kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2003年08月22日

パンクしたメールボックス解約中。

さようなら,3年以上使ってきたメールアドレス。
解約するほかはないと決意を固めてからは楽です。

SoBigの影響で機能しなくなったメールアカウントは,昨晩遅く,業者さんの専用フォームから解約を願い出ました。まだ解約が成立していないので,メールボックスは生きています。朝10時(日本時間)から連打開始されました。現在までに19通受信。この状態,3日目……でもいいもーん。もう解約間近だもーん。と思うと気分的に楽。

解約フォームに記入するまでに,そのメールアドレスを使って登録してあった各種サービス(メールマガジンとかメーリングリストとか)の登録アドレスを変更し,自分のサイトの「連絡先」の部分を書き換え,所要2時間ちょっとかな?今晩は自分のサイトのあちこちの修正の予定。

連打を監視してパソコンに貼りついているよりは生産的。だけど時間,労力,精神的疲れなど,かなりの負担。

MSBlastは感染に気付きやすいので早く終息したようですが,SoBigは従来型のメールで感染するタイプで,本人が感染に気付かないこともある。その証拠に,私に連打をかませ続けているシンガポールのパソコンのユーザさんは,3日間放置。その間に,少なくとも3回は電源を落としている。つまり,この3日間,一切気付かないで普通に使い続けている。

気付いて。あなたのプライバシー(どういうアドレスをマシンの中に持っているか)も3日間垂れ流しです。

ついでに,初日から連絡を入れているシンガポールのISP(問題のIPを管理しているところ)からはナシノツブテです。

なお,「差出人」として詐称されていたアカウントから「あなたのメール(←言うまでもなく,私が差出人と詐称されたウィルスメール)が受け取れません」という不達メールがいくつか来ました。ということは,この連打の影響でアカウントを閉鎖した人がほかにもいる。同志よ。(←違う。)

タグ:ウイルス

※この記事は

2003年08月22日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 10:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑多に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼