kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2003年08月11日

本日のメモ

リベリアのテイラー大統領,退陣。これ以上の流血を避けるためとして。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/africa/3140149.stm

破綻した英国の投資ファンド,インペリアル・コンソリデイティッド・グループ(日本人の投資およそ120億円が償還不能になって,詐欺だとして訴えているもの)の件。
日本語記事
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030810-00000240-jij-soci
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030810-00000076-kyodo-soci
「インターナショナル・コンソリデイティッド」(←これが正式な表記らしい。「デー」とか「テッド」とかではなく)で検索するともっと出てくるかも。

ともあれ,テレビのニュースによると,このファンドの疑惑を追及していたのはIndependentだったとのことなのでIndependent行き。
imperial+consolidatedでの検索結果@Independent
有料記事が多いです。う〜む。やっぱIndependentもサブスクライブしないとダメかしら?忙しかったり疲れていたりで読めないときにすげー損した気分になるだろうから迷ってるんだけど。

BBCは不発(検索してもカスリもしないって感じ。探し方が悪いのか?)。

関係ないけど,Independentトップ記事が「英国最高気温記録更新:華氏100度」でした。(摂氏・華氏換算によるとおよそ38度。風邪引いたときの高熱で「華氏100度」ってありますね,そーいえば。しかし東京より気温が高いのか。今日の東京は暑いがからっとした感じでさすが立秋後ですが。)

っていうかイギリスって華氏じゃなくて摂氏のはずだけど,なんで華氏表記なんだろ?ま,いいか。

ちなみにBBCのトップ記事はドクター・ケリーの調査の件。ほかの記事もいろいろ面白そう……「GCSEを飛ばしてASに」とか「マザー・テレサのエスニシティをめぐって論争」とか。

BBCついでに「様」。日本のスポーツ新聞は「ベッカム騒ぎはアジアだけでスペインでは冷たい」みたいなことを書いていますが,どっこいイングランドも騒ぎは続く……母国だから。ただし「様」な扱いではないですが。ていうか元々若い女性がきゃーきゃーって感じじゃないんですが。
http://news.bbc.co.uk/sport1/hi/football/europe/3139621.stm
タイでの試合ではジダーンも出たのね。「様」→ジダーンのすばらしいパスもあったそうです。

最後に,高校生のリーディング教材に好適。先日の台風についての記事。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/asia-pacific/3138901.stm

※この記事は

2003年08月11日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼