kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2011年12月27日

北アイルランド紛争という「過去」への対処の「次の段階」(ヌーラ・オローンが発言した)

さっき、"「過去」への対処の「次の段階」" って書いたところなのさ……
http://nofrills.seesaa.net/article/242811996.html

そして今、ガーディアンを見てみたら!



"Call for single Troubles inqury body" とな!

そしてそれをクリックすると……

Nuala O'Loan calls for single body to investigate crimes of the Troubles
Henry McDonald
The Guardian, Wednesday 21 December 2011
http://www.guardian.co.uk/uk/2011/dec/26/northern-ireland-police-ombudsman1


ママン、21日の記事がなぜ、26日(現地)にトップページに来るの……。

21日は、「北アイルランド」のコーナーは確実に見ていたし(マセリーン英軍基地襲撃事件の裁判)、上記のは明らかに日付のミスなのだけど(ぐろーにあどさん!)、これ、決定的に大きい……。

In an interview with the Guardian, O'Loan said she was convinced that the police had deliberately destroyed evidence in "a lot" of killings involving the security forces. "That will inhibit the possibility of a full investigation."


See also: http://b.hatena.ne.jp/nofrills/EamesBradley/

「紛争」終結後の枠組みで、1999年から2007年まで、初代の警察オンブズマンとしてバリバリ仕事をしたヌーラ・オローンは、現在は上院議員。
http://en.wikipedia.org/wiki/Nuala_O%27Loan

二代目のオンブズマン、アル・ヒッチンソンが1月に退任すると明言しているが、警察オンブズマンという機構については、その後、どうなるか/どうするかという問題はある。同時に、ヌーラ・オローンが述べている "「過去」に対処するための機構" の問題もあり(今はPSNIの中で、HETという部署が「歴史的な historic」事件にあたっているが……)、キャメロン政権がNOと断言している「英国政府のインクワイアリ(無制限)」の問題もある。

(北アイルランド紛争については、英政府が当事者だった以上、英政府の策定した条件でのインクワイアリというのは、よくない。実際、北アイルランドではろくに証言も進められないことが今もある。)

そして、ガーディアン記事から引用した部分にある「警察による証拠隠滅」……もうこれはね、スティーヴィンスのときからで、そりゃもう。

ええ。

現段階、ヌーラ・オローンのインタビューだけなので、続報待つ。(これはベルテレと両輪作戦で来ると見た。)

※この記事は

2011年12月27日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼