「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2006年02月06日

日テレの夕方のニュース、今日からネット配信。

Yahoo Japan経由、ITmediaニュース記事:
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0602/06/news032.html

今日2月6日から、日本テレビの夕方のニュース番組、「ニュース plus 1」が、同番組公式サイトなどからオンライン配信されるとのこと。

配信されるのは「全国ネットで放送している約27分間(午後5時50分〜6時17分)の部分」(ITmedia記事より)。つまりメインのニュースの部分だ。

公式サイトを見てみたら、「2月6日の20時ごろからアクセス可能」の旨、書かれている(時間は日本時間:GMTでは13時)。今はまだ18時くらいなのでどういう感じか見ることができなくて、「必要なソフトウェアは何か」「いつからいつまで見られるのか」などがわからない。(ITmedia記事を見ると、おそらくWindows Media Playerが必要なような気がするけど。)

同番組公式サイト:http://www.ntv.co.jp/plus1/
「日テレNEWS24」のサイト:http://www.news24.jp/
「第2日本テレビ」(要入会・コンテンツによっては視聴は有料だがニュースプラス1は無料):
http://www.ntv.co.jp/dai2ntv/

例えば日本以外に在住で、衛星放送とかケーブルTVとかに加入してなくて日本のニュースが見られなくて、「今日本で大騒ぎだという『かくかくしかじか』のニュースについて、日本で具体的にどう報道されているのかイマイチよくわからない」という場合でも、これを利用すればお悩み解消・・・かもしれない。

というわけで、在英の友人・知人のみなさん、一度チェックしてみてください。

ちなみに、6日17時55分に気づいてテレビの電源を入れたところ、オリンピック開幕直前のトリノからの特派員レポート(特派員が街を歩き回ったレポート。背後でつけてるだけで見てないので詳細はわかりません)。

次(18時03分ごろ)は「札幌雪まつり開幕」。1分程度の短いニュース。

その次が「民主党“戦略会議”に密着 国会予算審議の舞台裏」。

という感じです。


「第2日本テレビ」では、とりあえず「岡本太郎第博覧会」のページはすごいです。コンテンツ(要入会・有料かな?)もすごそうですが、「店舗へ行く」をクリックしただけですごい世界にいってらっしゃいです。

あと「報道部掲示板」のページの「一日一小泉」(番記者さんの書いた読みやすいレポート)。登録しなくても読めます。2月1日の「国会のヤジ」はおもしろかった。
http://www.ntv.co.jp/dai2ntv/

タグ:メディア

※この記事は

2006年02月06日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 18:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑多に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















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