「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2011年12月02日

エジプトと日本語、そして『広場よ』の多言語化プロジェクト #egyjp

Twitterのハッシュタグ、#egyjpは、「日本語話者のためのエジプトに関する情報」の共有を目的として、タハリール広場でのデモが始まって数日後、最初の「ひどい暴力」があった翌日の1月29日に、Twitterの日本語ユーザーの間で提唱され、決められた

このタグを使うと想定される「日本語話者」は「日本人」や「日本語を母語・第一言語とする者」に限らない――頭ではわかっててもなかなか実感を伴うことは難しいが、実際に、日本語を外国語として学んだ何人かが、エジプトから日本語で書き込んでくれている。1日の午後に書き込まれた下記のメッセージも、そういった「日本語は外国語」という人のものだ。



ツイートにあるURLをクリックすると、Lang-8のasuma0さんのページに飛ぶ。11月の後半に、またひどい暴力事態となったことについて、asuma0さんは次のように説明している。
また混乱した状態に戻ったことが、最初にすっごく悲しかったことで、がっかりしましたが、少しあってよかったと思います。なぜかというと、せっかく今年の 1月の革命が起こったのに、エジプトの中でよくなったことが少なくて、それで、皆の納得を得なかったわけです。そして、革命の後、発足した政府にまだ汚い人がいたようで、エジプトの安定を妨げてたみたいです。

そして、YouTubeのプレイヤーを埋め込んで、ある曲を紹介している。「アラブの打楽器と弦楽器の音」が響く、哀愁あるメロディが記憶に残る曲だ。
その歌のタイトルは「ثورة غضب」で、ローマ字で書くと「サワレト・ガーダブ」になり、日本語に訳すと「怒りの革命」になります。作ったのは「ワサト・アルバラド」というバンドです。

曲は、Lang-8のasuma0さんのページから、日本語訳を見ながらどうぞ。Lang-8のアカウント持ってる人はぜひコメントを。(私は持ってなくて残念……。)

さて、実はこのasuma0さんのツイートの前に、@WilYaWil さんからこんな連絡をもらっていた。


@WilYaWil さんはアラビア語母語の英語話者だが、日本語話者ではなく、私のことは#egyjpではなく英語圏で知っていたのだろうと思う。ともあれ、私はこのリンクをクリックして、彼が多言語化したがっているこの曲が既に@abu7ananさんによってアラビア語から直接日本語にされて紹介されている曲だと確認し、その旨連絡した。

@abu7ananさんのブログ:
http://abu7anan.blog.so-net.ne.jp/2011-12-01
11月29日付、アミール・イード名義でYoutubeに投稿されたカイロキーの新曲ビデオは、11月後半に始まった一連のデモへの支持を表明している。ウード奏者のアーイダ・アイユービーをゲストに迎えたこの曲は、「自由の声」とはうって変わってオリエンタルなムードをただよわせている。

「広場よ、久しぶりだな」と、タハリール広場を擬人化し、古い友人と再会したかのように語りかけている。この「久しぶり」と訳した表現、直訳すれば「お前は長いことどこにいたんだ」という疑問文である。僕もカイロ留学中に、ちょっと会わないでいた知人と久しぶりに会うと、よくこのフレーズで話しかけられていたものだ。どこにいたも何も、ずっとカイロにいたわけだけど、これが友と再会した時のおきまりのフレーズなのだと知った。

この@abu7anan さんの翻訳が、@WilYaWil さんの『広場よ』の多言語化プロジェクトのページ(7日間で20の言語に翻訳したい、というプロジェクト)で、YouTubeのプロモ映像に字幕としてつけられている。
http://www.universalsubtitles.org/ja/videos/c27paD8jFpNt/


この曲を作り演奏しているカイロキーのギター&ヴォーカルの彼が2月にやったプロジェクト、『自由の声』は:

詳細は@abu7ananさんの当時のブログで。
http://abu7anan.blog.so-net.ne.jp/2011-02-14




なお、今回のカイロキーの『広場よ』の字幕作成と表示に利用されているのが、Universal Subtitlesだ。資金はモジラ・ファウンデーションがメインで、マッカーサー・ファウンデーション、OSIが補助的に出しているという。

ここが最初に立ち上げられたときに、「みんな、字幕つけに来て〜」というアルジャジーラ英語版の人の呼びかけを見て、1件、非常に短いのの字幕をつけたことがあるが(シリアでの暴力の隠し撮り映像だった)、多言語化に最適化されたインターフェースで、とても使いやすい(操作の簡単な)サイトである。世界各地の手の空いた翻訳者がちょこちょこ立ち寄ってはチェックしているようだし、非常に楽しみなサイトだ。

日本でも、発信したいニュースが多くある人は多かろう。とりあえず英語(か、あるいはアラビア語のような話者の多い言語)にさえできていれば、Wilさんのように、ここを利用してクラウドな感じで多言語化できるんじゃないだろうか。

日本語→アラビア語なら、#egyjp タグに来てくれてるエジプト人のみなさん(上に挙げたasuma0さんのほか、@Haidy_Wさんなど)にお願いできそうな気がするし……。

なお、先日、コルニーシェで治安当局に捕まって連行され、ひどい目にあわされた@MagButterさんも、#egyjpは使っていないが、日本語学習者だ(2度くらい、短い挨拶を、日本語でやり取りしたことがある)。

※この記事は

2011年12月02日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 07:00 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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