kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2006年09月01日

ゲイリー・オールドマンの短編フィルム。

Donut by Gary Oldman
http://www.nokia.com/nseries/index.html#vid=7804932
※要flashで、かなり重いです。
※うまく再生されないかもしれないけれど、一応:


ゲイリー・オールドマン作品@ノキアの「モバイル・ビデオの新構想であるNokia Nseries Studio」なのだが、ゲイリー・オールドマン作品だというだけでNil By Mouthのようなものを期待してはならない。この短編は、数時間続いたらウォーホルのEmpireとかSleepとかになりそうな勢いだ。音楽はTor。上に貼り付けたのは、映像ページのBlog thisのボタンから。

個人的な感想:映像も音も、あまりにも“「アンビエント」というもの”という固定観念そのものなので、その点はちょっとびっくりした。

ビデオのページの監督名のところをクリックすると、プロフィールとともにインタビュー映像へのリンクが現れる。たぶんロンドンの街頭で撮影されているインタビュー映像のなかのゲイリー・オールドマンは、[ei]音が[ai]音になるロンドン労働者階級訛り(つまりCockney)。(彼はSEのNew Crossの出身で、映画Nil By Mouthは自身がよく知っている環境を映画にしたものである。)

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ノキアのNseries Studioのページにはゲイリー・オールドマン以外にも何人もの短編がアップされています。下記のキャプチャ画像の白い枠で囲んだところのSpontaneous Storiesから見ることができます。
http://www.nseries.com/nseries/v2/index_studio.html
※かなり重いです。あと、Firefoxだとところどころ動かない(クリックしても反応がない)かも。

nokia-n-studio.jpg

ビデオはけっこうな数があるので、全部見ようと思ったら時間かかるかも。。。画質の悪いYouTubeでdirector videoを見る時間があったらこっち見るほうがよさそうと個人的には思います。

作者一覧の中にJon Spencerという名前があるけど、いわゆるジョン・スペ(下記音源参照)とは同姓同名の方。
OrangeOrange
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★Nokiaのクリップについては、小林恭子さんのブログ経由で知りました。
http://ukmedia.exblog.jp/4460824/
小林さんのところではメディア・ガーディアンのサイトのビデオ(インタビュー)が紹介されているけれど、私はそれは見ていません。

※この記事は

2006年09月01日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 01:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑多に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼