kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2003年09月21日

本題から外れた部分が読み応えのある記事。

MP disarms fire threat man
http://news.bbc.co.uk/1/hi/england/3125712.stm

記事の内容としては,「国会議員(MP)が乱入男を撃退」といった感じのことです。

「乱入男を撃退」の内容はさておき,記事が英語的にちょっと興味深いので。

まず,ちょっとしたことですが,disarmという語について。これはもちろん,dis「外す」arm「武器」で「武装解除する/させる」という意味。最近では「イラクのWMDを"disarm"しなければならない」などという形でよく出てきましたが,ほかにも,例えば「IRAが"disarm"することに合意した」などでよく見かけます。

armというと爆弾とか銃など,それ自体が殺傷を目的とするもののことが多いです。しかし,この記事に出てくる乱入男が手にしていたのはlighter fluid。つまり,それ自体が殺傷を目的とするものでなくても,殺傷を目的として用いられる場合には,armと呼び,それを取り除くことをdisarmと言う,ということのようです。

男は抗議の焼身自殺を図ろうとしたところ,議員に取り押さえられ,警察に連行されました。

ここで「ほえ〜」と思ったのが,the Mental Health Actなる法律の存在。web全体でググってみると,UKのサイトがずらーっと並びます。ちょっとびっくりしました。(google.comで「web全体」です。google.co.ukではありません。)どういう法律かは,http://www.bbc.co.uk/health/mental/your_rights.shtmlがわかりやすいようです。(まだ読んでいません。)どうやら1983年にできた法律のようです。英国の法律の中では極めて新しいものです。

ともあれ,男はこの,the Mental Health Actにより,病院に収容されたそうです。

出来事の顛末はここまで。記事はその後警察が議員に「危険過ぎる」と注意したなどということがちょこっと書かれ,最後に「過去に議員が襲撃された例」を挙げています。

それがまたヘヴィーなデザート。
In January 2000, local councillor Andrew Pennington was killed during a Samurai sword attack on Liberal Democrat MP for Cheltenham, Nigel Jones.


Samurai sword attackです。「サムライ・ソード」とは「日本刀」のことですが,本当に「日本刀」なのかどうかはわかりません。とりあえず,「東アジアの刀」であることは間違いないでしょう。

読めば読むほど,一筋縄ではいかない言語の壁を感じさせられる記事です。
タグ:暴力 英語

※この記事は

2003年09月21日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 02:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 英語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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