kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2006年09月17日

「もうブランドは要らない」@自分探し

Brand bonfire for 'label addict'
Last Updated: Sunday, 17 September 2006, 09:27 GMT 10:27 UK
http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/5353202.stm

「ブランド大好き」を自認するニール・ブアマンさんという男性が、日曜日の午後7時に、ロンドンのフィンズベリー・スクエア(イズリントンとシティの境目にある:写真)で自分の所持するブランドのついたものをすべて燃やす。消費者の間に「より責任ある態度」を生み出させたいと考えてのこと。

BBCのサイトには、カルバン・クラインのTシャツを着て、ポール・スミスとかシャネルとかの紙袋の上に寝転がったブアマンさんの写真がある。ブランド物のサングラスとかも周囲に置かれている。

ま、シャツとか紙袋とかを町中で燃やすというのは、やりたいんなら安全に気をつけてやればいいんじゃないのかなあと思う。

しかしびっくりしたのが・・・

"There's hundreds of pieces of clothing. There's my TV, there's my DVD player. I've got loads of cleaning stuff.

「衣類が何百点もあるし、テレビもDVDプレイヤーもある。片付けるものは山とある。」

テレビとかDVDプレイヤーとかは、どう控え目に見積もっても、燃えないゴミです。無理やり燃やすと有毒です。

と思ったら、
"As much as I would like to thrown my old TV on the fire I'm going to do something less satisfying by putting a sledgehammer through it."

「テレビも炎の中に放り込みたいのだけど、(それはできないから)金槌でめちゃくちゃに叩き壊す。燃やすほうが楽しいんだけど。」

ああ、よかった。(^^;)

ブアマンさんは8月の終わりにBBCに記事を書いている。

Bonfire of the brands
Last Updated: Tuesday, 29 August 2006, 10:26 GMT 11:26 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/magazine/5292860.stm

あたりを見ればロゴとか広告のネオンとかばかり。小さなころから「人から好かれ、のけ者にされず、かっこよくある」ためにはブランドが必要なのだと教えられてきて、自分自身もブランドがないと生きられないという生活だった。例えばポロシャツの胸のワンポイントがワニ(ラコステ)か馬と人(ポロ)かは、自分の社会ではものすごく大事なことだった。そういう中で、あえてそれらを排除するとどうなるか、それをこれからやっていく---という文章だ。文中には「広告」なるものについての考察もある。

ブアマンさんは、自分の所有しているブランド品を全部燃やしたあとは、ノーブランド品だけで生活をしていく。2007年にはその体験を綴った本を出版することを予定している。

"To find real happiness, to find the real me, I must get rid of it all and start again, a brand-free life, if that is indeed possible."

「本当の幸せを見つけるためには、本当の自分を見つけるためには、もし本当に可能であれば、あれらすべてを捨てて、まったく新しい人生を始めなければならない。」


日本人として、ブアマンさんに伝えたいことがある。まず、英国ではおそらく最初から「ブランド」であったであろうMUJIは、発祥の地日本では「無印良品」といい、そもそもは西友というスーパーのオリジナル商品、つまり企業のブランドではない商品で、「わけあって安い」というキャッチコピーだったこと(TESCOのValueとの違いは、無印の「わけあって」は漂白された小麦粉は使わないなどの健康志向と合致していたことか)、そしてその「無印良品」でさえも、「無印」であることそのものがブランド化されていったこと。もうひとつは、京都のあるお寺に、消費主義に疲れた欧米の人たち(日本人もいるのかも)が本気で修行しているところがあるというから(テレビで見た)、それも検討されてはいかがか、ということ。

本気で「ブランド」から脱却しようとしたらどうなるのか、ちょっと野次馬的に興味があるので、ブアマンさんの記事がまた出たらチェックします。

女性では最大の問題は化粧品だと思うけど(ブランド品でないものがほとんどない)、男性でも髭剃り用品とかは、ブランドでないものは買うこと自体が困難だろうなあ。。。

なお、ブアマンさんがブランド品を燃やすことについては「もったいない」という意見がいくつも、8月の記事に寄せられています。下記はそのひとつ。ほかにも「燃やすなんて、ブランドそのものより『私を見て』って感じ」とかいうちょっとひねったコメントもあります。
One small point, instead of burning his unwanted branded goods perhaps Neil Boorman could give them to a charity or recycle them instead. Burning them is such a waste and bad for the climate. Perhaps it might support Neil's plan if his Gucci or Nike was recycled into something unbranded or was given to someone who just needs shoes/clothes of any type, branded or not.

どうでもいいことかもしれないが、不要になったブランド品を燃やすのではなくて、チャリティに寄付するとかリサイクルするとかすればいいのに。燃やすなんてもったいないし、環境に悪い。今持ってるグッチとかナイキとかをノーブランドのものにするとか、ブランド品であろうとそうでなかろうと靴とか服を必要としている人にあげるとかいうふうにすれば、ニールの計画にもいいんじゃないかなあと思う。


なお、この記事は何かおもしろいことになるんじゃないかと期待して、文中のキーワード広告をONにしておきます。。。と思ったら「スクエア」で反応されても。(^^:)
タグ:ブランド

※この記事は

2006年09月17日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 20:13 | Comment(1) | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ははは・・・何が出てくるかと「ポロシャツ」の広告を見てみたら、「UKブランドで決めるほにゃららスタイル」というバナーが。(^^;)
Posted by nofrills at 2006年09月17日 20:38

この記事へのトラックバック





【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼