kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2006年09月24日

ウサマ・ビン・ラディン死亡説(「またか」と言わずにどうぞ)

どうも、少なくとも書類は本物のようなので一応書いておこう。

イラク政府がアンサール・アル=スンナのリーダー、Muntasir al-Jibouriの身柄を捕らえたという報道もあるのだが、それとは別に、ウサマ・ビン・ラディンが今年8月に死亡しているという某国諜報のメモが、某国の地方紙にリークされた。某国大統領が「リークに驚いた」とか「調査を」とか言っているので、少なくとも、書類は本物だろう。書類の中身がどうかはわからんが。

Probe into 'Bin Laden death' leak
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/5374160.stm

地方紙にリークされた9月21日付けの某国諜報のメモによると、ウサマ・ビン・ラディンは今年の8月に腸チフスで死亡。

このメモのことを報じた地方紙は次のように報じているという。

「通常信頼できる(=ガセネタのない)情報源によると、サウジの諜報はオサマ・ビン・ラディンが死亡していることを確信している。」

「サウジ諜報が集めた情報によると、オサマ・ビン・ラディンは2006年8月23日にパキスタン滞在中に非常に腸チフスに罹患、内臓が部分的に麻痺した。」

某国大統領は「諜報機関からの秘密のメモが後悔され、驚いている。防衛大臣に調査の開始を指示した」とコメント。

ということは、メモは本物ということだが、その内容については「まったく確認はされていないので、何もコメントすることはない」とのことなので、この情報そのものは、うーん、何なんでしょうね。

死亡説は何度も流れているから、うーんという感じなのですが(また狼が来たのか?という気分)、そのメモとやらが本物というのがね。しかも某国。

ワシントン(The Washington-based IntelCenter)ではネット上の通信ではそのような情報は確認されていないとしている。

・・・ネットだけじゃないしね。通信手段には電話とか手紙とかあるし。

と、もったいぶって「某国」とか書いてみましたが、何のことはない、フランスです。メモを報じたのはL'Est Republicainという日刊の地方紙だそうです。

これですな。
http://www.estrepublicain.fr/

記事はこれ:
http://www.estrepublicain.fr/zoom/2006092300222348.html

ひゃひゃひゃ。いきなり「もしこの情報が真実であれば、米中間選挙への影響は」とか書いてあるし。

Google Newsでの関連記事一覧(記事30件分だけは、一応魚拓っときました)では、ビンラディンの死が本当であるという扱いの記事は、ないですね。

SMH(AUS)では「パキスタン当局筋は、オサマ・ビン・ラディンが死んだとは考えていない」というようなことを報じています。

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追記:
「ビンラディンは8月に死んでいた、とする報道記事」(@「ね式(世界の読み方)ブログ」さん、23日)において、フランス語→日本語。メモを掲載した「レスト・レパブリカン」という新聞はロレーヌの新聞だそうです。

あと、「ついで」みたいに書くのはあまりにも心が痛むのだけれども、あんまり時間がないのでとりあえず----アフガニスタンは本当にめちゃくちゃになってきてます。英軍の内部からもいろいろ出てきているし。
http://b.hatena.ne.jp/nofrills/Afghanistan/

※この記事は

2006年09月24日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 03:21 | Comment(0) | TrackBack(1) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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ビンラディン死亡説
Excerpt: ...
Weblog: Red Passion
Tracked: 2006-09-24 08:23





【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼