http://nofrills.seesaa.net/article/224175599.html
本題に入る前に、「無修正のデータ」とはどのようなものかについて、一応説明しておこう。日本語圏では、「匿名のはずのウィキリークス情報源がダダ洩れの疑い」とかいうひどく粗雑な誤解――@mametanukiさんいわく「イタコ訳」w――があるのだが、今回「ダダ洩れ」になっているのはWLの情報源、WLにタレこんだ人ではなく、漏洩した文書に記載されている人名だ。(未成年による犯罪の捜査資料が週刊誌に漏洩したとして、それを週刊誌に持ち込んだ人物の名前がばれたのではなく、その資料に掲載されている実行犯の未成年者の名前がばれてしまった状態。)
これまで公開されてきたCablegateの文書は、それ自体は米国務省の外交公電だが、そこに記載されている固有名詞で、あまりに広く一般公開されるとその当人によくない結果をもたらすであろうと合理的に考えられるものについては、伏せ字になっていた。
全然別の事例だが、下図をご参照いただきたい。これは福島第一原発の事故後、英国の行政機関と核エネルギー産業がどのように「原子力は安全です」キャンペーンを展開したかを具体的に示す、電子メールだ。ガーディアンはこれを情報公開請求(FoIA)で入手したが、ヘッダー部分の送信者の名前、宛先、同報先、本文に含まれる固有名詞が「墨塗り」されている。(送信者の所属機関は明かされている。)

UK government and nuclear industry email correspondence after the Fukushima accident | Environment | guardian.co.uk via kwout
もしこれが墨塗りされていなかったら、その人物の家にかみそりの刃が送られたり、無言電話がかかったり、あるいは職場で何かあれば報復人事の対象となったり、もっとひどい場合には直接生命を狙われたり身体的に危害を加えられたりするかもしれない。FoIAで公開される文書では、多くの場合、公開時にこのような「墨塗り」が加えられる。
今回問題となっている「ウィキリークスの無修正ファイル」とは、この「墨塗り」のない状態での米外交公電のことだ。そこにはもちろん、誰がそれをWLに持ち込んだかは示されていない。WLは情報漏洩元を明かしたわけではない。
というか、ジュリアン・アサンジが何度も繰り返し述べている通り、WLはシステム上、誰が情報漏洩元であるかを把握することができない。そのことに優位性があった。
また前置きが長くなりそうなので、そろそろ本題に行こう。
日本語圏でも朝日新聞などが伝えていたころ、米国で下記のブログ記事がアップされた。書いたのはナイジェル・パリーさん。この方についてはご自身のサイトに非常にたっぷりした経歴説明があるのでそれをご参照いただきたいのだが、一言で説明するとすれば、インティファーダ側でパレスチナを拠点とした経験を有し、Electronic Intifadaをアリ・アブニマらと一緒に立ち上げ、同様のコンセプトでElectoronic IraqやElectronic Labanonを立ち上げた人だ。Committee to Protect Bloggersのメンバーでもある。出身はスコットランドだが、現在の拠点はペンシルヴァニア(米国)。Twitterでは @flyingmonkeyair のユーザーネーム。隠しディレクトリから問題のファイルを見つけたのはこの人だ。
Guardian Investigative Editor David Leigh publishes top secret Cablegate password revealing names of U.S. collaborators and informants... in his book
Nigel Parry, Wednesday, August 31st, 2011
http://nigelparry.com/news/guardian-david-leigh-cablegate.shtml
ブログ記事のタイトルが長いが、「ガーディアンの調査報道部門エディターのデイヴィッド・リーが、なんと書籍で、トップシークレットたるCablegateのパスワードを公開してしまい、それが原因で対米協力者や情報屋の名前が露見した」。
このブログが、非常に記事が長いのだが、事態の経緯を説明してくれているので、内容をかいつまんで。
ナイジェル・パリーは基本的に、ガーディアンの、というかデイヴィッド・リーのやったことについて、非常に批判的である。「ガーディアン本」(原題: WIKILEAKS: Inside Julian Assange's War on Secrecy, 日本語版は講談社から『ウィキリークス アサンジの戦争』として出ている) についても、「他の本が出る前に出さなければ」として急いで出版したのだ、と、このブログ記事の冒頭で位置付けている。(そのことに異論がある人はあまりいないと思う。)
![]() | Wikileaks: Inside Julian Assange's War on Secrecy The "Guardian" ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() by G-Tools |
そして問題の「パスワードもろ見せ」のページのスキャン画像を挟んで、何があったのかを時系列をたどって整理してくれている。いわく……(以下、パリーさんのブログの内容は引用の形式で示すが、翻訳ではなく要旨である。)
8月第4週、ドイツの新聞各紙が、墨消しを施されていない米外交公電、全251,287点のリークを報じた。
これらの公電は、2010年11月28日に、ウィキリークス(WL)によって少しずつ小分けにして公開が開始された。(注:その際、WLは、英ガーディアン、米ニューヨーク・タイムズ、独シュピーゲル、スペインのエル・ペイス、フランスのル・モンドの5媒体と公式に連携した。これら「既存メディア」は、公開するとまずいと判断した固有名詞の墨塗りなどを施した上で、公電を公開した。その際、NYTが米国務省に事前に打診していたとか、そもそもNYTはジュリアン・アサンジのご機嫌を損ねてしまっていたので独自ではファイルをもらえず、ガーディアンから融通してもらっていたとか、たいへんにぐちゃぐちゃどろどろした舞台裏の話がある。また、11月末の公開日も、独シュピーゲルのうっかりミスでのフライングにより、予定より早まっている。)
(その後、WLとガーディアンの関係が悪化し)ガーディアンの調査報道部門エディターのデイヴィッド・リーは、WLのジュリアン・アサンジを激しく非難してきた。彼はTwitterで、またインタビューの場で何度も、アサンジが(米国務省に)情報を持ち込んだ人物の名前を消すことに反対の姿勢だったということを説明した。
……ええと、ちょっとこのあたり、前置きなので飛ばします。重要なのは、パリーさんも「ガーディアン本」が出たときに問題の「パスワード」の箇所を見て、「本能的に『まずいアイディアだ』と思った。アサンジのパスワードの作り方を示してしまうのはどうなのか」と述べているところくらい。
その次のセクション、"Cat out the bag" の見出しのところから。
8月25日(米国時間)、ドイツの新聞Der Freitagが、墨消しを施していない外交公電がネットで閲覧できる状態になっていると報じた(注:前のエントリ参照)。その数日後、TechCrunchが何があったかを次のようにまとめて報じた。金曜日の記事でDer Freitagの編集長は、「パスワードで保護されたCSVファイル」をネット上で発見したと述べた。その中身は、まったく修正が施されていない外交公電、1.73GBであり、それはウィキリークス起源である、という。編集長によると、このファイルのパスワードも簡単に見つけられるという。
続いて8月29日に、シュピーゲルも確定報道を出した。2010年夏、アサンジはWLのサーバーの隠された場所に、外交公電を含むパスワード保護されたファイルを置いた。彼はそのパスワードを外部の連絡先に教え、外部の連絡先はこのファイルに含まれている資料にアクセスできるようになった。
同年9月にダニエル・ドムシャイト=ベルク(DDB)がドイツ人のプログラマーを連れてWLを去ったとき、彼らはそのサーバの中身を持ち去った。それにはその文書(公電)を含む暗号化されたファイルが含まれていた。その結果としてアサンジは、そのファイルにはもうアクセスできなくなっていた。
2010年末、DDBはようやくWLにそれらのファイルを戻した。ほどなくしてWLの支持者らがこれらのデータを集めたものを、WLがそれまでに公開した文書のパブリックなアーカイヴのようなものとして、ネット上にアップした。しかしながらWL支持者らは、このデータに無修正の外交公電が入っているとは気づいていなかった。ファイルは暗号化されていたばかりでなく、隠されたサブ・ディレクトリに格納されていたからだ。
これら2件のドイツでの報道から、BitTorrentに流されたWLのミラー(アーカイヴ)には、WLがうっかり(アクシデントで)、Cablegateの公電の暗号化されたコピーを含めてしまっていたことが明らかになった。しかもそのパスワードは、ネットで簡単にみつけられるという。
それを聞いて、「ガーディアン本」のことがすぐに思い浮かんだ。
一方でドイツの報道ではどのファイルなのか、パスワードは何なのかは語られていない。しかしどちらの場合も、考えられる選択肢はあまり多くはない。
ドイツの報道のために点と点を結んだのはDDBだとされている。WLについて熱心にニュースを追っているAsher Wolf(AW)が後にTwitterに投稿したものが、最も状況をクリアに解き明かしているかもしれない。AWは @Nin_99 というTwitterユーザー(どこの誰かは不明。この人も宝探しで大きな役割を果たした)の言葉を引いて、次のように述べている。wl fucked up b/c they had file on public server, leigh fucked up b/c he told everyone the pw, ddb told everyone who would listen about all
公開鯖にファイルを置いたのはWLのポカ。パスワードを大公開したのはデイヴィッド・リーのポカ。そしてDDBが興味のありそうな人に触れ回って一丁あがり。
8月30日の晩、私(パリー)も、例の暗号化されたファイルがないかどうか、これまでにダウンロードしていた複数のWLのTorrentのファイルを細かく検索した。ドイツの記者に、ガーディアン本に書かれていたデイヴィッド・リーのパスワードでアーカイヴが展開できたかどうか、問い合わせのメールを書いたが返事はなかった。リー本人にも聞いてみたが、返事はしかねるとの返信を受け取った。
WLについて追っている人たちにTwitterで話しかけてみると、@Nin_99 から反応があり、あるTorrentの中に疑わしいディレクトリがあると教えてくれた。@flyingmonkeyair @JLLLOW @Asher_Wolf @m_cetera Anyone might guess what's in these here: http://193.198.207.6/wiki/file/xyz/ (from torrent)
https://twitter.com/#!/Nin_99/status/108988882862870529
@Nin_99 は数日の間、あれこれとパスワードを試してそのディレクトリを見ていた。そこには、2010年6月9日の日付で4ファイルがある。すべて、PGPで暗号化されている(拡張子が *.gpg になっている)。デイヴィッド・リーのパスワードを使って試してみると、その一番下のz.gpgという暗号化ファイルは、z.7zとして展開された。それを圧縮・解凍ツールを使って開くと、cables.csvというファイルが出てきた。このファイルの作成日時は、2010年4月12日、午後9時22分。
ファイルサイズは1.61GBだった。
しかしドイツの報道では1.73GBとあった。これは、1GB = 1,000MBと単純に計算してしまったためのミスだろうと計算するとその通りで、1,024MBで計算すると1.73GB(誤計算)は1.61GBになる。
というわけで、これが正解だ。ウィキリークス、それと連携した報道機関、そして(ノルウェーの)アフテンポステン――どうやらこの新聞は、2010年12月には既に cables.csv を持っていたらしいが――、そしてドイツの記者たちに続いて、私はループを抜け出し、墨消しを加えられていないCablegateの公電そのものを解凍したのだ。
私は @Nin_99 にTwitterのDMを送り、その旨を連絡した。
これでゲーム・オーバー。ネコは袋から出されてもう元には戻らない(注:英語の慣用表現)。私たちがやろうとやるまいと、誰かが解凍していただろう。複数の報道機関の示したヒントだけでも十二分だった。
私は次のようにツイートした。It's a bad day for @DavidLeigh3 & the Guardian. His book password decrypts an old wikileaks.org dir file into cables.csv, 1.61GB #Cablegate
デイヴィッド・リー記者とガーディアンにとっては悪い日だ。彼の本に書いてあったパスワードで、昔のウィキリークスのファイルから、cables.csvが出てきた。1.61GBのものだ。
https://twitter.com/#!/flyingmonkeyair/status/109022484065562624
そして1分後に:Just to be clear: I ran the password from p139 of @DavidLeigh3's book and it opened into cables.csv #Wikileaks #FAIL
念のため。私が使ったパスワードは、デイヴィッド・リーの本のp. 139にあるものだ。
https://twitter.com/#!/flyingmonkeyair/status/109022790035836928
ファイルを解凍した直後は、ガクガクしてしまった。秘密が大きければ大きいほど、個人の責任の感覚も大きくなる。もし米国政府が墨消しの施されたファイルが報道機関によって公開されることを快く思わないのなら、墨消しの施されていないファイルが全世界に公開されることについてはカンカンに怒りまくるだろう。
※時間切れのため、中断……
→続きは次のエントリ:
http://nofrills.seesaa.net/article/224460458.html
※この記事は
2011年09月04日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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