祝「観客賞」受賞!
http://2011.tiff-jp.net/ja/tiff/awards.html
29日の昼間に行われた記者会見のUstreamの録画(28分):
http://www.ustream.tv/recorded/18177700
会場からの質問の「枝葉」の部分に含まれていた「永続的であるかのようにさえ見えるパレスチナとイスラエルの間の争い」という一節に、壇上の彼女は敏感に、またきっぱりと反応してみせた。「あれは、永続的なものではありません」
楽しく、美しく、軽やかな、寓話であり御伽噺でありフィクションであり、同時に極めてリアリスティックな1本の映画の上映が終わり、壇上の監督と出演者が、オーディエンスとの質疑応答をしていたときのことだ。壇上の彼女は、スクリーンの中では「入植者のイリーナ」だった。
映画は『ガザを飛ぶブタ』。英語のタイトル "When Pigs Have Wings", フランス語のタイトル "Le Cochon de Gaza" をあわせてちょうど良い塩梅にカットした邦題のこの映画は、今年の東京国際映画祭のコンペティション部門の最後の1本として上映された。土曜日の夜9時スタートの上映、会場となった東京・六本木の映画館(600席はある大きなスクリーン)はほぼ満員だった。
http://2011.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=27
配給決まってくれるといいんだけどな……自分がもう1度見たいし、見てない人には見てほしい。単に、とてもいい映画だった。
映画の舞台はガザ地区。そして、この映画の「ガザ地区」には「ユダヤ人入植地」がある。少し前――2005年までの現実だ。この入植地とその撤収の詳細についてはパックス・ジャパニカーナさんのサイト、背景などは下記、パレスチナ情報センターさん、土井敏邦さんのサイトなどに詳しい。
http://palestine-heiwa.org/feature/gaza_disengagement/#description
http://www.doi-toshikuni.net/j/column/200512a.html
映画の主人公は50代と思われるジャファール。1人乗りの粗末な漁船で海に出る漁師だが、まともに漁業ができるほど遠くにいくことはできず、ごく稀にかかる大物のほかは、とれるのは雑魚ばかりで、稼ぎは少ない。
ガザの海は、イスラエルに支配され、監視されている。2010年5月の「ガザ支援船団」へのイスラエル軍特殊部隊の突入が、考えられうる限り最もグロテスクな形で示した通りだ。暫く前には、英ガーディアンの記者(エルサレム特派員)がガザの漁船に体験乗船したときに、イスラエル軍に脅されるという経験をし、それを可能な限り逐一Twitterでリアルタイムで伝えていた。(今見たら、7月19日のことだ。)
http://chirpstory.com/li/2029
ジャファールは、粗末な/質素な家に、妻のファティマとふたりで暮らしている。子供はいない。しかし、もしこの夫婦に子供がいたらこのくらいの年頃だろうという男子が2人、この家にいる。正確には、この家の屋上にいる。占領者、イスラエル軍の兵士たちだ。
トイレを借りるよと階下に降りてきた兵士の1人は、兵役を終えたら恋人と一緒に、故郷の「テルアビブ」でカフェを開くんだと、目を輝かせ、ファティマに語る。(イスラエルは徴兵制だ。)ファティマの見ている外国(ブラジル)のテレビドラマ(「昼ドラ」的なベタなメロドラマ)は、絶対に目と目を見交わすことのない占領者と被占領者の会話のきっかけを提供し、「たとえ話」として自分たちの状況を語ることを可能にする。男の横暴と無遠慮、女の怒りと涙、支配する側、支配される側……。(演歌かよ。)
2005年まではガザ地区で普通に見られたであろうようなこの光景、それはきっと今、西岸地区で実際にあるに違いない。そのように、本気で思わせる「強さ」があって、それは決して「脳内花畑」由来ではなく、表から見える「現実」の、一歩内面に踏み込んだ「現実」をファーストハンドで見てきた人たちの作品だからだろう。
そう思って、私は映画に没入しながら、昼間読んでいた記事を思い出す。アイルランド大統領選挙で落選した「最もリベラル」な候補者であるノリスの「元カレ」を、アイルランドの新聞が取材した記事だ。この「元カレ」はイスラエル建国後にイラクから来たユダヤ人の夫婦の息子(2005年にアラブ映画祭で見たドキュメンタリー映画、『忘却のバグダッド』を私は思い出す)。共産党員で、ゲイであることを公にしていて、人権活動家として「パレスチナ問題」に取り組んでいる。……その話は今は本題ではない。詳細は下記URLで。
http://www.irishtimes.com/newspaper/weekend/2011/1029/1224306692417.html
映画で「うだつの上がらないおっさん」というか貧乏漁師のジャファールを演じている俳優のサッソン・ガーベイも、「東方」からのユダヤ人(イラク生まれ)だ。2007年の東京国際映画祭グランプリ、『迷子の警察音楽隊』でも主演(私は当時見損ねたまま、いまだに未見、くやしい)。
http://www.imdb.com/name/nm0299924/
『ガザを飛ぶ豚』では、とにかく、顔を見てるだけで笑えるという役柄だが(顔面の表情筋がすごいのだと思う)、その「役者の顔を見ているだけで面白い」時間帯がこの映画には何箇所かあり、そのひとつが、「商売」がうまくいったので喜色満面でおんぼろ自転車に乗って帰ってくるシーン。帰りの電車(混んでた!)の中で、ハロウィン・パーティの仮装をした大学生くらいの人たちに囲まれていながらも思い出したシーン。なんかものすごく「映画を見てる」という満足感のあるシーンだった。
上映後のティーチ・インで最初の会場からの質問が(ものすごいシネフィルの方とお見受けするが)「この作品はチャップリンへのオマージュではないかと感じられたが」というものだったが(そして監督、この話題で一晩でも語っていそうだったが)、感触としてはほんとに似ていたかもしれない。難しいことを考える前に、深刻な事態を素直に見つめ、共有する映画。
そのために「笑い」が果たす役割は大きい、ということを監督は語っていた。また、この映画の着想として、アラブ世界(イスラム教)でもイスラエル(ユダヤ教)でも忌み嫌われている「豚」という動物を、「共通項」としてみる、というのが発端だったことも。
上映中、会場はほぼ常に誰かがくすくす笑っていて、大笑いの箇所では会場全体がどかんどかんと沸いていた。ティーチ・インで「入植者のイリーナ」を演じたミリアム・テカイアが述べていたが、監督の母国であるフランスではこの映画はすでにロードショー公開されていて、会場ごとにその場所の特性(インテリが多い地域、アラブ人が多い地域、アラビア語・ヘブライ語の細かなニュアンスもわかる人々の多い地域、などなど)に応じて、笑いのツボが異なっているのだそうだ。それによってキャストの彼女も、毎回新たな発見をするのだ、と。
ヘブライ語もアラビア語もほぼまったく通じず、日本語字幕を頼りにこの映画を見た東京のオーディエンスの反応は、監督と「イリーナ」に何をどう伝えただろう。
映画の中では、英語が「イスラエル」でも「パレスチナ」でもない、第三者の中立の言語として機能していた。貧乏漁師のジャファールも、ロシア系移民の親についてきた入植者のイリーナも、ジャファールの妻のファティマも、イスラエルの治安当局の人々(兵士、警官)も、入植地の村長も、「他者」と会話するときに英語を使っていた。(その「他者の言語」を常に使うのが国連機関である。)
映画館を出てTwitterの画面を見ると、ガザ地区から、またイスラエルから、英語でのメッセージが流れていく。
ミリアム・テカイアは質疑で、「個人的にはイスラエルによる入植活動はまったく支持できないものだったので」と、この映画らしい映画の根底にある「政治的なもの」のことを語っていた。彼女はその入植者の役を演じるために、知ろうとし、理解しようとした。「鼓動までが彼女になるように」とミリアムは言っていた。そこに到達するまで……アラブ人の彼女が(チュニジアの方だそうだ)。
映画のメッセージはまさにそういうことだった。それはキャストのインタビューなどを介さずともわかる。映画の中で、1人の兵士によって明確に言語化されているからだ。
あー、もう1回見たいなあ。。。シルヴァン・エスティバル監督(フランス人ジャーナリストで、拠点はウルグアイ)は「ジューイッシュでもムスリムでもない自分が、こういう映画を作る資格があるのかどうかで悩んだ」と語っていたが、そういうところからも見てみたい。「部外者」であることの利点と限界。
あ、あと会場から質問出てたんだけど、ポスターにある「壁に書かれたアラビア語とヘブライ語の文字」は映画の題名。これが「意味ありげ」に見えるのは、その言語を知らないから。
監督が一番好きなシーンは「ドレス」だそうです(相当悩んでからの回答)。根っからの英語話者なら「あの場面であの人物は、初めて自分に誇りを持てたのだ」というだろうな、というような説明でした。(監督は一般論や事務的な話は英語で、思想・芸術面の話はフランス語で回答。)
あと、個人的には、自爆攻撃を仕掛けまくり「殉教者を称える」というプロパガンダを流している武装組織(のボス)が、某組織(のボス……「ではない」と本人は否定しているが)にしか見えなかったり。。。その組織でチャラい若いのをおどかすときに「トンネル掘りの仕事をしたいか?」と言っていた(「シベリアで針葉樹の数を数えたいか?」的に)のもふいた。
それから、ガムテープで何とかなってるらしいカラシニコフとか、年季のはいりまくった自転車(監督の話では、3000ユーロもしたのだとか、大道具さんががんばってくれたのだとか!……自転車好きの方にツボる話だったのかも)、ファティマのオリーヴの木(ちょっと「鍵」を思い出した)……ああ、やっぱりもう一度見たい。映画全体の中での「英語」の使われ方が興味深い映画だけど、日本語字幕で(←ここ重要)見たい。
ちなみにブタはシャーロットちゃん。男役だけど本当は女の子。
で、「ベトナムのブタ」というのは何だろうと思っていたら、これだったのね。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Cochon_vietnamien
↓左サイドバーのEnglishをクリックすると
http://en.wikipedia.org/wiki/Pot-bellied_pig
※日本語のウィキペディアには項目ありません。
【ウェブ検索から】
東京国際映画祭*ガザを飛ぶブタ ティーチイン (24日のミリアムの話【→映画祭公式サイト】の要旨)
http://blogs.yahoo.co.jp/cartouche_ak/61154630.html
制作はベルギー・ドイツ・フランス、舞台はパレスチナ自治区のガザですが、
撮影は地中海のマルタでされたそうです。
そして彼女が語ったのは
今回の出演者は
イスラエル人が4人 ガード、小さい男の子、サッソン
パレスチナ人 ヘアードレッサー
そのほかリビア人、エジプト人・・とさまざま
色々な人種が混ざって撮られたのでたまに緊張が走る瞬間もあったということ。
イスラエル人が出てる作品にパレスチナ人が出るなんてとんでもない
っていう人もいたし、サッソンは逆。
彼にはキャリアがあるのでこれはリスキーだったかもしれません。
でも撮影現場ではそんな人種間のことは越えて進められたそうです……
フランスでご覧になった方の評、若干ネタバレ
http://allerenfrance.blog9.fc2.com/blog-entry-531.html
……ここまでコメディだとは思ってませんでした。
【映画祭公式】
人種の問題を乗り越えて――10/24(月) コンペティション『ガザを飛ぶブタ』:Q&A
http://2011.tiff-jp.net/news/ja/?p=2925
チュニジアの「デモクラシー」のTシャツ! しかしこの人、おきれい……。
【追記:30日夜】
若干ネタバレだけど、Go back to where you come from! という同じ言葉が、立場を変えて使われるとき、というのが、この映画のファンタジーの背景にあるものを濃密に表しているなあ、とあとから反芻している状況。
東京国際映画祭は30日に閉幕、『ガザを飛ぶブタ』は、上映時に観客に配られるアンケート用紙の集計で決定される「観客賞」を受賞した。これでロードショー決定!となってくれてるといいんだけど。
http://2011.tiff-jp.net/news/ja/?p=5639
エスティバル監督は、「遠い場所が舞台なのに、皆さんに受け入れてもらえたのが嬉しい。それはきっと、この作品普遍的なテーマを扱っているからだと思います」と感謝の意を述べました。
この監督さん、長編劇映画はこれが一作目とのこと。
29日の記者会見の映像(Ustream)、多くが「映画」に関しての質問ですが(最初の質問は爆笑。気になるよね、そこ)、8分くらいのところから始まる「監督がジャーナリストであることと、この映画がジューイッシュとイスラムの2つの側面を描いていること、またチュニジア人であるミリアムさんがユダヤ人女性を演じたこと」についての質問のあとは、背景的な部分についてかなり踏み込んだ質問が続いています。
http://www.ustream.tv/recorded/18177700
あと、キャスティングが「イスラエル人がパレスチナ人を演じ、アラブ人がユダヤ人を演じるという『逆転』の試み」である点について、上記の記者会見でたっぷり語られています。
これは北アイルランドの作品でもときどきあることで、最もhigh profileな例がFive Minutes in Heavenでのリーアム・ニーソン(実際は北アイルランドのカトリック、役はプロテスタント過激派武装勢力メンバー)とジェイムズ・ネズビット(実際は北アイルランドのプロテスタント、役はカトリック)。ネズビットは『ブラディ・サンデー』では自身のバックグラウンドに非常に近い役(プロテスタントで北アイルランドを南から分離したロイヤリストの家系)で、そのことについてもインタビューで語っていた。
また、ひとりだけパリっとした身なり(アメリカでも通用するような、わっかりやすいコメディの図式)をした「武装組織のボス」の俳優さんも、アラブ人ではないのだそうで、この映画、ベタベタのコメディでありながら、ものすごく野心的だ。24日のミリアムの発言から:
ユダヤ人とアラブ人がお互いを演じるということは、面白いことであると同時に、個人的な挑戦でもありました。監督から「きみ、ユダヤ人の役やってもらうよ」と言われたときには、本当に驚きました。俳優の人種と役の人種を交換させることによって、苦労したこともあります。ジハーディスト(聖戦士)のチーフであった青い目の彼は、非常に有名なイスラエルの俳優なのですが、「やはりパレスチナ人の役はやりたくない」と渋りだしたことがあります。私が「ジハーディストは黒い髭のアラブ人というイメージが強くあるので、あなたに演じてもらうことによって、そのステレオタイプを打ち破ってほしいのです。」と説得し、最終的には彼にも 「これはゲームだな」と受け取っていただくことができました。
http://2011.tiff-jp.net/news/ja/?p=2925
それと、これは今思い出してさくっと検索したのだけど、劇中で一瞬出てきた「国連決議」は下記の中にある。ロードショー公開される場合、必ずパンフレットで説明してほしいところ(そういう小ネタがたくさんあって、私でさえいくつも気づいたのだから、中東に詳しい人はもっと気づいただろうし、現地の言葉がわかる人はもっとたくさん気付いただろう)。
http://en.wikipedia.org/wiki/List_of_United_Nations_Security_Council_Resolutions_201_to_300
トレイラー(フランス語字幕)
Time Out TokyoのJames Hadfieldさんのレビュー:
http://www.timeout.jp/en/tokyo/feature/5132/When-Pigs-Have-Wings
いいレビュー。ただ、クリス・モリスのFour Lionsが引き合いに出されているが、『ガザを飛ぶブタ』の笑いは、質的にブリティッシュの「そこで笑ったあんた、人として最低だ。オレは大爆笑したが!」的な黒い笑いとは違うと思う。つまり、ブリティッシュの笑いがダメな方も『ガザを飛ぶブタ』は素直に楽しめるはずです。
※この記事は
2011年10月30日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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