kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2006年05月18日

「下の下」――Ballymena少年襲撃殺人(3)

マイケル・マッカルヴィーン葬儀は、「プロテスタントもカトリックもない、バリミーナという場所全体の事件」であるということを示しはしたが、これはおとぎ話ではないので、これで対立が終わって“みんな”が仲良くなったりしない。

葬儀に参列した人の車が教会から出て行くときに、車に向かって、石を投げるという愚行をするロイヤリストがいたという(ガーディアンBBC)。Slugger O'Tooleではこれを「下の下(Lowest of the low)」というタイトルで報じている

sectarian divideというものがどういうものか、少し考えてみたいときに、このスラオさん記事のコメント欄を読むといいかもしれない。「そんなことをするとは、まったくひどい連中だ」といったコメントもあるが、「わざわざ記事立てるようなこととは思えないのだが」とか「驚くべきことか?」といったコメントが、それも決して皮肉とか揶揄ではないものが、いくつもある。

sectarian divideがどこまで深いものなのか、言い換えればどこまでが「当たり前(normal)」で、特に書くほどのものとは認められないと考えられているのか、非常にリアル……というか、それそのものだ。

その中で、ひとつのやり取りを抜粋させてもらう。

If a black youth was murdered in the same manner and racists attacked the funeral I doubt we would be talking about a divided society but about evil people. And rightly so. ...

▼これに対するレス

Obviously the murder is the most serious thing, by far. The throwing of stones are nothing compared to that. And I agree with your point about how we would speak of it in a racist context somewhere else. That was a very constructive point, perhaps suggesting that we are all too fond of reverting to the symbolism of an event as more important than the consideration of their individual responsibility.

However, while the murder is admittedly much more serious, I think in this incident we can see more clearly the level of sectarianism from which this murder came. I mean, in any other context, sure... people may kill someone b/c [=because] of their colour of their skin. But would they bother to come delibrately to the funeral to 'spit of the coffin'? No, they are evil people and they wouldn't care enough to do it. Likewise, the murder itself probably meant very little to them. What's another person's life to an evil person?

Yet here they proudly come out to do this. To me, this is clear proof of 'racial superiority', that they feel it legitimate to do this. They feel that it will be well-received by many who hear of it, and so feel themselves 'making a point', as opposed to it just being the reckless acts of a hateful heart. So, in a sense, the symbolism of these stones being thrown at passing cars (at the funeral) is inescapable.

...

This is symbolic, and it provides a portent into a divided society. They are NOT just the acts of a few evil individuals... to say that is to give immunity to the many in our society who, while having the wit not to 'dirty their hands' themselves, nevertheless stoke the flames of this already hellish community, and give the impramatur to those lacking in such wit and intelligence.


要約すれば、「人種差別主義者に殺された黒人の葬儀を人種差別主義者が襲撃したとする。その場合に問題とされるのは『社会の分断』ではなく『悪い人間』[ママ]だろう」というコメントに対して、「殺人に比べれば投石などどうということではないし、この事件には人種差別のコンテクストもある。個々の責任を問う前に事件のシンボリズムを見たがるのは確かに問題とすべきだろう。しかし、この投石事件は、マイケルの殺害の根となったセクタリアニズムがいかに深刻かを示すものだと思う。人種差別での殺人の場合、殺した側がわざわざ葬儀に来て、殺された側を侮辱していくだろうか? この投石はそういう話だ。しかも自慢げにそういうことをする。『ハクがつく』とか『意味のあることだ』と考えているのだから。こういったシンボリズムの作用する場では、単に幾人かの個人の行動だとは言っていられない。そう言っていると、ある程度は頭が回るから自分では手を汚さない連中に目を向けることがなく終わってしまう」というレスがついている。

なお、この長文レスを書いた人はここで頭が高速に回転し始めたのだろう、「子供を育てたお母さん」である閲覧者からの「あんた明日試験だって言ってたじゃないの、そろそろ勉強に戻りなさい」という制止も振り切って、このあと「極右な奴」に成りすました何者かとずいぶんやりあったらしい。(「らしい」というのは、削除されているのでやり取りがわからないからだ。成りすまされたのはわりと常連のロイヤリズム支持者。)

コメント欄はあと、前の論争(宗教をめぐるもの)の続きになってしまうが、「あのスレでは充実した議論ができた」「この話題ならみんなで話せるのでは」というように収束する。

また、「宗派別の学校を禁止すべき、全部integrated schoolにすべき」という意見に対しては、「学校が問題なんじゃない、家が問題だ」というレスがつけられている。

さて、セクタリアン・ディヴァイドについてはここまで。

この先はもっと泥沼かもしれない領域。

スラオさんのコメント欄@May 18, 2006 06:26 AMより、投石したバカどもは、"kill the fenians"と叫んでいたという。ただし「投石があった」という証言も「"kill the fenians"と叫んでいた」という証言も、現場にいたシン・フェインのカウンシラーによるものであるということで、コメント欄は「投石があったという事実でさえ疑わしい」という方向に一気に傾く。(コメント欄では1人が「"mobs"が"a stone"を投げた」なんておかしいと指摘しているが、これはライティングの段階のミスの可能性もあるのでわからない。ガーディアンではstonesと複数形である。)

ああ、またか。。。もう情報戦はついてくの疲れるからいやん。

ただ、まったくありもしないことを「あった」と言うほど、シン・フェインは愚かではないと思うけどね。

元々スラオさんが記事を立てたのは、UTV(Ulster TV:ITV系)でやっていたからだそうだけど、とりあえず、ガーディアンによると「警察が調査している」です。

※the Fenians =「フェニアン団」のことだが、こういう使い方をする場合は単に「カトリック」と考えてよい。(というか現場では、放送&印刷禁止用語の「カトリック」の蔑称が使われていたかもしれない。)「フェニアン団」は19世紀に結成されたアイルランド独立ゲリラ同盟。のちのIRBの前身。IRBはさらにのちにIRAになり、1969年にそのIRAについての「本家争い」が発生し、やたら活発だった分家(Provisional IRA)が本家より有名になって、今に至る……前に、まずはINLAが分派して、それからRIRAとCIRAも分派した。

なお、この殺人がロイヤリストによって賞賛されていることは、15日付ベルファスト・テレグラフが伝えている通り。



※この記事は

2006年05月18日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 21:27 | Comment(0) | TrackBack(1) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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2006年のバリミナ少年殺害事件のやり直し裁判で判決
Excerpt: あの事件のやり直し裁判の判決が出て、有罪の被告2人に量刑が宣告された。2人とも終身刑で、1人は仮釈放の考慮まで9年、もう1人は8年。既に2人とも収監されていたので、それぞれ3年半、2年で仮釈放申請がで..
Weblog: tnfuk [today's news from uk+]
Tracked: 2013-05-25 14:07





【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼