6月26日にスラオさんで、OTR法案での「法に基づいた正義か、正義の不在のもとの平和か」の議論のさい、英国政府は「平和のためには難しい決断をしなければならないことがある」と述べて、正義の不在のもとの平和を追求する姿勢を示した、ということが紹介されている。
まさにその点が問題なのだということは、英国政府も認識はしている。だから「難しい決断」という表現を使う。
そりゃもう、大人の世界はいろいろあるわね。
なお、UDAと双璧をなす「ロイヤリストのテロ組織」であるUVFは、停戦などクソ食らえという態度であるが、その政治部門は、UUPに合流することによって、ストーモント(北アイルランド自治議会)に参加しそうだ。
一方のナショナリスト側は、それこそハマスじゃないけど、民主的選挙で選ばれた議員(英国会議員も地方議員もストーモント議員も)が多くいるPIRAの政治部門であるシン・フェインは、当然、ストーモントに参加する。というか、2002年にストーモントがストップする前も参加していた。その後の紛糾の核心は、ユニオニスト側のDUPという政党が、「SFとのパワーシェアリングだけはお断りだ」と言い続けていることにある。(そしてその根は、SF/IRAがかつて何をしてきたか、ということにある。)
ただ、イスラエルみたく「当選した連中はテロリストなので身柄拘束」とかいうことは、いくら英国でもやらないのだが。(つうか、英国の場合は、ある程度は結果的にではあっても、「ウエストミンスターの国会議員」を餓死させた経験がトラウマになっていることは確かだ。)
人を殺した者が刑務所で服役するのではなくふつうに暮らしているということは、被害者の関係者だけではなく社会全体にとって「それはないだろう」という事態だ。北アイルランドの場合は、1998年のグッドフライデー合意で、政治的動機による暴力の加害者を服役から解放している。つまり、「テロリスト」はみな――リパブリカンのテロリストも、ロイヤリストのテロリストも、どちらも、刑務所から釈放されている。忘れてはならないのは、彼らの「テロ」の多くは同じコミュニティに向けられた暴力であったという点(「占領軍に対する攻撃」など「外部から来た者」への暴力ではなかった)。これで遺恨が残らないはずがない。
現実として、「政治的暴力の加害者の釈放」がpeaceへの第一歩となったことは確かであるとしても、そのpeaceは、すなわちlaw/justiceの不在でもある(というか、justiceの不在をlawで定めた)。
この5月には、1989年のパット・フィヌケン弁護士殺害(このやり手弁護士は、自宅での日曜の食事の最中、家族の目の前で、乱入してきたガンマンによって射殺された)の実行犯(終身刑判決)が、わずか3年の服役ののち、釈放された。
そして、この事件の焦点は、政府のエージェントが犯行にどこまで関わっているのかということだが、Inquiries Act 2005では、エージェントの行動について独立調査委員会などで政府に対して開示を要求しても、政府が非開示とすれば非開示でOKということになるから、そもそも「法」と「正義」が一致していない。(the Times, 24 May 2006などを参照。)
つまり、問題点は2つある。1つはpeace before justiceという基本方針に基づいた「テロ組織」への対処という問題。GFAのときに組織を解体しなかった/できなかったことが根本。で、なぜ組織解体ができなかったかというと、その組織が(IRAであれUDAであれそのほかであれ)コミュニティの中にしっかりと組み込まれていたからだ。
もう1つの問題点は、「紛争後」のどさくさに紛れて、政府が自身の「国家テロ(state-sponsered terrorism)」をなかったことにしてしまおうとしていることだ。それも「機密」「安全保障」のハンコを押すことで情報を明らかにしない、という方向で。
コミュニティにとっては第一の問題点が重大だし、法と正義という点では第二の問題点は極めて重大だ。
でも結局はその流れのままで今まで来てしまっている。そればかりか、「テロ組織」が「停戦」をしたら、政府と協力する間柄になり、地元への利益誘導を主導するようになっている。つまり、「テロリストたち」のシステムへの組み込み。
私は観察してるだけだから、これは大変に興味深い。でもそのコミュニティに暮らしている人たちにとっては、まったくの他人事として観察対象にされるだけでもたまらんだろう。
※この記事は
2006年07月18日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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