「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2012年01月04日

「メディア王」のソーシャル・メディア・デビュー

正月早々、いきなり椅子から落ちたのはこの記事。

Rupert Murdoch baffles internet with his eccentric debut on Twitter
By Cahal Milmo
Monday, 2 January 2012
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/world-news/rupert-murdoch-baffles-internet-with-his-eccentric-debut-on-twitter-16098030.html

この↑ベルテレ記事にもあるが、いきなり句読法がおかしいというか、ここにピリオドを打つ意味がわからない、という文章(下記)で、ルパート・マードックはTwitterデビューした。


このあとのツイートは句読法は別におかしくない。内容は「うちのグループ企業の新聞や映画はすごい」ということばかりで、実につまらない。この内容では当然、「ニセモノ」というか「パロディ・アカウント」ではないのかという疑問も出たが、結局、News Corpが「あれは間違いなくルパート・マードックのアカウントである」と認めたそうだ。



……で、これだけなら単にスルーしてたんだけど、この展開…… (^^;)

Wendi Deng Twitter account is fake says Murdoch's firm
3 January 2012 Last updated at 16:21 GMT
http://www.bbc.co.uk/news/technology-16397192

というわけで、ウェンディさん(英国でのインクワイアリで証言するルパート・マードックの顔にパイをぐしゃっとやろうとした男を撃退して有名になった夫人)のTwitterアカウントは、「ニセモノ」だそうです。上記BBC記事によると、一時、Twitter側が間違って「本人です」としていた(Verifiedのアイコンを与えていた)とのことだけど。

(確か息子=ジェイムズのアカウントもあったような気が……もちろん、パロディ・アカウントで)


で、AFP BBの記事の末尾にもあるのだけど、ジョン・プレスコット、ぱねぇ…… (^^;)
http://twitter.com/#!/johnprescott

アーカイヴした。
http://chirpstory.com/li/3694

※この記事は

2012年01月04日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 03:34 | TrackBack(0) | 雑多に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















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