それもこれまでの「ニュース解体ショー」をさらにスケールアップさせ、解体の過程を読者にやらせちゃうんだぜ。築地の魚屋の職人さんがまぐろを解体するのをテレビで生中継するだけでなく、その場にいたお客さんに包丁握らせてるんだぜ。
……と、まぐろ解体ショーになぞらえると一気に平凡になるが、大量の一次資料(ジャーナリストやマスコミ関係者じゃないと見ないようなもの)を一般に公開して、どこにどういうことが書いてあるか、編集部に知らせてください、っていう方法論。
無論、かなり「安全」なテーマなんだけど(例えばシリアについての英仏の水面下の画策とか、パキスタンのISIは本当のところどうなのかとか、中国の言論封殺・検閲の実態とか、リビアの戦後処理とかいったものに比べれば……比べるものでもないけど)、それでも公開を前提としていない一次資料だ。えっ、そこまでやるの、っていうのが第一印象で。
そのテーマとは、米国の共和党の政治家、サラ・ペイリンの電子メールだ。(これが「なぜ日本のマスコミは報道しないのか」っぽいんだけど、まあどうでもいいっちゃあどうでもいい。)
ペイリンのメールでは既に、2008年(大統領選挙戦のとき)にYahooアカウントにハッカーが侵入し、そこにあったものをWikileaksに流すということがあったのだが(→あのハッカー氏、昨年10月に有罪確定して1年の懲役に服しているとか)、今回はハッキングやリークではない。アラスカ州政府が、紙に印刷した形で、サラ・ペイリンに関する24,000点のメールを公開した(The state of Alaska has released more than 24,000 pages of emails relating to Sarah Palin, in printed form)。
10日の、「超特大ニュース」仕様のレイアウトのときのガーディアンのキャプチャ(画像内、記事見出しクリックで記事に飛びます):
今はもうトップページは入れ替わっているので、詳細を見たい人は下記の特集ページから。
http://www.guardian.co.uk/world/sarah-palin-emails
特集ページはこんなふうになっている。(「解体ショー」の特集であるこれとは別に、記事となったものだけの特集ページもある。)
7400点以上の下読みが終わった段階だが、Show me an unseen e-mailをクリックすると、まだ下読みが終わっていないメールが表示される。
私が最初にクリックしてみたときは、どっかに行くときの車はどうしますかというような1行しかないようなメールが表示された。
次にクリックすると、下記のようなのが現れた。誰かがペイリン知事に転送した講演会というかパネル・ディスカッションの案内メールのようだ。スキャンされたメールの本文の下に、「このメールのテーマ」のチェックボックスがあり、さらに「注目度」を選ぶようになっている(変な言葉遣いだが)。
私が見たのは、「このメールのテーマ」については該当するものがなく(政治的に興味深いのだが、重要かどうかというとたぶん全然重要ではない)、「注目度」については「どうでもいい」。というわけで、上のチェックボックスは空欄のまま、下のラジオボタンだけ選んでSendを押したら、Thank you! と表示された。
おそらく地球上で他の誰かがこの同じメールを見て、何らかの価値付けをしているのだろう。それがある程度集まったところで、(読者による)価値付けの数値などを見て、ガーディアンの編集部が「このメールは記事になるかどうか」を判断するのだろう。
大量の文書から、価値のあるものとないものを選別するというのは、必須の作業であり、なおかつ地道で手間と時間と労力のかかる作業だ。厨房で玉ねぎやニンニクの皮をむくような作業。
ガーディアンは今回、そこにいわゆる「クラウドソーシング crowd-sourcing」を導入している。非常におもしろい試みだ。
以前、ジュリアン・アサンジの身柄をスウェーデンに送るかどうかの審問の際、法廷にいる記者がリアルタイムで状況をツイートしたのだが(アサンジ審問の1度目と2度目の間にだったと思うが、公式に「法廷からの生ツイート」は原則OKということになった)、それがあまりにつまらないというか、特に何のネタにもならない時間がものすごく長いのだということをまざまざと見せ付けるものだった。特に注目すべきこともないまま淡々と手続きが進められるだけの時間が長く、結果、記者はどうでもいい話(ネクタイの色だとか髪型だとか)を書いて時間つぶしをしてしまうという状態で、確か読者の側の誰かから「そんなつまんないことはどうでもいい」というツッコミが入ったんだったと思うが、記者の誰かが「これでわかっていただけると思いますが、退屈なんですよ、私たちの仕事の大半の時間は」とツイートしていた。
(そんなこんなで、公式に「法廷からの生ツイート」は原則OKということになったときも、その判断が出るまでは「裁判所は古臭いからツイッターなんて知らないんじゃないのか」とかいう方向性もあってそこそこ注目を集めていたから、「原則OK」が決まったときは記事にはなったけれど、じゃあ実際そうなったあとは「法廷からの生ツイート」が注目されたり活用されたりしているか、というと、どうなんだろう……少なくとも、私は見てない。)
今回の「サラ・ペイリンの24,000通のメール」のような一次資料の山は、法廷からの生ツイートのログに相当する。大半が退屈で、特に意味も価値もない。
ただ、「今日はカレーを食べた」的なrandomな情報が一般には特に意味も価値もなくてもカレーについての調査をしている人には重要な情報だったりするようなことは、どの資料にもありうる。ウィキリークスでいえば、ダニエル本の「アサンジは僕が買い溜めしておいたココアを勝手に飲みつくしてしまった」、「アサンジは僕の猫をいじめた」みたいなのは、「ウィキリークスとは何か」を主題とする場合は、かなりrandomな情報だ。でも本を売ろうとしたときに、何かキャッチーな話題、消費者(になりうる人々)が食いつきそうな話題としては、価値を有する。先ほどの1行メールだって、フレデリック・フォーサイスの小説に出てくるような【伏せ字】な立場の人には重要情報になりうるかもしれない。それは前提だが、それでも、記事になるかならないかというとならない、という情報は、ある程度、誰にでも峻別できる。
そういう、かなり誰にでもできそうな作業は、記者がやらなくてもいいんじゃないか。その場合、ロンドンの新聞社ならロンドンで下読み専門の人を雇うなどするのが定石だったのだろうが(もちろん、資料は部外持ち出し禁止として)、それをネットにアップして誰でもアクセスできるようにし、何となく見てみた程度であれ、興味を持って積極的に見ている人であれ、不特定多数の人たちに下読みの作業をしてもらえばいいんじゃまいか、あったまいいなーおまえ、という発想は、これまで仮にあったとしても、実行はされてないんじゃないかと思う(←この点、調べてはいない。geek方面のメディアなら実行されていても不思議ではないが)。
そうして、「下読みを読者にアウトソース」した前提は、下記記事に説明されている。
Crowdsourcing the Sarah Palin emails: user guide
http://www.guardian.co.uk/world/datablog/2011/jun/10/crowdsource-sarah-palin-emails
How do you get through 24,000 documents? Well, you enlist an army of readers to help us assess the document dump of the year.
24,000点もの文書にどうやって目を通すにはどうしたらよいか。というわけで読者の皆さんのお力をお借りすることにしました。
They've been released as printed pages - yes, printouts of emails - in six boxes for each news organisation that requested them. We think it's important to get the documents out into the world as soon as possible and see what you think about them - just like we did with MPs' expenses.
文書は、公開を請求した報道機関6社に6箱ずつ、印刷された紙の形で公開されました。私たちは、できるだけ速やかにそれらの文書を世界に公開し、皆さんがその文書についてどう考えるかを知ることが重要と考えています。(英国の)議員歳費問題でやったのと同じような感じです。
So Simon Jeffery is in Juneau, Alaska, busily scanning the documents and sending them back to London where we'll publish them on the site here.
というわけで、アラスカに行っているサイモン・ジェフリー記者が書類をスキャナーにかけてはロンドンに送り、それをロンドンでサイトにアップしているという次第です。
We've had a few messages complaining that the emails reveal personal details of senders such as email addresses etc. One thing people need to be really clear about is that this is not a leak; it's not Wikileaks. This is an official release of 24,199 documents, handed over by the State of Alaska - following freedom of information requests - printed on paper (the least accessible form possible). Some 2,275 have been witheld - and some of the ones we've received have been redacted. We're just making them accessible - and we need our readers' help to go through them.
メールを公開することで、(ペイリンではなく)送り主のメールアドレスなど個人情報が明かされているのはまずいのではないかとのご指摘もいくつかいただいていますが、今回の文書はリークされたものではありません。ウィキリークスではありません。これは、情報公開請求により、米アラスカ州が公式に24,199点の文書を公開したものです。ただし公開形式は紙に印刷ということで、最もアクセスの悪い形です。2,275点ほどは非公開とされ、私たちの手元に届いたものの一部には、塗りつぶされた部分があります。というわけで、州政府により公開されたものを、私たちはアクセス可能な形にしているだけです。そして、それらに目を通すために読者のみなさんのお力を必要としています。
議員歳費問題はガーディアンよりテレグラフが本腰を入れていたのだけれど、そんなに詳しく報道を追っていたわけではないので(NIの議員のはちょっと見たけど、大方は関心の対象外で、大まかなことだけ知ってればOKというか)、どの程度のスピード感で資料が公開されたのかは私は把握していない。
でも、「報道機関→読者」という一方向性は、議員歳費問題のときは保たれていたと思う。むろん、速報して読者からのフィードバックがあって、といういわばコール&レスポンス的なことはあっただろうが(当時既に英メディアではTwitterが幅広く利用されていたし、新聞社サイトの記事にはコメント欄が開設されるのが当たり前になっていた)、今回のように、読者がアクティヴに「ニュースとして届けられるものを作る過程」に参加してはいなかったと記憶している。
ガーディアンがこういうことをする素地というのは、昨年11月末からのウィキリークスのCablegateに見られた。当時、WLとの提携メディアとして、ガーディアンはウィキリークスが入手した大量の米国の外交公電という一次資料を開示しながら、同時に報道記事を出していた。ガーディアンにアップされていた公電の文面には、記事にした部分はマーカーが引かれていた。読者の立場から見れば、元になった公電と仕上げられた記事を対照することで、新聞が一次資料のどういうところに注目してどう記事にしたのかが非常によくわかるもので、@mametanukiさんはこういうことを指して「ニュース解体ショー」というすばらしい表現を使っておられた。
今回の「ペイリンのメール」では、そこからさらに一歩進んで、読者は見るだけではなく参加することを要請されているわけだ。そして、「○月○日、秘書から移動について確認があった」とか、「○月○日、講演会のご案内のメールが転送されている」とかいうどうでもいいものをフィルタリングする作業を行う。
ニュース・ジャンキーならランダムに表示されるメールがスカ、スカ、スカ、スカ、スカ……と続いても、「次こそはアタリが来るんじゃないか」ということでやめられないとまらない、かっぱえびせん状態になっても不思議ではない。
「アタリ」としてどういうものがあるかについては、BBCの記事がわかりやすいと思った(むろん米メディアならもっとわかりやすいのかもしれないが)。
http://www.bbc.co.uk/news/world-us-canada-13733501
ただ、個人的にサラ・ペイリンにはまったく興味がなく、BBCの記事を読んでも何がおもしろいのか(興味の対象になるのか)さっぱりわからないのでこれ以上は見ないと思う。(大きな報道記事になることがあれば、多少は見るかも。)この話なら、英労働党の内紛の話のほうがよほどおもしろい。(エド・ボールズが党内クーデターを企てていた、など。)
ガーディアンのやってることは非常におもしろいんだけどね。
事実関係をいくつか。
10日付のガーディアンのlive blogによると(こんなところまでlive blogの形式に落とし込むかと時々呆れることがあるのだが、今回もそう。前回呆れたのは、ドナルド・トランプが要求したオバマの出生証明書が公開されたときのlive blog)、情報公開請求をしたメディアは:
The Associated Press, New York Times, CNN, msnbc.com, Mother Jones and others are in town waiting to get the Palin email dump – and they all have plans to release them to the public in one form or another.
少し遡ったら、1日付の記事があった。
http://www.guardian.co.uk/world/richard-adams-blog/2011/jun/01/sarah-palin-email-records-alaska
公開初日の10日のガーディアンのライヴ・ブログには、「大量の紙として届けられた文書を前にする記者たち」みたいな、超リアルな(多分に楽屋オチ的な)写真もふんだんに使われている。(エントリ冒頭につけたガーディアンのトップページのキャプチャで、サラ・ペイリンと熊の剥製の写真のところは当日スライドショーで、ここに「箱の山とベテラン記者」みたいな写真が表示されたときは何ごとかとおもった。)
http://www.guardian.co.uk/world/blog/2011/jun/10/sarah-palin-emails-live-coverage
Twitterでは@gdnpalinのアカウントで、随時速報が入っている。このアカウントはクラウドソーシングで下読みしたときの情報の受付窓口にもなっているので(詳細は上のほうにリンクしたhow to系記事参照)、ガーディアンの「ザ・ニュース解体ショー」に参加したい人はチェックを。
※この記事は
2011年06月12日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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