1)jorj0 blog
Dahiyeについて調べていて、地名で検索したところ、レバノンの人のブログが見つかりました。jorj0(George)さんという男性のブログです。これも、概要ですけど(精密な「訳」ではないですけど)、エントリを3つほど。
http://jorj0.deviantart.com/journal/
Journal Entry: Thu Jul 13, 2006, 3:12 AM
【概要】
読んでもらいたくて書くわけじゃなく、単にどうしても話したいから書くんだけど。。。政治の話は僕はしないし、ここは政治系ブログじゃない、でもどうしても話したいんだ。政治系コメントはお断りします。。。
昨日レバノンにどういうことがあったかはみなさんご存知でしょう。(注:12日に爆撃が開始された。)その後もそれは続いていて、今では空港も使えなくなっている。イスラエルは海と空と陸で包囲している。それはどうでもいいんだけど、頭にくるのは、過ちから学ばない連中がこの国にはいるということで、まったくほんとにいいかげんにしてほしいってマジで。あと、政府がそういう連中とまったくつながりがないってのもね、ただ冷静をと言うばかりで何もしない。それもいいけど、ダメージが与えられる前にもっと何かしないと・・・いやもう手遅れか。
レバノンは観光が頼りだ。これから夏の観光シーズンなのに、全部むちゃくちゃにしてくれて、まったく嬉しいったらないよね。飛行機も全部ストップ。ああほんと頭にくる。あとお願いだから、レスで政治の話はやめてください。何があろうと、夏のはじめに起きる理由はないわけで、ほんと、これからが書き入れ時だというのに、まったく。
頭に来ているし、ただ心配で・・・シリア、イラン、ヒズボラ、その他、そういうのはそのうちに消えるものだとわかってはいるけど、僕らも無縁ではいられないだろうからそれが心配で・・・ここには石油があるわけじゃなし、何か貴重なものがあるわけでもない、ただ単に、戦略上とても重要な場所だというだけで。あ、あと世界の不思議がいろいろとあるし、ムードはナイスだし、それから戦士もいるし(武器じゃなくて意思の面での戦士ね)、誰もが羨望する土地で・・・クソ食らえだ、やりたきゃやればいいさ、前にもこういう目にあってるんだから。それでも僕たちはしっかり立っていた。
Journal Entry: Mon Jul 17, 2006, 4:44 AM
というわけで、政治の話はしないけど、ここ数日、どんな感じだったのかってことで・・・。
イスラエルはまず、レバノンのいくつもの場所を爆撃した。うちに一番近いのはDahiyeで、あと空港も近い。Dahiyeで爆弾が一発落ちるたびに、うちのあたりもすごい揺れて、特に窓はカタカタしていた。東のほうから煙が漂ってきたが、ありがたいことに、そんなに近くではなかった。2〜3発は近くに落ちたけれど、怖がるほどのことはなかった・・・1発また1発と落ちるうちに、なんだか慣れてきてふつうになってしまって、何て言うか、爆弾が落ちても、誰かがドアをバタンと閉めたときみたいな。
電気もあるし水もあるし、いつも通り。食べ物も、電話ケーブルも、ネットも、何もかも。ここでは生活は普通。でもそうじゃないところもある。夜の爆弾は数が多いし音もでかくて・・・でも爆弾が落ちてもそのまま寝てる。パニックにもならないし、怖くもない。(自分も怖くないし、家族も。)
飛行機が上空を飛ぶと、地上の兵士がそれを撃ち落そうとする。絶対に届きゃしないのに。でもものすごい数で銃弾やら何やらが空中に飛んで、赤い点々が飛んで、何十という発砲があって、何十という線や点々が上空に向かって行って、この色のアナーキーなこと、おまけに爆弾の閃光やら、ピカピカ、ドカン、ドーン、タタタタタ・・・・。想像してみてほしい。赤い点々に、ビルの向こうからの白い光、爆弾の音・・・カオスだ。
いまはDahuyeは灰燼。トルネードにやられたか、地震か、火山の噴火か、という感じになっている。
何も怖いものはない。生命の心配はしなくていいってことだけど、僕の国をただ悲しく思う。レバノンの背骨が、空港から港まで爆撃されるのを見て、涙を流している。観光も何もなし・・・これはこの国から癌を取り除くために支払わなければならない代償なんだ。。。
外にも出られるし、スーパーマーケットに行ったりもできる。生活は普通。ただあまり遠くには行けない。爆撃の音がなければ、通常の生活だ。以前と同じ・・・ただ田舎には行けない、道路がなくなってしまったから。村にも行けない。。。
僕の目から見ればこんな感じです。レバノンは人間で、長い間、癌を患っていた。それを治療するのではなく、ウイルスをエサとしてきたために、その癌が大きくなってしまった。それを出すためには、ウイルスを全部殺して、それからこの癌を摘出するしかない。そのために髪が抜けようと、感覚を失おうと、力をなくそうと・・・でもやがては、また両足で立ち、これまでにないほど元気になる・・・癌が居続ければ、レバノンはよくなることはない。
Journal Entry: Mon Jul 17, 2006, 12:14 PM
僕の書いたことに異議のある人もいるだろうけど、実際僕はそういうふうに見ているんで・・・。
というわけで、家にいるときに退屈しないように、チョコやらビールやらお菓子やらチョコやらを買いにスーパーマーケットに行ったのだけど、むちゃくちゃ混んでた。初めてだよ、あんなに混んでたの。みんな、パニックになって、品切れにならないうちにと買出しに来ている(愚かなことだ)。でも罵声を飛ばしあったりせず、互いに助け合い、協力し合い、同胞愛、兄弟愛って感じで。「すみません、通してください」っていう人がいれば、「ええどうぞどうぞ、いいですよ」という人がいて、いやーびっくりした。いいよね、こういうの。何かの拍子で手が当たったりすれば、互いにごめんなさい申し訳ないと笑顔で言い合ったり。で、車で家まで帰ったんだけど、人が譲ってくれんだよね、どうぞどうぞ、いやどうも、みたいに。しかもニコニコして。
これが僕の好きなレバノンだ。自分でもそうありたいと思う。癌が摘出されればきっとこうなる。。。ここがレバノン人がほかの人たちと違うところだ。1つの大家族なんだ。。。知らない人でも家に泊めるし、互いを助けるために、血でも食料でも水でも薬でも何でも提供される。爆撃や戦争があっても、これは僕にとってはほっとすることだ。愛してるよ、レバノン。
このブログは、25日に「癌」についての説明をしたエントリと、その後の「いいこと言った!」のコメントのやりとりが、最後の更新になっています。その後、電話線が切れたとかいう事情も考えられるのですが。。。
2)Zena blog
一方で、7月24日にはこのようなブログ記事もあります。ベイルートから、30歳の女性のブログです。
Beirut Update
Zena el-Khalil
Monday, July 24, 2006
http://beirutupdate.blogspot.com/2006/07/there-is-very-strong-smell-in-air.html
今夜の空気はひどく臭う。前にもこの臭いはかいだことがある。9.11のとき、わたしはニューヨークにいた。あの攻撃のあと2ヶ月の間、ニューヨークにはこの臭いが漂っていた。今夜のベイルートと同じ臭いが。焼けたビルと、電気の火事と、焼ける死体の臭いの混ざったもの。げっとなるようないやな臭い。
アパートの窓を閉め切っているので、蒸し暑さに息がつまりそうだ。
今夜は停電していて、ベイルートは真っ暗で静まり返っている。
今日、わたしは、Burj Al Barajniパレスチナ難民キャンプにいるわたしの学生たちのことを考えた。彼らはまさにこの真っ只中だ。空港とDahiyeの真ん中に位置しているのだから。彼らがどんなことを経験しているのか、想像すらできない。すでに水も薬も電気も不足していた。胸がつぶれる思いだ。。。
姉(妹)のラナとわたしは、この難民キャンプの若い女性たちに経済的な力をつけさせるためのクラスを始めていた。ラナがオーガナイズして、毎月1人のアーティストがキャンプを訪問し、女性たちに手工芸や伝統工芸の技術を教えていた。作った工芸品を売れば、家族を支えることができる。クラスの終わりには、製作した作品で展覧会を開くことになっていた。わたしの担当の月は7月だった。この狂気が勃発する前に授業ができたのは、たった2回だった。張り子で細工物を作っていた。最後にキャンプの女性たちと会ったときには、キャンプのいろいろな人を表す人形を作っていたのだ。頭は風船を使い、身体には金網を使って、それからその型を新聞紙で覆って糊で固めたのだ。
今日、わたしは世界の支配者についても考えた。こんにちの世界で起きていることのこんなにも多くを掌握しているごく少数の人々について。しかし考え続けるにはあまりにも怖くて、やめた。
Zena el-Khalilさんのブログは、世界各地の新聞などに掲載されているようです。7月半ばにはガーディアンがエントリをいくつかまとめて紙面に掲載していたし、コメント欄によるとドイツの新聞でも掲載されているそうです。あと、うっかりブラウザを閉じてしまったので(履歴も消しちゃった)URLが確認できないのですが、インドのメディアに掲載されているのはオンラインですぐに確認できました。EI/Lebanonにも掲載されています。
Zena el-Khalilさんはアーティストで、参加しているxanadu*というアーティスト集団のサイトで詳しいプロフィールと作品を見ることができます。xanadu*はベイルートとニューヨークに拠点のあるコレクティヴで、ベイルート組の名前をぼーっと見てみるだけでも、「レバノン」について何かを感じることができるんじゃないかと思います。個人的には、Marie Joe RaidyさんとStephanie Boueriさんの作品はぜひ見たいと思うし、Lena Merhejさんの絵を使った薄めのハードカバーの本があれば所有したいし、Karen KalouさんがFlickrやってたらcontactに入れさせていただきたいし、と思いました。Zena el-Khalilさんのは、こういう空間の作品を見せるには、あまりにも写真が小さすぎです。残念なことに。
※この記事は
2006年08月02日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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