the democratic independent press, a terrible crime against the entire country, against all of us."


the Sunday Times (8 October 2006)のトップページのキャプチャ:
※クリックで原寸表示。
sundaytimes-8oct06.png
(読むべき記事が満載されているような気がする。)

※この記事は

2006年10月08日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 06:41 | Comment(2) | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
the Independent記事出た。ポリトコフスカヤを個人的に知るJoan Smithにも取材。Ramzan Kadyrov, the subject of her next article, という記述。

Murder in Moscow: The shooting of Anna Politkovskaya
By Andrew Osborn in Moscow and Cole Moreton in London
Published: 08 October 2006
http://news.independent.co.uk/europe/article1819666.ece
※数日で閲覧は有料化されると思います。

それからガーディアンの新記事。これがよい。
Assassin's bullet kills fiery critic of Putin
Tom Parfitt in Moscow
http://www.guardian.co.uk/chechnya/Story/0,,1890488,00.html

In an anthology 'Another Sky', due to be published next year by English PEN, a writers' group campaigning against political oppression, Politkovskaya chillingly predicted yesterday's events:
という記述。

サンデー・タイムズの記事(本文中にある)がかなりパーソナルな調子である一方で、このガーディアン記事はそれほどパーソナルな調子でない。どちらも記事も、広く読まれてしかるべきと思う。
Posted by nofrills at 2006年10月08日 10:26
容疑者10名(多!)逮捕。

Arrests over Russia writer murder
Last Updated: Monday, 27 August 2007, 09:57 GMT 10:57 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/6965253.stm

Ten people have been arrested in Russia over the murder of investigative journalist Anna Politkovskaya.

Russian TV showed prosecutor general Yuri Chaika telling President Putin of the arrests, informing him that those held would soon be charged.

Mr Chaika said "serious progress" had been made in the investigation into the killing, which was widely condemned. ...

■追記:記事概要などは別のエントリで。
http://nofrills.seesaa.net/article/53180239.html
Posted by nofrills at 2007年08月27日 19:32

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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