kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2006年09月25日

ETA和平決裂ですかね?

"The fight is not a thing of the past. It is the present and the future."

After the announcement, the militants fired shots into the air and disappeared into the forest.

Basque militants refuse to disarm
Last Updated: Sunday, 24 September 2006, 22:59 GMT 23:59 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/5375834.stm

記事についている、3人の人物が横一列に並んで記者会見みたいな写真は資料写真だと思うが(キャプションに「3月に停戦を宣言」とあるし・・・ただしこの風体では、もし違った写真であっても、「違う写真」と認識することは難しい)、先週末のラリーでフードをかぶった(顔を隠した)ガンマン3人が、「バスク独立まで武器を捨てることはない」と宣言した。

ETAは今年3月に恒久的停戦を宣言している。その後あれこれ動きはあって、ETAと同様の武装闘争を展開してきた(北)アイルランドのIRAとつながりの深い政治組織であるシン・フェイン(<説明長くなっちゃうなあ)のジェリー・アダムズがスペイン/バスクに入って会議だか交渉だかに出席したりもしていたのだが・・・。

8月には「スペイン政府は約束を守らず、依然としてETAメンバーの逮捕を行なっている」などとして、ETA側から「和平は危機にある」との声明が出されていた。(政府側は「逮捕はしないという約束はしていない」と反論。ETAの活動範囲はギャング活動というかcriminal activitiesも含んでいるので、この辺はもっと詳しい記事を読んでみないことには何とも言えない。)
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/5262938.stm
In a statement to the Basque newspaper Gara, Eta threatened a response if Spain and France continued their "repressive" policy towards Eta.


BBC記事によると、今回のETAの宣言は、3月の停戦から6度目となるETAからのコミュニケで、BBC記者の話では、独立に向けた武装闘争を停止する構えはないという意思表示であるかもしれないが、スペイン政府と交渉を開始する前段階の戦略であるかもしれない、とのこと。

後者(ただの戦略)であれば「交渉にはよくあることだから」と考えておけばいいんだろうけれども。(最近も、北アイルランドのロイヤリストの組織、特にUDAで、それっぽい戦略がとられているような感じ。あんまり詳細は追っていないのだけど。)

停戦、というか「武装闘争」あるいは「テロ」の停止という現実的な機会は、左派政権のときでないと、というか右派政権では、難しい。いや、どんなに進捗が遅くとも、右派政権でない限りは、まだ和平への希望はある。(「彼ら」を「テロリスト」と呼ぶ右派の政権では、交渉の糸口すら存在しない。)

スペイン&バスクでのETAについての報道(英語メディア):
http://www.thinkspain.com/news-spain/11901
マスクをかぶった男たちが銀行のキャッシュポイントを襲撃。9月24日。

http://www.eitb24.com/portal/eitb24/noticia/en/politics/45-days-on-hunger-strike-eta-prisoner-de-juana-chaos-force-fed?itemId=B24_11196&cl=%2Feitb24%2Fpolitica&idioma=en
ハンスト45日目でIñaki de Juana Chaosに強制的に食べさせる裁判所決定。9月21日。

http://www.eitb24.com/portal/eitb24/noticia/en/politics/alderdi-eguna-2006-basque-president-ibarretxe-claims-steps-toward?itemId=B24_11751&cl=%2Feitb24%2Fpolitica&idioma=en
バスクの最大政党、Basque Nationalist Partyのファン・ホセ・イバレチェ(バスク自治州のトップ)の演説。9月24日。Ibarretxe criticized nationalist leftwing party Batasuna as it declared the peace process is blocked but it does not say a word about street violence". He also criticized Spanish Gobvernment as "one day it says the Government is going to respect what Basque society decides and next day self-determination right does not exist in Europe".

Google Newsの関連記事一覧のキャッシュ:
http://megalodon.jp/?url=http://news.google.co.uk/news%3fhl%3den%26ned%3duk%26ie%3dUTF-8%26ncl%3dhttp%3A%2F%2Fenglish.people.com.cn%2F200609%2F25%2Feng20060925_306118.html&date=20060924201307

Armed Basque group ETA says "it will keep on fighting"
09/24/2006
http://www.eitb24.com/portal/eitb24/noticia/en/politics/gudari-eguna-armed-basque-group-eta-says-ldquoit-will-keep-on-fig?itemId=B24_11675&cl=%2Feitb24%2Fpolitica&idioma=en
※eitb24.comはバスクのメディア(リンクしてあるのは英語版)

ETAについての記事:
http://b.hatena.ne.jp/nofrills/ETA/
タグ:paramilitary ETA

※この記事は

2006年09月25日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼