kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2011年06月24日

絶句。


"My task is to make voting DUP as comfortable a choice for a Catholic as anyone else," the First Minister writes in an article published in today's Belfast Telegraph.

Read more: http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/politics/robinson-irsquom-stepping-up-campaign-to-attract-more-catholic-voters-16015567.html#ixzz1QBFlhh2v


1988年10月、欧州議会にて、DUPの創設者で前の党首のイアン・ペイズリー(ファンダメンタリストの宗教家でもある):


いやあ、UVFと会って話をしたことについての声明くらいは出るかと思ってたんですが、そっちはとりあえず否定も肯定もせずの状態で、「カトリックのみなさんにも投票してもらえる党にしていきたい」とか……、椅子から落ちて頭を打ってしまいました。

UVFとの会談について:
24 June 2011 Last updated at 05:32 GMT
East Belfast riots - 'heated exchanges' at meeting
http://www.bbc.co.uk/news/uk-northern-ireland-13896023
The DUP has not commented on Mr Robinson's involvement in talks (with the UVF), refusing even to confirm that the meeting took place.

BBC NI Home Affairs correspondent Vincent Kearney said he understood the meeting took place shortly after 1530 BST.

It was originally supposed to take place in east Belfast but was moved to Stormont Castle for security reasons.

Our correspondent added that Mr Robinson had condemned the violence on Wednesday and also emphasised how he would do anything he could to improve the situation.

"Peter Robinson said he would do anything he could to intervene and to help," our correspondent said.

"I think some on the loyalist side took that as a possible invitation that the door was open to the possibility of talks."

※この記事は

2011年06月24日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 17:30 | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼