kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2011年07月07日

英タブロイド、News of the Worldによる盗聴事件(ひどい)が急展開。

記事の見出しに目を通し、一部の記事を読むかざっと眺めるくらいのことしかしていないのだけど、昨日あたりから、NOTWの電話盗聴問題がクライマックスを迎えている。

NOTW = News of the World. ルパート・マードックのニューズ・コーポレーション傘下のタブロイドで、日曜日にだけ発行されている(平日はThe Sun)。ここが、ネタを取るためにいろんな人の電話を盗聴するという不法行為を働いていたということを、ガーディアンが2009年からずっと追及していた。

これまで話に出た限りでは、盗聴された被害者が芸能人だったりスポーツ選手だったり、あるいは政治家だったりしていたのだが、今週に入ってからは盗聴被害者が一般人――犯罪被害者のご遺族・ご家族――にも及んでいたことが報じられている。(詳細はこれまでに判明したNOTW盗聴被害者の一覧を参照。)

特にひどいのが、2002年3月に学校からの帰宅途中で誘拐され、9月に遺体が発見されたミリー・ダウアーさんのケース。(なお、この殺人事件そのものは、今年6月23日に被告に有罪が宣告され、終身刑が申し渡されて、解決している。この犯人がまたシリアルキラーでね……多いよね、シリアルキラー。)

Missing Milly Dowler's voicemail was hacked by News of the World
http://www.guardian.co.uk/uk/2011/jul/04/milly-dowler-voicemail-hacked-news-of-world

記事によると、2002年3月の事件発生当時、被害者のミリーさんとその家族がNOTWの盗聴の標的となった。黙って盗聴しているだけならまだしも(それも十二分に犯罪であるが)、NOTW側(記者と、ネタを取るために雇われた私立探偵……取材のために私立探偵を雇うなどということが堂々とできるのはNOTWだけ!)は、新たなメッセージが着信した場合のスペースを空けるために過去のヴォイスメールを勝手に消去した。これがミリーさんの失踪から数日後のことで、ご家族は彼女はまだ生存していると思い込むことになった。(実際には拉致されてすぐに殺害されていた。)

ひどいよね。「これはひどい」としか言いようがない。


まず、NOTWの雇った探偵らは、「電話帳で調べる」以外の手段を使って、ミリーさんのご家族・親族の自宅の住所と電話番号をゲットした。

これとは別の探偵がミリーさんの携帯電話の盗聴を開始。失踪後、心配した友人や家族からのヴォイスメールを全てチェックし、一言一句もらさず記録。やがてヴォイスメールの容量が一杯になり、新規に着信できない状態になったので、失踪直後の着信分を勝手に消去。これにより近親者はミリーさんがまだ生きているのではと思い込んだ。

そんなこととは知らないご家族は、NOTWの独占インタビューで「娘はきっとどこかで生きている」といったことも語った。

また警察にとっても厄介なこととなった。誘拐事件では犯人が偽装のために「心配しています」的なメッセージを吹き込むことがあるが、NOTWの記者と探偵の不法行為でそれが消されてしまった可能性があり、消されていない(そういうメッセージがあった、または最初からなかった)ことを証明するためにヴォイスメールの着信分をみようにも、一部が勝手に消されてしまっているのでは証明ができない。

ガーディアンの記事はこの後、延々と(と言ってよいほどの長さで)、NOTWがどんなことをしたかを詳細に述べている。

報道機関の「やらせ」というと日本でもいくつかの事例があったが(朝日新聞のサンゴ礁とか)、これはそんなもんじゃない。しかも記事を読めば「このタブロイドは電話を盗み聞きしているな」とわかるような状態。

警察もNOTWはおかしいと思ってはいたようだが、当時はまだミリーさんの発見に全力を挙げるべきという方針で、NOTWへの追及はしなかった。そもそもタブロイドの取材の方法がひどいというのは今に始まった話ではない、という事情もあった……など。

で、ミリーさんのこの事件当時、NOTWの編集長だったのがレベッカ・ウェイド(←旧姓。今はレベッカ・ブルックス)。1968年生まれだから当時30代前半。
http://en.wikipedia.org/wiki/Rebekah_Wade

詳細はウィキペディアなどを見ていただきたいのだが、彼女は現在、ニューズ・インターナショナル(マードックのニューズ・コーポレーションの英国新聞部門)のチーフ・エクゼクティヴをしていて、ミリーさん事件での盗聴の顛末が明らかになった今もなお、辞職するつもりはないと述べている、というのが5日の段階。
http://www.guardian.co.uk/uk/2011/jul/05/rebekah-brooks-milly-dowler-phone-hacking

しかしその後、大手広告主(フォードとか)がNOTWからの広告の引き上げを決定し(→最新状況……Co-opやハリファクスが引き上げ、コカ・コーラやテスコも懸念を表明)、キャメロン首相が電話盗聴について調査を約束し、また、先日ものすごいブーイングを浴びつつ英国政府からの許可が出されたばかりのBSkyBの件にも波及しつつあり……という局面で、「さあさあ盛り上がって参りました」という感じになっているガーディアンのトップページ(「超特大ニュース仕様」のレイアウト)のキャプチャ。一番上の写真の赤毛の女性がレベッカ・ブルックス(ウェイド)。

右下のルパート・マードックらの写真のところの記事が、この調査報道を率いたニック・デイヴィスの説明の記事です。クリックするとこれもえぐい見出し。「盗聴被害者に口止め料」。

Murdoch papers paid £1m to gag phone-hacking victims
http://www.guardian.co.uk/media/2009/jul/08/murdoch-papers-phone-hacking

(キャプチャ画像内、見出しクリックで記事が読めます)


これに加えて、6日に大きく報道されていたのは、2005年7月7日のロンドン公共交通機関爆破事件の被害者家族が、NOTWの電話ハッキングの被害にあっていたという件。

Families of 7/7 victims 'were targets of phone hacking'
The Guardian, Wednesday 6 July 2011
http://www.guardian.co.uk/media/2011/jul/06/families-7-7-targets-phone-hacking

また、ミリー・ダウアーさん殺害事件、ロンドン地下鉄&バス爆破テロ事件のほか、2002年のSoham殺人事件(日本でも「ベッカムのレプリカユニを着ている元気な女の子2人組が行方不明になり、ベッカムがマスコミで情報提供を呼びかけ」といったニュースになったのをご記憶の方もおられるだろう)などでも盗聴が行われていたことが明らかになっている。

たぶん、話題になった事件すべてでこういう不法な取材が行われていたのだろう、としか。

※この記事は

2011年07月07日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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