kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2006年01月27日

「武装部門のある政治組織」が選挙に勝利して。。。

"I don't see how you can be a partner in peace if you advocate the destruction of a country as part of your platform. And I know you can't be a partner in peace if your party has got an armed wing."
_
-- GWB, 26 January 2006 (source)


ニュースでGWBがつっかえながら上記のように述べるのを先ほどニュースで見た。

ニヤニヤすべきことではないのだが、あまりにもどっかで聞いたような気がしすぎて、ニヤニヤしてしまった。

とりあえずベルテレさんにはDonald Macintyre(The Independentグループの中東特派員)の記事。

Guns or politics? Now Hamas must choose
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/story.jsp?story=676726

The Independentでは記事の見出しが異なる。

Hamas scores stunning win - but what happens now?
http://news.independent.co.uk/world/middle_east/article341263.ece

ここでまたニヤニヤするのは、ベルファストでは記事の見出しが"Guns or politics?"だから。

北アイルランドでは、"Armalite and ballot box"(アソルトライフルと投票箱)というフレーズがある。言うまでもなく、シン・フェイン/IRAの戦略。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/politics/vote_2005/basics/4401207.stm

さて、GWBはハマスの勝利について、「武装組織を抱えている政党は和平のパートナーとはなりえない」と述べた。

同じような理由で、1998年からずっと「和平プロセス」がたな晒しみたいになっているのが北アイルランド。

IRAが武装解除するのしないのが一応決着したのは、IRAと密接につながっている政党シン・フェインを含めてテーブルに着く・着かないでこんがらがったまま7年以上(グッドフライデー合意の前の段階を数えたら年数はもっと増える)が経過した2005年になってからだ。

2005年の「武装闘争終結宣言」後の武装解除は、「武装解除」というか、「持ってる武器を使えないようにする」という形だったが、とにもかくにもそれは行なわれた。

それでもIRAに反対する政党(Democratic Unionist Partyという名称の、ファンダメンタリスト)は「信用できない」という態度のまま。

1998年の合意からの数年の間、合意によるプロセスがまったく進まなかったことには、「武装解除する・しない」の話、相互の不信、宗教的バックグラウンド(DUPはファンダメンタリストでカトリックを全否定し、ローマ法王を悪魔扱いしている)、などなどの事情があるし、さらには「労働者階級の不満」といった要素もあり、また合意に基づいて殺人を含む政治的暴力を行使した個々人で有罪が確定して服役中の者が特赦となったことによる「ふざけんな」的気分もあり、かなり複雑だ。

そして、プロセスが動かない状態にあった間に、主義主張の両端――DUPとシン・フェイン――が第1党と第2党となり、グッドフライデー合意に大きく貢献したUUPは党内対立でぼろぼろになって議席も減らし、SDLPは一定の支持を保ってはいるが伸びもせず。

DUPはまだ「シン・フェインとは交渉しない」という態度のままである。

ハマス参加のパレスチナ自治政府とは交渉せず=イスラエル首相代行

 [エルサレム 26日 ロイター] イスラエルのオルメルト首相代行は、同国の破壊を掲げているイスラム原理主義組織ハマスがパレスチナ評議会選挙で圧勝したことを受け、ハマスが参加するパレスチナ自治政府とは交渉しないと言明した。
 …略…

(ロイター) - 1月27日11時46分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060127-00000272-reu-int



※この記事は

2006年01月27日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 21:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















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