「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

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2003年09月29日

政界ドラマ。

チャンネル4(民放)のドラマ,The Dealの評。
けなし系=BBC:
http://news.bbc.co.uk/1/hi/entertainment/reviews/3142846.stm
誉める系=Guardian:
http://media.guardian.co.uk/broadcast/comment/0,7493,1049142,00.html

日曜日に放送されたこのドラマ(単発),The Dealは,脚本ピーター・モーガンと監督スティーヴン・フリアーズの作品。主人公2人は労働党の政治家2名……トニー・ブレアとゴードン・ブラウン,現在の首相と財務相。

つまり,現役政治家の実名ドラマである。

タイトルのThe Dealというのは,ブレアが労働党党首になったときにブレアとブラウンの間で交わされたと言われる密約のこと。

党首(ジョン・スミス←作為を感じるくらいに平凡な名前だが本名)の急死をうけ,労働党を率いることになったのは,若々しくフレンドリーでフレッシュでフランクなトニー・ブレア。40代でハンサムで,若い頃はロック・ミュージシャンで,わけのわからん政治家言葉を使わず庶民っぽさもある上品な英語ではきはきと喋り,法廷弁護士の妻の方が国会議員の私より稼ぎがよいと笑ったブレアは,党首となったばかりのころは「バンビ(かわいこちゃん,あるいはひよっこ)」呼ばわりされたが,やがてジョン・メイジャー首相(保守党)の「灰色」「退屈」を吹き飛ばした。

が,スミス党首の急逝の際,党首就任が有力視されていたのは,むしろゴードン・ブラウンだったらしい。しかし,ばりばり仕事をするタイプのブラウンは,ルックスとキャッチフレーズと歯切れの良さでブレアより分が悪かった。

94年,イズリントンのレストランでブレアはブラウンと会食し,まずはブレアが党首をつとめ,その次の選挙で労働党が勝利したらブラウンが党首に,という密約を交わした……とされている。(実際にその密約があったとしても,実現されていない。)

日本でも先日「田中角栄ドラマ,主演にビートたけし」という記事を見たような気がするけれど,今この時期にブレアのドラマというのは,ロッキード事件の最中に,田中角栄が首相になるまでをドラマ化,のようなことだ。

さらにおもしろいことに,Guardianに評を書いているのは,保守党のマイケル・ポーティロと,ブレアのスピンドクターだったティム・アラン。保守党議員が,チャンネル4でオンエアの労働党政治家を扱ったストーリーをガーディアンで評し,そして,まさにその当時に労働党のブレーンだった人物が,実名ドラマを評する。保守党議員には保守党議員としての見方と読者(有権者)へのアピールの仕方があるし(面白く読んでるといつのまにか保守党の話になっている),元ブレーンはさらっと批評文を書きつつ,何が本当にあったことかを教えてくれている。(しかし,それとても「情報操作」であるかもしれない。)

ポーティロ議員はそのセクシュアリティが取り沙汰されることも多い。そこまで個人的なことなどどうでもよいが,アーヴィン・ウェルシュの小説でフーリガンのヤクの売人が毒づく「トーリーのホモ野郎」(←小説の中でこのような口汚い言い方がされていた)はこの人のことかもしれない。ヘイグが退陣し,ダンカン=スミスが党首に決まる前は,ポーティロの名前も保守党党首候補として上がっていたように記憶している。(勘違いかも。)

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転記前URL:
http://ch.kitaguni.tv/u/917/todays_news_from_uk/0000020595.html

転記前コメント:
ポーティロ
natです。

>ポーティロの名前も保守党党首候補として上がっていたように記憶している。(勘違いかも。)

確か、上がってました。あんまり信用出来ないように思えたんで、ならないといいなーなんて思ってましたが、IDSも同じようなもんですね。。。(IDS=イアンダンカンスミス。この言い方好きです。笑えます)

ブレマーのショーで、IDSとシカゴ(ミュージカル)を掛けて、Mrセロフェンをやった時は爆笑しました。
投稿者: ゲスト at 2003 年 09 月 30 日 08:05:53

あれからポーティロのことちょっと見てみたら(検索してみただけ),「口から生まれた」だの「スペイン人」だの,さんざんですね。

私もIDSという呼び方はかなり好きです。ところでIDSの蝋人形はマダムタッソーにできたのかなあ?(党首になった後も,「地味過ぎるtoo boring」として人形にしてもらえなかった。)
投稿者: nofrills at 2003 年 10 月 04 日 00:07:17

※この記事は

2003年09月29日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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