「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

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2011年10月28日

アイルランド大統領選挙の開票が進んでいる。

アイルランド大統領選挙の開票が進んでいる。

アイルランドの「笑える写真ニュース」系のサイト、Broadsheet.ieなどで開票作業の写真が紹介されている。
http://www.broadsheet.ie/2011/10/28/people-counting-latest/

今回、大統領選挙と同時に、2件の憲法改定の国民投票(議会権限拡大と、判事の給与の変更に関するもの……普通に国会での法改正・新法策定では扱いきれない部分の変更のようだ)が行われ、また、今年亡くなったブライアン・レニハン前財務大臣の議席(ダブリン・ウエスト選挙区)の補欠選挙も同時で、投票用紙が3種類(ダブリン・ウエストは4種類)あるそうだ。写真を見ると、それだけの投票用紙が全部ひとつの投票箱に投じられるようで、「よかったな、北アイルランドじゃなくて」としか言えない。(^^;)

※北アイルランドの場合:


投票用紙はこちらに写真がある。
http://www.broadsheet.ie/2011/10/28/so/

用紙の一番上が「投票方法の説明」で、アイルランド語と英語。続いてアルファベット順に候補者のリストで、候補者名(名字、フルネーム、住所)と顔写真が印刷されていて、一番右に有権者が書き込むようになっている。

アイルランドの選挙はpreferential votingで、自分が選びたい順番に番号をふっていくことになる。だから、例えばこの投票をした人は、ヒギンズが最も好ましいと考えており、その次がデイヴィス、次がミッチェル、以下ノリス、スカロン、ギャラハー、マクギネスと投票している。一方でこの投票をした人は、ヒギンズ以外は好ましいと考えていない。

土壇場で、各種世論調査で最有力候補とされてきたショーン・ギャラハーがIRAのRPGシン・フェインの一撃で撃沈された今回の選挙、日本時間で土曜日の午前中には結果がわかっているだろう。(通常、この投票方式の選挙では何度か集計作業が行われるのだが、今回は1度数えれば結論が出るだろうという観測だ。)

投票率は50%くらいだそうで、今年2月の総選挙の70%からものすごい大幅下落。

大統領の任期は7年で、前回の大統領選挙は2004年だったがこれは無投票だったので(候補者が現職1人だけ)、実際に投票が行われるのは1997年以来だ。1997年。北アイルランド和平前!

その激動の時期を大統領としてつとめあげたメアリ・マカリースについての「まとめ」的な記事が、BBCに出ている。女性で、ベルファスト出身(彼女の家族は、北アイルランド紛争の初期に、「プロテスタント」の襲撃を受けて自宅を追われ、最終的に南に移住した)のマカリースは、良くも悪くも、「北アイルランド和平」と「ケルトの虎と呼ばれたバブル景気」の時代のシンボルのひとりだ。(特に、アイルランド共和国を敵視していた北アイルランドのユニオニストの態度の変化に、彼女とその夫が個人的に果たした役割は、かなり大きい。清廉潔白とはいかないかもしれないが……。)
http://www.bbc.co.uk/news/world-europe-15471325

一方、もうほぼ確実にマカリースのあとの大統領になると思われるヒギンズは、マカリースの前の大統領、メアリ・ロビンソン(今はEldersの1人として、デズモンド・ツツ、ジミー・カーターらとともに活動している)とまっすぐつながってるような人だ。

マイケル(ミホール)・D・ヒギンズ。1941年、リムリックに生まれた彼は、家庭環境がやや難しかったため、5歳の時にクレア州の親戚の家に預けられる。学校の成績がよかったようで進学コースに乗り、ゴールウェイのユニヴァーシティ・コレッジに進み(親族で初めて大学に進んだ)、その後米国とイングランドの大学で学ぶ。専門は政治学(政治思想)・社会学で、政界入りする前は大学で教鞭をとっていた。60年代に労働党に入り、何度か立候補して落選した後、1981年に上院に当選。
http://en.wikipedia.org/wiki/Michael_D._Higgins
http://www.michaeldhiggins.ie/about/

アイルランド共和国はフィオナ・フォイル(FF: エイモン・デヴァレラ創設の政党)と、フィナ・ゲール(FG)の保守二大政党がずっとメインで、労働党は脇役であるが、特に90年代以降は重要な役割を果たしてきた。アイルランド共和国で初の女性大統領となったメアリ・ロビンソン(在1990〜97)は労働党の人だ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Labour_Party_%28Ireland%29

ヒギンズがこれまでどのような活動をしてきたかは、選挙用ビデオにまとめられている。私が知っているアイルランドの「リベラル」な活動のすべてに関わっている人だということを改めて知ったが、それ以外にも、ニカラグアなど中南米の人権問題についての活動でも知られているそうだ(ノーム・チョムスキーと重なる)。


下記のようなパロディ画像が早速作られるほど小柄な人だが、スピーチは非常に力強い。(声量、口調といった点でも、構成の点でも。)


※パロディですが、実際に非常に小柄な人。下記の一番右。マーティン・マクギネスがかなりの長身なんですが(あんまり大きく見えないけど、ジェリー・アダムズと同じくらいの背の高さで、アダムズは190センチらしい)。



※この記事は

2011年10月28日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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