kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2006年09月07日

Daily Ireland発行停止。

Daily Ireland to cease printing
Last Updated: Thursday, 7 September 2006, 11:46 GMT 12:46 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/5323782.stm

ベルファスト拠点でアイルランド島全体で発行されている新聞、Daily Irelandが、印刷された新聞としての短い歴史(発刊が2005年1月)を、今週金曜日に閉じる。

公式サイト:
http://www.dailyireland.com/

wikipedia:
http://en.wikipedia.org/wiki/Daily_Ireland



BBCの記事で社長が
Mr O Muilleoir said the "British government's refusal to allow Daily Ireland to tender for advertisements was a major factor in its collapse".

とコメントしているのだけれど、これがわかりづらい。

Wikipediaから引用すると
In May 2005 the management of the paper denied media reports that Daily Ireland was experiencing poor circulation and was about to lay off many of its staff. This was confirmed by the paper on 14 May 2005 when it claimed that poor advertising revenue was being caused by the decision of the British government not to place advertisements in it (as it is obliged to do with papers that have reached a certain circulation), and that 30 jobs were in danger as a result. Government policy at the time was not to advertise in publications for which audited circulation figures were not available and as a new publication, these figures were yet to be published for the Daily Ireland.

というわけで、太字にした部分をご参照ください。要約すれば、「英国政府は発行部数が一定に達した新聞には広告を出さなければならないが、DIに対しては英国政府はそれをしないことに決定したため、広告が取れなかった」というのがDIの主張。政府側としては監査を受けた部数がわからないものには広告は出さないということで、DIは発刊後まもないからそれが出せないと。でも結局出されてないのかな、この記述からは微妙ですが。

Wikipediaの記載によると、全アイルランドの他紙が10万を超えている一方で、DIの発行部数は10000ちょっと。北アイルランドがメインのライバル紙は50000ほどで、やっぱり部数が少ない。

でもこの新聞の場合、それだけじゃないんだけどね、どう考えても。というか、なぜ読者数が伸びなかったのかを考慮しないと。(つまり、この新聞のクローズは、最近話題になることが多い「新聞が終わる日」のようなもののひとつとして考えることができるものかどうか、という点ですが。)

発刊してすぐ、この新聞についてアイルランド共和国(南)の司法大臣が「IRAとのつながり」を指摘。それはすぐに裁判沙汰になったのだけれど、そのときの記事:
http://www.guardian.co.uk/Northern_Ireland/Story/0,2763,1419863,00.html
The Daily Ireland launched this month with a £3m budget provided by its parent company and a mix of Irish and American investors. It failed to win government backing after public funding body Invest Northern Ireland turned down its funding application. The attempt to secure government funding met resistance from rival newspaper publishers and unionist politicians, although Mr O'Muilleoir recently said the Daily Ireland was still seeking public money.

つまり、発刊時から公的な金銭的補助が受けられていなかったし、ライバル紙とユニオニストの政治家もがんばった。

また、アイルランド共和国の司法大臣の発言のあと、「IRA? とんでもねぇ」ということで、ロイヤリストのパラミリタリー(UVFだったような気がするのですが、UDAかも)がデイリー・アイルランドの編集スタッフを標的に脅迫などをするようにもなっていた。

ま、この新聞がシン・フェインとつながっていることは事実で(それは明らかにされている)、だからこそ立ち上げ時に厳しいことになったのだけれど、2005年初めといえば、まだIRAの活動停止宣言(2005年6月)も武器の破棄(同7月)もなかった。というか、それをめぐって細かい方法論のところで大もめにもめていた。それどころか、2004年12月に「英国史上最大(当時)」の現金強奪事件(ベルファストのノーザンバンク)が発生し、IRAの犯行だと見なされていた。(ところであの事件ってどうなったんだっけ?)

ということです。

発刊時の「妨害」(<あえてDI側の言い方で)と読者数が増えなかったことの相関はわからないけれども。

スラオさんの記事のコメント欄では(コメント投稿者同士のごたごたは素通り)、DIがいかにおもしろくない新聞だったかということや、「独占スクープ」とうたっている記事が実はそうではなかったということや、知ってる限りではシン・フェインな人でも買ってる人はいなかったということが書かれているけれども、しばしばスラオさんに紹介されているDIの記事を読む限りでは興味深いものだった。というか、非常に「機関紙」っぽいものを感じたりするのだけど。

要は、機関紙がそのまんまで全国紙になろうとして失敗したってことかもね。機関紙なら機関紙でいいじゃん、と思うのだけど、それじゃ財政的にやっていけないから全国紙になろうとしたのかな。。。

いずれにしても、たぶん、Out of the ashes ..., arose ...ってことになってくんじゃないかというのが何となくの予感。

■リンク:
Daily Irelandの編集長の個人ブログ
http://www.apublishersblog.blogspot.com/

■追記:
スラオさんのところのコメント欄で、who buys a newspaper to read government advertisements? というお約束のツッコミが。こういうのがないとね、やっぱり。(笑)

※この記事は

2006年09月07日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 23:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼