kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2006年09月03日

ガーディアンの言語的大冒険〜ブルガリアとルーマニアのEU加盟をめぐって

今月下旬に欧州委員会でブルガリアとルーマニアの2007年1月1日の加盟の是非が決定される。それを前に、英国(EU加盟国)ではそっち系の人たちが「問題だ、問題だ」と呪文を唱えてるっぽい。

そっち系が呪文を唱えるのはいつものことだから「伝統芸」と思って見てればいいのかもしれないけれど、今回は政府まで同じ呪文をもっと具体的な形で唱えているからしょーもない。英国政府は、ブルガリアとルーマニアがEUに加盟しても英国のワーパミ(労働許可証)は簡単には出さん、と毅然とした姿勢を示しているのだ。

Blair set to tighten up work permits
September 01 2006
http://www.theherald.co.uk/politics/69254.html

EU域内は人の移動は自由なんだけれども、英国はシェンゲン協定にも渋い顔をしていて(なのでシェンゲン協定は見切り発車みたく、英国がうなずくのを待たずにスタートした・・・んだったよね、確か)、しかも2001/09/11絡みや2005/07/07絡みで「あんまり自由に移動できるのもどうか」という方向にシフトしてきているので、2005年の総選挙で「移民制限はレイシストではない」というキャッチフレーズを出した保守党でなくても、移民を制限する方向に寄ってきている。(いや、英国がイミグレきっついのは昔っからなんですけど、私が把握している限りにおいては、「外国人がヤミで単純労働を請け負うと英国人がますます失業するようになる」という警戒感があったからだよね・・・サッチャー政権、メイジャー政権の「失業率15パーセントは当たり前」の不況期に。)

だけどここで問題なのは、「新しいヨーロッパ、いいね、ブルガリアとルーマニア、歓迎」という姿勢で両国の加盟をプッシュしてきた英国が、ここに来て、「ワーパミは厳しくしておくんでよろしく」になってるということだ。ユーロにも加盟してないくせに生意気だ、英国は。

そういうのが「市井からの声」として言われる分には、まあ構わないんじゃないかと思う。しかし首相がそういうふうになっているわけで、しかもブレアは労働党の首相だ。そのうちに保守党のぼんぼん党首(キャメロン)が「移民歓迎」とか言い出すんではないかと思うほど(<まずありえませんが)のシフトっぷり。アメリカの共和党と民主党みたいに、常にサイドチェンジしつつ、どんな手段を講じてでも「国益」はがっつり守り拡大するという方向に、英国もなっていくのかもしれない。

ともあれ、某タブロイドSあたりではネガティヴ・キャンペーン真っ盛りで某極右政党支持者界隈でも挨拶代わりに「ルーマニアDISっとく?」ってな状態(a flood of cheap workersとかね)なわけで、となれば左派メディアも対抗する。というわけでガーディアン記事。

なお、これはガーディアン流の皮肉だと思うけど、記事のタイトルがすごい。
Move to Britain? They're all drunks and psychos
(英国に引っ越すの? あの人たちみんな酔っ払いでサイコだよ)

記事を読んでいただければわかると思うが、これは非常に恣意的なタイトルである。They're all「あの人たちみんな」が皮肉であることはわかるが(これは非常に幼稚な物言いであるが、某タブロイドSなどではしょっちゅう採用されている)、あまりにやりすぎのような気もする。

でもこのタイトルをこの記事にくっつけたガーディアンには、「読ませてやる」魂が感じられるんだな。「ブルガリア人から見れば英国はダブルスタンダード」とかではあんまり読む気にならない人でも、「英国人はみんな酔っ払いでサイコ」と書かれてたら一応読む気になるだろう。英国人でもないのに私もこれで読む気になった。(笑)

なお、「酔っ払い」のほうは一応根拠はわかるが、「サイコ」のほうはブリテンではなく北アイルランドでの経験がベースになっているので、根拠もわからないし何のことを言っているのかもわからない。北アイルランドのことを「英国では」として一般化するのは無理があるんだが(こういった一般化の危険性については、『反社会学講座』さんの「イギリス貴族はみんなホモ」説検証を参照)、それをあえてしているのだから、このガーディアンは確信犯だろう。

でもこれは、「ブルガリア人は我々のことを『酔っ払い』だの『サイコ』だのと言っている。そんな連中を我々の国で働かせる義理はない」というふうに進んでいく危険を冒しているという点では、非常に危なっかしい言説である。(BNPの一般の支持者あたりが、検証するためにであっても、ガーディアンを読むとは思えないからね。)

Move to Britain? They're all drunks and psychos
Luke Harding in Sofia
Saturday September 2, 2006
http://www.guardian.co.uk/immigration/story/0,,1863395,00.html
【概要】

ブルガリア、ソフィアの英国大使館前。介護ヘルパー(care assistant)のロザリーナさん(37歳)はもっとよい生活をしたいのだと語る。もうたくさんだ、と。

だが、彼女はブルガリアでの生活に不満で英国に移住しようというのではない。彼女はこの3年、スウォンジー(Swansea)に居住し、仕事をしてきた。そして英国に辟易としたので、ブルガリアに戻ってこようというのだ。「もうたくさん。イギリスは私にはどうも。」身辺を整理するために数ヶ月英国に戻るが、その後はブルガリアで新生活を始めるのだとロザリンドさんは言う。

「イギリスは外国人差別がひどいですよね。政府が一般の人たちに対して、イギリスに住んでいる外国人は英国人にとって危険であると言って聞かせているように見えます。理由はわかりませんけれど。」

浴びるように飲みまくる英国の文化も彼女は好きではなかったし、10代の娘が学校でいじめられているということも問題だった。「いい方たちもいるんですが、金曜や土曜の夜になるとみんな酔っ払って、16歳や17歳で妊娠する女の子も多いし、教育について言えば全体的レベルは低いし。」

昨日、英国大使館でヴィザの更新の手続きをしていたブルガリア人は50人ほど。ロザリンドさんはそのひとりだ。

今週、the Sunの1面に、ソフィアの英国大使館の建物を「包囲する」ブルガリア人の長蛇の列の写真を掲載された。1月1日にブルガリアはルーマニアとともにEUに加盟。英国で働くつもりのルーマニア人が長蛇の列、とthe Sunは非明示的に述べている。

しかし昨日並んでいた人たちのほとんどは、休暇で英国旅行をしようという人たちだった。あるいはすでに英国に居住していて、ヴィザを更新しようという人たちだ。しかしこの勇ましいタブロイド(=the Sun)によるブルガリア人とルーマニア人に対するキャンペーンには効果があったようだ。

水曜(8月30日)、閣外大臣らが示唆したところによると、政府はこれから導入する労働許可制度において、労働者が不足している技能を持っていることを証明することを必須化するという。英国政府はEU拡大を最も熱心に支持し、ブルガリア、ルーマニア両国の労働者に英国の労働市場を開くと約束していた。しかし恥ずかしいことにも、今では180度方向転換してしまったようである。

英国政府の方針転換でブルガリア政府(社会党主導の連立政権)は激怒している。コルダノヴァ外務副大臣は「まったく話になりません。失望しました」と述べている。英内務省は、来年6万から14万のブルガリア人とルーマニア人が英国に移住する可能性が高いとしているが、コルダノヴァ副大臣は英内務省の予測には異を唱えている。ブルガリア政府の予測では、国外に出て行く人の総数は1万から1万5千だろうというのだ。

2月に行なわれたギャラップ世論調査によると、ブルガリアを去りたいと考えているブルガリア人の数は7パーセントにまで落ちている。この7パーセントの人々が行き先として希望しているのは米国、スペイン、ギリシア、イタリアとドイツであり、英国を挙げたのはわずか0.2〜0.4パーセントにすぎない。

そしてここで、英国の労働市場への流入を制限しようという決定はブルガリアとは関係なく、英国の内政の話なのではないかという疑念が出てきた。

1989年の共産主義崩壊以来、ブルガリアは順調に発展を遂げてきた。失業率は9パーセント未満で、EU平均を少し超えている程度であり、ドイツの失業率よりも低い。首都ソフィアは山や針葉樹森に囲まれた美しい都市だが、そこらじゅうで建設作業が行なわれている。そしてトラクターよりもBMWの方が目立つ。

ブルガリアの若い才能のほとんどはもう国を出てしまっている、とブルガリア人たちは指摘する。この16年の間で、150万人が国外に職を求めて出て行ってしまっている。そのほとんどが北米に行っている。ブルガリアの人口は900万から760万に縮小している。しかし現在ではその傾向は弱まりつつある。

ソフィア大学に通うロスティスラフさん(20歳)は「ここにいたいですね。自分の国ですから」と語る。同じく学生のイリーナさん(24歳)は「昨年の夏にベルファストで5ヶ月働いたのですが、正直なところ、ベルファストで出会った人のほとんどがサイコさんでしたね。」(訳者注:「サイコさん」は原語では psychos・・・この人が行った先がベルファストだからほんと何とも言えない。)

先週、カルフィン外務大臣は、今後新たに英国に移住する人々があれば、それは英国にとってよりもブルガリアにとって問題となるだろうと発言している。しかしブルガリアにも移住者の波が押し寄せているのだ----英国から。黒海沿岸地域や山岳のスキーリゾートに英国の年金受給者が購入したフラットの数は、数千の単位にのぼる。妻のシャーリーさん(63歳)を伴って休暇でブルガリアを訪れているボブさん(68歳)は、ソフィアのホテルで朝食をとりながら、「ここに家を買おうかと考えていましてね。数件の不動産業者を回ったのですが、価格もほどほどのようですし」と述べている。

ブルガリア在住の英国人の数は、過去1年で倍増した(2005年にレジデントの資格を与えられたのは1152人)。ブルガリアは欧州全体で最も不動産価格が安く、家族で引っ越してきた英国人がここで新生活を始めている。子供たちはブルガリアの学校に通わせ、ぼろぼろに痛んだ農家を改装し、あるいは道楽半分で有機農業を始めていたりする。ブルガリア政府の人々は、丁寧な言い方をしつつ、ブルガリア人が英国に移住する権利を制限することは英国のダブルスタンダードになるということを述べている。

しかし同時に、英国での賃金がブルガリアでの賃金よりもずっと高いということも確かだ。ブルガリアでの平均月給は200ユーロ(135ポンド)。年金生活者は1ヶ月25ユーロでやっていかねばならない。GDPの伸び率7から10パーセントとブルガリアはまだまだ発展しているにも関わらず、ほかのEU諸国にはまだまだ追いつけていない。

この9月27日に、欧州委員会はブルガリアとルーマニアのEU加盟について決定することになっている。1月1日に加盟するか、あるいは裁判や人権の点での基準すべてを満たしていない場合は加盟を遅らせるかがここで決まる。ソフィアを訪問しているEUのレーン拡大担当委員は昨日、ブルガリアは組織犯罪対策をもっと強化すべきだと発言しているが、EU当局者は、ブルガリアにおけるギャングの殺人の件数は、ロンドンよりもずっと少ないということは認めている。また、コルダノヴァ外務副大臣は、英国で投獄されているブルガリア人はわずか9名だということも指摘している。

さて、大使館に戻ろう。ロザリーナさんは英国を出てブルガリアに戻ることについては、この先も後悔しないだろうと言う。「あそこでは自分らしくいられないので。」


最後のほうに「ロンドンでのギャングの殺人」が出てきますが、全国紙の記事にならないような事件はけっこうよくあります。組織としては、イーストエンドのコックニーのギャングもあるし、ジャマイカ系のギャングもあるし、ルーマニア系もその他もあります。詳しくは知らないけど。

※この記事は

2006年09月03日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 08:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

この記事へのトラックバック





【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼