いろいろとおもしろかったアイルランド共和国大統領選挙も、今日(木曜日)の投票でおしまいだ。
まず、「シン・フェインがマーティン・マクギネスを候補に立てる」というとんでもないアクロバットで幕を開け、続いて立候補が確実視されていたのに元カレのスキャンダルと有罪判決で失脚した「宗教保守の国の法体系に同性愛者の権利を導入したゲイの政治家」が、さんざんやきもきさせたあとにようやく必要な人数の推薦人を集めて出馬決定、そのほか、歌手、スペシャル・オリンピックス運動の人、労働党のベテラン(見た目が「大学の先生」)だとか、あちら版『マネーの虎』(Dragon's Den) の審査員として知られる実業家(無所属だが、ついこの間までFF)、与党FGのMEPといった面々、合計で7人が立候補した。(多すぎ。)そして候補が出揃った段階での最初の模擬投票では盛大なお茶ふき……。
その後はいろいろ細かい展開がありつつ、基調は「マーティン・マクギネスなんか大統領にしちゃダメだ」というメディアのキャンペーン。しかしMMcとシン・フェインはハンパじゃなくつおいので(北アイルランドを甘く見ちゃだめです)全然へこたれないどころか、ますますつおくなる。最初の模擬投票での「MMcがトップ」という結果を見てようやく「ちょっと真面目にやらないとまずいwww」と気づいた有権者たちは、いろいろと真面目に検討したのだろう、その後の世論調査では労働党のベテランと、『マネーの虎』の対決、という様相を呈してきた。選挙戦が進むにつれて、『マネーの虎』は支持を伸ばし、労働党のベテランを追い抜いて、世論調査ではトップに躍り出るまでになった。
しかし、最後の最後に
それが起きたのは、24日(月)の夜だった。午後9時40分から、RTE(NHKに相当)で7人の候補全員によるテレビ討論会が行われた。
http://www.rte.ie/news/2011/1024/president_tracker.html
ベテラン司会者が各人を紹介し、「私が大統領になったら」をそれぞれの候補が短く述べる。それからが討論の本番だ。
上に述べたように、世論調査では『マネーの虎』が一番人気だ。この成功した実業家は、この前の選挙まで与党だったFF(アイルランドのバブルを起こし、バブル崩壊での大混乱を引き起こし、銀行を救うかわりにアイルランドがIMFとEUの支援を得なければならない状態に追い込んだ「責任者」)の党員だったが、大統領選挙前に離党し、無所属として立候補している。(日本の「無党派層狙い、政党色を薄める」というのと非常によく似ている。)
投票前最後の討論では、まず、その彼についての質問が中心となった。
2149 The panel is asked what they think of the possibility that the electorate will put a former Fianna Fáil member Gallagher into office, eight months after FF was ejected from government.
候補者たちは、FFが政権から追い落とされて8ヵ月後に、元FF党員であるギャラハー(=『マネーの虎』)が当選する可能性があるが、どう思うかという質問を受けた。
http://www.rte.ie/news/2011/1024/president_tracker.html
この辺までは全然穏当である。『虎』以外のそれぞれが「いかがなものかと思います」といった基調で、自分を印象付けるため、言葉を工夫して回答する。
風向きが「あれ?」となるのは、ここだ。
2152 Norris says Gallagher paid himself over €800,000 from one of his companies. Norris says the election of Gallagher would prove that the Irish people "have not learned very much".
2154 McGuinness says there was something "very rotten at the heart of the last administration" and Gallagher was "up to his neck in it".
http://www.rte.ie/news/2011/1024/president_tracker.html
この鋭い批判の弁舌自体は、別に驚くようなものでもない。問題は、「その根拠は?」ということだ。それが……今思えばこの瞬間だろう、Twitterの私のタイムラインには、アイルランドからうめき声というかため息というか、そういうものが流れてきた。「ぐだぐだ、溶けた meltdown」という表現も届いてきた。
2159 Gallagher says he has met Pat Kenny as many times as he has met Brian Cowen. He says he was at about two Cairde Fáil dinners. McGuinness cautions Gallagher about what he is saying and that a man told him that Gallagher took a cheque for €5,000 for Fianna Fáil. He says Gallagher is in "deep, deep trouble".
要するに、大統領として当選しそうな人物には、カネをめぐる疑惑がある、と。それを投票前最後のテレビ討論会でぶちまけた、と。
このときの状況は、 http://b.hatena.ne.jp/nofrills/20111026 にブクマしてあるベルファスト・テレグラフの記事に埋め込まれている映像などを参照のほど。その瞬間、マーティン・マクギネスは、獲物を見つけた猛禽類の目をしている。
これについて、マーティン・マクギネスは「知らない人からの電話」云々と、また楽しいことを言っている。いわく、「RTEの公開討論の前に電話である男性とお話ししましたが、どなたなのかも存じませんし。ただギャラハー氏に対して相当怒っておられたのでお話はうかがおうと」という感じ。
McGuinness 'doesn't know' man at centre of claim
Last Updated: Tuesday, October 25, 2011, 07:31
http://www.irishtimes.com/newspaper/breaking/2011/1025/breaking6.html

※若い頃のマーティンさん。
かくして、ギャラハーのウィキペディアのページには、corruptの一語が付け加えられた。。。
しかしこれ、シン・フェインの攻撃がすごいのは、それが捨て身だからなのね。それがどう捨て身なのかというと……ふふふ、下記でid:neroryさんが教えてくれてるリンクを見てね。
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.rte.ie/news/2011/1025/president.html
まさかムバラク退陣とかバーレーンの真珠広場の公民権運動とかと同じタイミングで、よりによってデイリー・メイルがこんな報道をしていたとは、今の今まで知りませんでしたよっ!
選挙特集はアイリッシュ・タイムズが充実(この新聞は論説がいい):
http://www.irishtimes.com/indepth/vote2011/
アイリッシュ・タイムズによるTwitterのリスト(候補者たち):
https://twitter.com/#!/the_irish_times/lists/the-race-for-the-%C3%A1ras
そして、2期の任期をつとめあげ、退任するメアリ・マカリースへの賛辞@アイリッシュ・エグザミナー:
http://www.irishexaminer.com/opinion/editorial/president-mcaleese--she-proved-office-is-not-just-symbolic-171733.html
なお、アイルランドの大統領は「国家元首 head of state」だけれども、政治的な権限は特に持たない。
http://en.wikipedia.org/wiki/President_of_Ireland
ギャラハーに対するマクギネスの攻撃について、BBC NIのデヴェンポートのブログ:
偶然なんだけど、右のカラムの写真が……IRAじゃなくてタリバンだけどね…… (^^;)
※この記事は
2011年10月27日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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