「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2011年06月20日

お祭り騒ぎと、「ノーザン・アイリッシュ」というアイデンティティ

ゴルフの全米オープンで、北アイルランドの22歳のゴルファー、ローリー・マッキロイ(ロリー・マキロイ)が優勝した。ダウン州ホリウッドのクラブに所属している彼は、プロとしてトップクラスに数えられるようになってからもよそにいかず、地元を拠点としている。

「国際的に注目を浴びるときは、一部の強硬派による物騒な話ばかり。いやになる」という北アイルランドの人々は、この若い「地元の子」が記録的なスコアでビッグ・タイトルを手にしたことが全世界のニュースになって、テレビの中から「北アイルランド訛り」が聞こえてくることで、無条件お祭り騒ぎの坩堝。なお、このメジャー大会で北アイルランド出身のゴルファーが優勝するのは2年連続だ(昨年、当時30歳のグレイアム・マクドウェルが優勝しているが、キャリアを重ねてきたプレイヤーだからか、今回のようなお祭り騒ぎにはならなかったな……)。

というわけで「ゴルフのことは何も知らんのだが」というジャーナリストのエイモン・マリーまでお祭り騒ぎ、北アイルランド自治議会でもお祭り騒ぎ(→参照)。それら上部構造(笑)のお祭り騒ぎの前に、下部構造ではおおいなるお祭り騒ぎとなっており、Twitterでは "Northern Irish" という形容詞がtrending topicsに入っていた。

お祭り騒ぎの網羅的記録(Twitterでnorthern irishで検索したもののアーカイヴ):
#Northernirish: Congratulations @McIlroyRory and "Northern Irish" is trending
http://chirpstory.com/li/1794


ジャーナリスト3人(BBCマーク・トンプソン、UTVケン・リード、エイモン・マリー)と各種報道、マッキロイ本人のツイートのまとめ:
#NorthernIrish journalists on Rory McIlroy
http://chirpstory.com/li/1802


議会(SDLP議員)のお祭り騒ぎを伝えるお祭り騒ぎ中のエイモン・マリーさん:

"We've got our own Tiger, a Celtic Tiger. The goose pimples are all over the country!" The SDLP's Karen McKevitt/Rory Mc Ilroy's Open win!less than a minute ago via Twitter for iPhone Favorite Retweet Reply



ベルファスト・テレグラフ:


マッキロイの出身地で、彼が拠点とするホリウッドは「ベルファストの近郊」といってよい。ベルファスト湾をはさんで市街の対岸にある。
http://en.wikipedia.org/wiki/Holywood


大きな地図で見る
※「ハリウッド」は米語読みに基づく音写。NIについては「ホリウッド」が“正しい”。

前回ここが大きなニュースになったのは、「パレス・バラックス(MI5の本部がある軍施設)がカーボム攻撃をくらった」ときだった。
http://nofrills.seesaa.net/archives/201004-3.html

ローリー・マッキロイは1989年5月生まれ。人口の69%がプロテスタント、23%がカトリック(2001年センサス)というホリウッドで、カトリックの家の子だが、学校は宗派が関係ないサリヴァン・アッパー・スクールというスポーツに熱心なグラマー・スクールに進んだ。お父さんはMan Uの熱狂的サポで(NIのカトリックに多い)、ローリー本人もMan Uサポ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Rory_McIlroy

そういうバックグラウンドを有する彼自身は、自分は Northern Irish である、とアイデンティファイしてきた(……ことは記憶しているのだが、ニュースが増えすぎてソースが探せない! あとで)。

従来、北アイルランド/アイルランド北部6州の人々は、大まかに、自身を「ブリティッシュ」とアイデンティファイする人たち(ユニオニスト)と、「アイリッシュ」とアイデンティファイする人たち(ナショナリスト)に分かれていて、相互が対立している、とされてきた。「されてきた」ばかりでなく、実際にその状況があり、それが「北アイルランド紛争」の非常に重要な側面のひとつだ。

しかし「ポスト紛争」の時代(つまり1998年グッドフライデー合意でアイルランド共和国の憲法が改定され、RoIがNIについての領有権を主張しなくなった後)、自身を「ノーザン・アイリッシュ」とアイデンティファイする人が激増した。

その点について非常に興味深く意義深い調査がつい先日行われたのだが、それについては今は書いている時間的余裕がなく、とりあえず「書きかけ」ということで。

※書きかけ

※この記事は

2011年06月20日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















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