http://en.wikipedia.org/wiki/Ballymena
アイルランドのなかでもずいぶん昔から、隣からの侵略を受けてきた場所のひとつで、人口の大半がプロテスタントだ(CAINにある2001年のセンサスのデータによると、カトリックは20.97%)。というよりも、Ballymena選出の英国会議員は、過激な宗教指導者にしてDemocratic Unionist Partyという政党の設立者・党首であるIan Paisley(80歳)である、という事実の方が多くを語るかもしれない。ちなみに、俳優のリーアム・ニーソンはここの出身だ。
そのBallymenaで、今月初めにある事件が起きて、人が死んだ。
15歳の少年が、夜間に繁華街のピザ屋にピザを買いに出て、別の少年たちのグループに襲撃され、ぼこぼこにされた。襲撃された少年は何とか家まで戻り、即座に病院に搬送された。しかし命はもたなかった。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/northern_ireland/4752571.stm
その少年、Michael McIlveenはカトリックだった。彼を襲撃したのはプロテスタントの――いや、正確には「ロイヤリスト」と言うべきだが――10代男子のグループだった。
マイケルはほかの友人たちと一緒にテイクアウェイのピザ屋に出かけていた。その帰り道で、「ロイヤリスト」のグループが彼ら「カトリック」のグループを襲撃した。ほかの子たちは逃げることができたが、マイケルは追い詰められて、ぼこぼこにされたのだ。死ぬほどに。「カトリック」だったから。
襲撃したグループはすぐに身元が判明し、逮捕された。これまでに5人が起訴されている。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/northern_ireland/4983634.stm
彼らがなぜそういうことをしたのかは、これから裁判で明らかにされるのを待たなけれはならないにしても、実際、彼らのひとりのブログ(MySpace)は相当物騒だった。(ニュースで話題になってどこかにリンクがあったので、私も現物を見た。今は多分消去されていると思う。)10代の子供がイキがって勇ましいことを書いているような感じもあったけれど、そいつの場合は行動が伴っていたわけだ。
つまり、「カトリックをぶっ殺せ」という思想と行動――それが「思想」と呼べるものであれば。
もちろん、プロテスタント/ユニオニスト/ロイヤリスト側の重鎮たち(オレンジオーダーなど)も彼らを非難した。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/northern_ireland/4759915.stm
Ballymena選出議員のイアン・ペイズリー(超強硬派プロテスタントの親分)は、マイケルが入院しているときに病院の母親に電話をかけたという。葬儀にも参列したいとの意向を示していたが、最終的には葬儀の前日にマイケルの家を弔問という形となった。(この人の場合、カトリックのミサに参列することは、宗教上、非常に難しい。)
http://www.sluggerotoole.com/index.php/weblog/comments/
mcilveen_family_invite_paisley_to_michaels_funeral/
http://www.rte.ie/news/2006/0516/mcilveenm.html
カトリック/ナショナリスト/リパブリカン側は、マイケルの死によってセクタリアンな感情が高まっているのを警戒し、12日予定されていたハンスト25周年記念行事を取りやめた。(シン・フェインによる賢明な判断だと思う。)
http://www.rte.ie/news/2006/0511/mcilveenm.html
また、「カトリック」から「プロテスタント」への報復攻撃を警戒し、「カトリック」の側はSDLP(ナショナリスト政党)がかなりがんばっている。
BBC Newsのストリームのニュースでは、葬儀の日にプロテスタント側とカトリック側の政治家たちが肩を並べたことが伝えられた。また葬儀の日、イアン・ペイズリーはウエストミンスターの議会での党首討論の機会に、ブレア首相に対し、自身の選挙区で残忍に殺されたこのカトリックの少年のことを話し、報復に備えて警官の増員を訴えた。SDLPのマーク・ダーカンは「葬儀には子供たちがたくさん参列していた。みな同様のショックと恐怖を感じ、そしてまた、希望を抱きたいと願っていた」と述べ、議員からは"hear, hear"(「賛成」を示す声)が上がった。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/story.jsp?story=691487
このひどい事件が、子供たちの恐怖でなく、希望のきっかけになることを願うばかりである。
マイケル・マッカルヴィーンが病院で生命維持装置につながれている間に、私はSlugger O'Tooleの記事を読んでいた。コメントも全部。
「何てことだ」、「こんなことをいつまで続けるんだ」、「30年前の繰り返しを誰が望むのか」といった常連さんたち(彼らの中にはカトリックもナショナリストもプロテスタントもユニオニストもいる)の強い口調のコメントは、ひとつひとつがとても重かった。
また、まだ情報が確実になっていない段階で、「本当にsectarian attackなのか? うちの娘が襲撃されたことがあったが、それはsectarianではなかったので、判断を急がないほうがいいと思う」という、真の意味で冷静なコメントもあった。(そのコメントに対しては「今ラジオでこういう報道が」というような具体的なコメントがつけられ、スレとして「わかっていることから判断して、やはりsectarianだ」という結論に至った。)
「北アイルランド紛争」にはさまざまな面がある。まずは「独立戦争」の面(「統一アイルランド」側の主張)。それから「国家テロ」の面(英軍によるリパブリカン弾圧)。それから「テロ組織のテロ」の面(IRA, INLA, UDA, UVF, RHC, LVFなど)。「dirty war」の面(スパイ、ロイヤリストのテロ組織と警察の癒着など)。
でも最も大きな意味を持つのは、「(思想・信条を背景とした)住民と住民の衝突」という面だ。つまり、コミュニティの分断。「プロテスタント」か「カトリック」かですべてが判断されるような分断。(むろんそこには、「議会と自治政府はプロテスタントが独占」とか「警察官の8割〜9割がプロテスタント」という著しく偏った状況があったのだが。)
1969年以降のIRAがキャンペーンに「成功」したのも、「プロテスタント」の住民たちによる、「カトリック」に対する襲撃・攻撃がひどかったからであり、英軍・英国がIRAの敵となったのも、本来中立であるはずの英国政府が、「プロテスタント側」についていることが明らかになったからである。
そういうのが、難航しながらもようやく終わろうとしているときに、こういう襲撃事件。
しかも襲撃した連中は、「紛争」の最も激しかった時期(80年代)にはまだ生まれていなかったか、あるいは生まれていたとしても物心がついてないような世代だ。
これに暗澹たる気持ちを抱かない人はいないんじゃなかろうか、と私は思った。だが次の瞬間には、これに頼もしいという気持ちを抱く人はいるんだろうな、と思った。
とか思ってるときに、Slugger O'Tooleに上がった記事があまりにひどくて絶句した。
http://www.sluggerotoole.com/index.php/weblog/
comments/a_time_and_a_place/
DUP所属のBallymenaのカウンシラー(市会議員)のロイ・ギレスピーなる人物が、「マイケルはカトリックだから天国へは行けない。カトリックは天国に迎え入れられない」と発言した、とDaily Ireland(緑陣営のメディア)が報じたという。(なお、このカウンシラーは日ごろから問題発言の多さで有名であるとのこと。DIにしてみればいいネタになるんでしょう。)
ただしこれは発言の一部だけを抜き出したもので、全体は
"As a Catholic, he [Michael McIlveen] won't get into heaven unless he has been saved. If he did not repent before he died and asked the Lord into his heart, he will not get into heaven. Catholics are not accepted into heaven."
であるとのことだ。そしてこのunlessとifの節は、reformed Christian faith(つまりカルヴァン派)のキーとなる宗教的概念を含んでいる(したがって私には「翻訳」できない)。つまり、彼らの信仰では、彼らの流儀で何かしない者は天国へは行けない、ということだ。
そのメッセージをDaily Irelandの記者が受け取り損ねたか、あるいは無視したかで、「カトリックは天国へは行けない」という極端な言説が誕生した。元々「カトリックは殺す」という思想(?)があるから、こういう言説は、いろんな意味でウケる。まして掲載媒体はDaily Irelandだ。
またか。。。
そうであるにしても、こんな「特定のお経を唱えない者は成仏できない」みたいなことを、政治家が、宗教の場や家の中や仲間内以外で言うか、ふつう――と思うのが、単に私が非常に世俗化された仏教徒(いわゆる葬式仏教)だからではないことを願うが、スラオさんにこのエントリを書いているゴンゾ(<ハンドル)が「発言をカットしないで読めばわからなくもない」と書いていることから判断すれば、例えばアメリカの宗教右派(根っこは北アイルランドのプロテスタント系宗教右派と共通)やイスラム社会の宗教右派について、私にはわかったような口はきけないってことがよくわかるのだ。
つうか、ヘイト・クライムについて話してて、どうして教義の話になるんだか。
……ああ、そうか、これはmoralの話だ。例えば日本でいえば、殺人犯について「親を泣かせてとんでもない息子だ」とかいうように、本来問われるべきこと(「殺人」)についてではなく、道徳・道義的なことを問うようなものだ。そういうことなら、日本でも、床屋政談やそれに類する発言ではありふれている。政治家の発言にもあるかもしれない。
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その(2)もあります。
その(3)もあります。
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転記前URL:
http://ch.kitaguni.tv/u/917/todays_news_from_uk/northern_ireland/0000355557.html
コメント:
それでも希望を抱きたい
簡単に分かったようなことを言う気にもなれないので、うまくコメントできませんが、多くの人に読んでもらいたい記事です。
とりあえず、one vote(cool)。
投稿者:
非国民
at 2006 年 05 月 18 日 20:52:08
>非国民さん
ありがとうございます。本文を読み返してみたら固有名詞がわかりづらかったので、カッコを使ってちょっと追記を加えました。
結局、「悪者は退治されてみんな幸せになりました」型の、「テロが終わればすべて丸く収まる」というようなことは、楽観的すぎるのです。そしてそれは北アイルランドに限らず、パレスチナ-イスラエルでも、スリランカでも、カシミールでも、イラクでも、アチェでも、西パプアでも、チェチェンでも、スーダンでも、ソマリアでも、当てはまるのではないかと思うのです。どこにいるのも人間ですから。
投稿者:
nofrills
at 2006 年 05 月 18 日 21:17:00
※この記事は
2006年05月18日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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http://nofrills.seesaa.net/article/41177052.html
殺されたマイケルのお母さんのコメント:
Mother's grief 'raw' one year on
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/6633845.stm