「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2011年12月25日

「急に当選したので」(アイルランド共和国大統領)(クリスマス・メッセージとハヴェル追悼も)

このままほっとかれるときっとあたし、「今年いちばんのニュース? アイルランド大統領選!」と答えることになる。そのくらい、完璧。だってエピローグまでつくなんて!

Irish president Michael D Higgins admits being homesick after 'sudden' departure
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/republic-of-ireland/irish-president-michael-d-higgins-admits-being-homesick-after-sudden-departure-16093706.html
Irish president Michael D Higgins admitted last night he was homesick for Galway and found it tough to settle in to Aras an Uachtarain.

Mr Higgins said he left the City of the Tribes "suddenly" after the presidential election.

昨晩(行われたインタビューで)アイルランド共和国のマイケル・D・ヒギンズ大統領は、(拠点としてきた)ゴールウェイを離れてホームシックになっていると率直なところを述べ、(ダブリンの)大統領公邸はなかなか自分の家だという気がしないと述べた。ヒギンズ大統領は、大統領選挙の結果、「急に」ゴールウェイを離れたものですから、と語った。


これは、「急にボールが来たので」に匹敵する。

インタビューの詳細は下記などに。
http://www.thejournal.ie/michael-d-admits-hes-a-bit-homesick-in-the-aras-309867-Dec2011/

アイルランド共和国の大統領選挙がすごかったことは、既に書いている通り。

2011年10月27日 お笑いアイルランド大統領選、本日投票
http://nofrills.seesaa.net/article/232273693.html
……その後の世論調査では労働党のベテランと、『マネーの虎』の対決、という様相を呈してきた。選挙戦が進むにつれて、『マネーの虎』は支持を伸ばし、労働党のベテランを追い抜いて、世論調査ではトップに躍り出るまでになった。

しかし、最後の最後にIRAがシン・フェインがぶっぱなしたRPGは一撃は、この『虎』を粉砕したのである……!


2011年10月29日 アイルランド大統領選、結果
http://nofrills.seesaa.net/article/232632975.html


てなわけで、選挙戦終盤になって、マーティン・マクギネス(シン・フェイン、写真右)が、当選確実視されていた『マネーの虎』ことショーン・ギャラハー(元フィオナ・フォイル、写真左)のスキャンダルを突然暴いたので、選挙戦では第二位につけていた「労働党のベテラン」ことマイケル・D・ヒギンズ(写真真ん中)が当選した、という顛末で、当方、お茶ふきっぱなし。

でもマイケル・Dはとても立派な人で、就任式のスピーチもとても感動的で、いつもは言葉はイマイチなエンダ・ケニー首相のとてもよくて……詳細下記。

2011年11月11日 アイルランド大統領就任式
http://nofrills.seesaa.net/article/234744682.html

※でも、今年のスピーチでは、ピーター・ロビンソンのDUP党大会のあれが一番、すごかった。本当に、見事でした。
http://nofrills.seesaa.net/article/237255820.html

ともあれ、大統領のクリスマス・メッセージは大統領のサイトに上がっている。
http://www.president.ie/

が、これがバッファリングが頻繁すぎて全然聞けないので、RTE(国営放送)のYTのクリップで。



スクリプトが見つからないのだけど(部分的なものならあるのだが)、非常に聞き取りやすいので大丈夫だろう。現在、アイルランドはfree stateからrepublicになって以来、おそらく最も深刻な危機にある。その「危機」を真正面からとらえ、マイケル・Dらしく射程の深い、なおかつ手堅くまとまったスピーチだ。

で、アイルランド大統領府のサイトはパーマリンクとかがかなりぐだぐだなのだが(やっぱり米国や英国の行政府のサイトの作り方は、ものすごくきれいだと思う。欧州ではこのくらいにぐだぐだでも、特に例外的ではない……何年か前の調べ物での感想)、現状、トップページに、故ヴァーツラフ・ハヴェルへの追悼の辞が出ている。これがまた、同じ時代を生きた「文人」同士、「人権蹂躙への抵抗」の活動を続けていた同志同士……。

Statement from Áras an Uachtaráin, on the death of Vaclav Havel

President Michael D. Higgins said, "It is with deep sadness that I have heard of the death of Vaclav Havel, the former President of the Czech Republic.

I was in correspondence with him in recent weeks but I also have the warmest memories of his visit to Ireland during my time as Minister for Arts, Culture and the Gaeltacht and the great appreciation there was for his contributions, at the Irish Writers' Centre, on the responsibility of the intellectual in politics.

Through the inspiration of Vaclav's words, the courage of his dissidence and the integrity of his leadership, Czechoslovakia successfully transitioned from an authoritarian state to a free democracy at the heart of Europe.

He also ensured that the later separation of the Czech Republic and Slovakia was achieved peacefully and without compromising democratic values.

Even after he stepped down as President, the moral influence of Vaclav's life and words continued to inspire those around the world who struggle for the protection of human rights, care for the maintenance of democratic values and the indispensability of human dignity.

However, his later reflections on the role of the artist and intellectual in the public world are among the best of what has been written in the search for a moral connection between politics, economic and social life.

While realising the necessity and promise of a Europe at peace he also expressed his anxiety at a project that might descend to a bureaucracy that betrayed its promise and the vision of its founders.

His loyalty to those with whom he shared a love of theatre continued to the end and reveals the importance he attached to the values of a friendship that was based on a shared interest in the spirituality of the arts.

On my own behalf and behalf of the Irish people, I extend sincere condolences to President Klaus and to the Czech people"

Ar dheis Dé go raibh a anam.

最後のアイルランド語のフレーズは、「故人のたましいが主のおそばにありますよう」の意味。
http://wiki.answers.com/Q/Meaning_of_ar_dheis_de_go_raibh_a_anam_uasal

なお、ハヴェルの国葬には、アイルランドからはメアリ・ロビンソン元大統領が行っていたようだ(写真に写っていた。この写真集の2枚目、一番右)。

ハヴェル追悼では、アイルランド関係ないけど、これもとてもよい文章だ。
http://www.independent.co.uk/news/world/europe/farewell-vaclav-we-need-you-more-than-ever-6280752.html
コメント欄にtrollが湧いているのも、まあ、何というか。

※この記事は

2011年12月25日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















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