kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2003年09月26日

本日何度も読み返した一節。

[George Orwell, "Anti-Semitism in Britain", 1945 より]
On the Palestine issue, too, it was DE RIGUEUR among enlightened people to accept the Jewish case as proved and avoid examining the claims of the Arabs--a decision which might be correct on its own merits, but which was adopted primarily because the Jews were in trouble and it was felt that one must not criticise them.


ざくっと日本語にしてみると(辞書ひいてない=いいかげん):
パレスチナ問題についてもまた,ユダヤ人の言い分を正当として受け入れ,アラブ人の言い分を仔細に検討しないことが,教養ある人々の間ではファッショナブルなのである。これは本質的に正しいことかもしれないが,そもそもこれが受け入れられているのは,ユダヤ人は困難な状況にあるのだから,彼らを非難してはならないと感じられているためである。

オーウェルがこう書いてから58年。ナチス・ドイツによるホロコースト(ショアー)は現実にあったことだが,だからといってパレスチナが無視されていてよいわけではない。

そもそも英国は立場が微妙である。オスマン帝国支配下のパレスチナの地にユダヤ人国家のイスラエルを作ることを約束したのは英国で,同時にアラブ人にはオスマン(トルコ民族)からの独立を約束した。(このへんはアラビアのロレンスで知られる通り。)

ところが,オーウェルが書いているこの感覚は,どういうわけかグローバル・スタンダードみたいになっている。

「私たちはあんなに辛い目に遭ったのに,あなた方は味方してくれないのですか。」

「私たちを悪く言うんですね。あなたは敵の味方ですね。」

昨日だったか,北朝鮮代表の国連総会での発言がテレビで伝えられた。「私たちは日本によって100年にわたり植民地化され,蹂躙され続けた。日本によって苦しめられた朝鮮の人の数は何百万である。私たちが数人の日本人を拉致したからといって何だというのだ。」(←記憶に頼っています。)

問い:上の2例の相違点を述べよ。


暴力の連鎖1=「私は殴られて育ちました。とても辛かったです。だから私には他人を殴る権利があると思います。」

暴力の連鎖2=「ジャイアンのやつぅ,いつもボクのマンガ取るなんて許せない。ジャイアンがああいうことをしていいんだったら,ボクもしていいんだ。今度デキスギからマンガ取ってやる。」

今日読んだサイード追悼記事にあったエピソード。

テレビのトーク番組に出演したサイードは同じく出演していた人物から「サイード教授はイスラエルを非難している。その立場はテロリストであると言っても過言ではない」と暴言を浴びせられた。その発言後,番組の司会者はサイードを「テロリスト」呼ばわりした。

この異常性。やはり“自由と民主主義の国”にはついていけない。なぜならば,自由でも民主主義でもないものに“自由と民主主義”のレッテルを貼っただけのものを
“自由と民主主義”だと信じることが要求されるように思われるから。

この記事の一番上にリンクしてあるオーウェルの文章はとにかく必読。

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追記(トラックバック):11月18日
「飯田橋事務日記」さんのエントリ,「衝撃のリトアニア 1.ユダヤ人収容所にて」(2003年11月17日)

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転記前コメント:

Dignity, Solidarity and the Penal Colony
By EDWARD SAID
http://www.counterpunch.org/said09252003.html
投稿者:nofrills
at 2003 年 09 月 29 日 02:08:01

旗幟を鮮明にするのは、リスクと選んだ想い。あって欲しい世界を。
 
メディアがいいと言ってる方。それを支援する。
いい方、まるで水戸黄門の勧善懲悪のドラマ。
いいものとわるいものが決まっての。

あとは、会話をするには、ハイソサエティな会話をするには、
いいものの方について、その実態なんて関係ない。

なぜか権威主義。でも見えない姿。水戸黄門ではなくメディアだと。
たとえば、BBC。ここに喧嘩を持ち込むのが、俺。

見えない姿だと、権威主義を嫌う方の方々が逆に、むらがる。
言葉で言われるいいものの方を応援するのがいいことだと。
頭なでなで。

それが実態はどうか。そもそも実態というものが存在するのか。
実態という実体が。観測者のイメージ。観察者であるところの先に。色眼鏡。

俺のゲームは、ここを飛び地に使わしてもらって、攻略するのはここ。

関連スレ
  • ネオナチの台頭

  • ホームレスの問題に斬新な解決策を提唱している非営利団体



  • で、ま、実態を良く調べて公平に取り扱うだとかの、
    立派な裁定者になっていい子、いい子してもらいたい、
    頭をなでてもらいたいの甘えは、直接の粉砕はできないけど、
    そのギリギリの境界で。俺が求めるものには残酷さがつきまとうようだ。

    俺のゲームには必要でね。言葉にくるまれないオバサンが。

    ミャンマーだかビルマ。BBCに、たとえ関係なくても英国籍の旦那。
    それに対する感情。または、アフガンでの立派な裁定者ごっこ。
    侵略者とされる方でなく。ま、そこで、ごっこをしている意志(いし)には、
    身体があって、それなりの俺のような皮肉屋からは偽善者とは言わないが、
    ごっこ。と、見做される。

    でも、それは介入であり、一勢力への支援だから、ごっこの甘えでも、
    ま、それなりにすごいが。透明な裁定者ではあり得ない。

    関与するということに、己の《欲望》が。対象を、有限化する。
    《欲求》は、語れば、いいことをしていると、言葉にくるまれ。
    だが、求めていたのは《欲動》。

    かわいそうなひとに手を差し延べたい。その想い。
    その想いがないような残酷な女の子は興味の対象にならないけど、娘なら別だが、
    手を差し延べた瞬間から、差し延べたとこと、その外。
    差し延べたところと、まだ差し延べていないところの境界の発生。

    それと、差し延べた方と見做される集団。たとえば、差し延べようとした
    残酷な女の子と同じ国籍を持つものは、
  • BBCラジオで繰り返されるあるニュース。

  • の、売春と、国籍なり民族を抽象的な排除すべき外部と仕立て上げ、
    ま、国と国のレベルの情報戦で、残酷な女の子を、三国志あたりの調略、
    煽てて、非難することでいいもののグループに入ることで気持ちいいし、

    見えないと、実態が含む嫌悪部分がまったくない。嫌悪の対象とならない。
    イメージできないから、そっちの応援をする。他国の動きを封じるには、
    ま、古来の方法。奸臣を造るのはね。

    だが、行為は、たとえ呼びかけでも、呼びかけさえしない立ち居振る舞いでも、
    昔の武士に求められてた以上に繊細な振る舞いを求められてるのは、
    俺ではなく、オバサンになる残酷な女の子。

    行為は、身体を必要とする。そのとき、なんらかの行為をすることは、
    旗幟を鮮明にすることで、戦いの両者の一方に加担することは、
    または、驕り高ぶって、両者の透明な仲裁者になれるとでも思うものには、
    矢が飛んでくる。

    だが、それが、この残酷な女の子の旦那さんなり息子とは限らない。
    身体的特徴なり、身体がある場所としての住んでるところであり、パスポート覧の国籍名。
    で、分別された同集団と見做されたとこに、矢が飛んでくる。

    ならば、旗幟を鮮明にするということは、合戦の大将のようなもの。
    女がしゃべるということは、そういうこと。
    しゃべるのを封じるのではない。


    それでも、想いを示したい。そのとき、そのわずかな、残酷性を意識して貰えるとき、



    あとは、残酷な女の子同志が、可能な限り卑怯者であって欲しいと、旦那に息子に。
    だが、自分という女の子だけでなく、別の女の子。井戸端でペチャクチャするかも
    しれないオバサン同志という、街の女の子に戻るオバサン同志の互い。が、
    ま、旦那なり息子にリスクを取らしてでも。の、ときには、
    リスクがコストになって支払いをしたくない、
    ”慈恩公国の合従連衡−闇の旗保険”が、

    リスク減らしのノウハウを提供しよう。ま、実際にやるのは、俺より上のmanbow国あたりだが。

    俺というリスクに早めに近づいた方が、。ま、。まだ、なにを言ってるかわからんだろうが。
    これもレトリック。


    ここを使わして頂きました。なんで、貴殿にはおわかりでしょうが、
    それは俺の言葉ではなく、

  • 愛と経済のロゴス―カイエ・ソバージュ〈3〉 中沢 新一

  • http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062582600/qid=1064842550/sr=1-5/ref=sr_1_2_5/250-0787539-9169841
    これを読んでいただいて。オバサンとなるものにも。俺の説得じゃ無理なんで、北国の方々から。

    で、こっちは、nofrillsさんに読んでいただきたい。
    まだ説明省いてんで、わからんでしょうが、《欲望》・《欲求》・《欲動》。
    ここらあたりを地図にして明確に言及できるようになれば、平易な理解として、
    「たしなみ」の必要性が理解できるでしょう。貴殿にではなく、残酷な女の子に。

    で、理解ではなく、それを感じるとき、オバサンとしての残酷性。
    それでも、リスクを早めにとってきて欲しいと願う。その残酷性を感じるでしょう。
    自分以外の女の子にも、世界を与えたいから。そのとき、動くのは。リスクにさらされるのは。
    動いて、動くことによって、動かないことで、リスクにさらされるものを護るのが、

  • 人口減少社会のマーケティング―新市場を創る9つの消費行動 古田 隆彦

  • http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4820117599/qid=1064842472/sr=1-10/ref=sr_1_2_10/250-0787539-9169841


投稿者:zion-ad
at 2003 年 09 月 29 日 23:33:21

ここにもトラックバックです
ル ’ー’リ


投稿者:はなゆー
at 2003 年 12 月 27 日 15:07:50
http://ch.kitaguni.tv/u/1023/%bb%fe%bb%f6%a1%f5%bc%d2%b2%f1%cc%e4%c2%ea/0000033523.html

メルマガ「イスラエルニュース」より
日本のジャパンタイムズが水曜、第二次大戦中に日本が上海でユダヤ
人を抑留した経緯を報道。日本政府は同盟国のドイツの再三の要求に
もかかわらず、ユダヤ人虐殺は拒否した。
投稿者:はなゆー
at 2003 年 12 月 27 日 18:21:31

こんな記事を発見
「Israel recruited Dutch UN officers for espionage」

http://www.risq.org/article211.html
投稿者:はなゆー
at 2004 年 01 月 08 日 16:43:50

※この記事は

2003年09月26日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 22:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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