はてなブックマークで非常に多くのブクマを集めていたブログがある(私が読み終えてブクマしたときには、ブクマ数はとっくに1000件を超えていたと記憶しているが、現在は2000件を超えている)。"JKTS" というブログで、3月11日の震災で大きな被害を受けた地域に、勤め先の病院が組織した災害対策支援医療チームの一員として派遣された看護師さんの手記である。
記事一覧:
http://blog.goo.ne.jp/flower-wing/arcv
それから10日か2週間くらいのうちに、このブログが、@anontransさんという方によって英訳され、アップロードされた(自分のログを確認すると4月13日のようだ)。
http://jkts-english.blogspot.com/
今日5月9日の昼ごろ、ガーディアンのトップページをチェックしたら、このブログが大きく紹介されていた。記事を書いたのはジャスティン・マカリー記者。
'Do not cry': a nurse's blog brings comfort to Japan's tsunami survivors
Justin McCurry
guardian.co.uk, Sunday 8 May 2011 20.29 BST
http://www.guardian.co.uk/world/2011/may/08/japan-tsunami-nurse-blog-comfort-survivors
ブログを書いた看護師さんが――お名前がハンドルでさえわからないので、以降、ブログのURLから「flower-wingさん」と呼ばせていただくが、彼女が派遣されたのは、岩手県の陸前高田だった。
陸前高田は、東北地方には特に縁のない私でも知っているような有名な地名で聞けばすぐに「だいたいあのへん」ということがわかる場所だ。この町の被災は日本でももちろん大きく報道されているが、英語圏のメディアも数多く入っていた。例えばウォール・ストリート・ジャーナルの市長さんのインタビュー(4月12日)(←日本語訳にリンク)は本当にすばらしい仕事だ。
被災直後の取材、3月14日付でYouTubeにアップされたアルジャジーラの取材:
今回、ガーディアンの記事を書いたマカリー記者も前に陸前高田を取材している。日経BPの記事なども大きな話題となったお醤油の「八木澤商店」の取材だ(4月18日付)。記事は英語だが、インタビュー映像は日本語に英語字幕なので、「英語だとちょっと」という人もぜひ。7分くらい。
http://www.guardian.co.uk/world/2011/apr/18/soy-sauce-japan-determination-tsunami
マカリー記者はflower-wingさんのブログについての記事を、次のように書き始めている。
3月に津波が発生した直後に日本の東北に向かった支援スタッフでも、そこに待ち受ける光景について想像していた人はあまりいないだろう。
東北地方の沿岸部を広く破壊しつくした波が引いて何日もの間、暖房も水道も断たれた病院の廊下は診察を受ける患者であふれ、医師たちはあの壁となって押し寄せた泥水によって必須の薬品が流されてしまったことを把握しながらも、何千人という患者を診察した。そして物資が届くのを待ちながら、津波を生き抜いた高齢の患者たちが低体温症にたおれるのを、なす術もなく見ているしかなかった。
支援スタッフは、現地に到着するや、戦場と言われても違和感のないような破壊の光景を目にすることになった。しかもこの悲劇が起きているのは世界で最も裕福な国のひとつにおいて、それもネオン輝き豊かさを謳歌する首都、東京から200マイルも離れていない場所でのことなのだ。
支援スタッフの1人、東京から派遣された緊急医療チームに加わっていた看護師が、自身の経験について、ブログに書いている。津波で被災しながら生き延びた数万人の人々が、どのような痛手を受けているか、このブログはその点について最も詳細に書かれた文章のひとつである。匿名の翻訳者の尽力で、この看護師のブログが一字一句もらさず、英語で読めるようになっている。
このブログは、日本のメインストリームのメディアではほとんど言及されていないが、ネット上では数千というコメントが書かれている。そのほとんどが、避難した人々や、ブログ主と同じく支援活動をしている人々、また彼女の言葉に励まされた人々からの感謝のメッセージだ。ブログ主のもとには書籍化の提案やインタビューの申し込みもあったが、彼女はそれらを断り、名前も出さずにいる。自宅で彼女のブログを英訳した翻訳者も、その点は同じだ。
マカリー記者はこのあと、flower-wingさんのブログの抜粋を紹介し、このブログに書かれているのは、「高齢者の被災」と「家や家族を失った子供たち」という今回最も心の痛む「被災」についての、ファーストハンドでの目撃である、と述べた上で、「先週発表された警察の数値によると、身元の確認された11,000人強の犠牲者のうち3分の2が60歳以上であり、その9割の死因が溺死である」と説明し、超高齢社会である日本の中でも東北地方は高齢者の比率が高い(「64歳以上が人口の3分の1近くを占める」)ことにも言及している。(これはおそらくイングランドでもそう大きくは違わないという地域があるはずだ。)
そして、双葉病院での「患者置き去り」の件(下記報道@毎日新聞、2011年4月26日 東京朝刊)にも言及。
そして、子供たちの被災について、「正確な数値はまだ出ていないが、両親ともに失った子供たちは公式の数値で既に100人を超えている。祖母に引き取られた4歳の女児もいれば、ダンスの先生のもとに身を寄せている10代のきょうだいもいる」といった説明の後、flower-wingさんのブログで最も胸に迫る章のひとつ、「瑠奈チャン」の紹介。それから、「熱と食欲不振で受診した男の子」との「ドラえもん」の話。
それから、「この先、医療は」という点の検討(長期的視野で見たときに必要なこと、精神面のケア)に入り、TIMEの「最も影響力のある100人」に選ばれた南三陸の医師、菅野武さんにも触れつつ、岩手県山田町でボランティア活動をしている医師、Toru Hosadaさんによる「(とりあえず今どうするかが優先された)これまでは、実際にどんなことが起きたのかは見ないようにしていたにせよ、これからそれらを直視せざるを得なくなる」との指摘を紹介している。
そして最後に、読者の反応(たぶんflower-wingさんのブログのコメント欄から選んだもの)を少し紹介し、flower-wingさんの手記の最後の章、「14.From TOKYO」から抜粋した次の一節の英訳で締めくくられている。
本当に大変なのはこれからです。
だんだんテレビやマスコミも震災のニュースが減っていき、みんなの脳裏から薄れていくに従って被災地の今後の課題や病人や悲しみは増えていくと思います。
被災していない人たちが自分たちは明るく頑張ろうって元の生活にどんどんしていくのは良いことだけど3月11日のことは決して忘れてはいけないのです。
なお、記事タイトルの "Do not cry" は、flower-wingさんのブログの第1回記事「被災地へ」にある、支援チームのリーダーからの言葉から取られている。
『想像以上に現場は壮絶。甘い考えやボランティア精神の人はここでリタイアしてください。
現場ではどんな状況下においても絶対に泣かないこと。
私達は同情しに行くんじゃない。看護、医療を提供しに行く。あなたたちが泣きたい気持ちなんかより現地の方々はどんなに泣きたいか。こんなに裕福な東京医療チームの涙なんて現地の人には迷惑や嫌味だからね』
英訳では:
"The situation over there is beyond your worst imagination. If any of you have signed up with optimistic outlooks or from the spirit of volunteerism, please leave the team now.
No matter what happens at the site, DO NOT CRY.
We are not going there to express our sympathy. We are going there to provide nursing and medical care. If you think YOU want to cry, think about how much the people there want to cry.The tears of a rich medical team from Tokyo will only be bothersome or even insulting to them."
ガーディアン記事にはコメント欄があって、そこに読者の感想がいくつも投稿されている。いくつか。
chrismhale
8 May 2011 9:28PM
Very moving article about a remarkable person in an unimaginable situation. How sad it is that this ongoing tragedy has dropped out of our media's sight, to be replaced by the usual diet of celebrity trash and political bickering.
想像も及ばぬ状況の中のすばらしい人について、とても心にしみる記事でした。悲劇はまだ続いているというのに、こちらのメディアといえば例によって芸能ネタやら政局やらで通常運転、まったく残念です。
rowingrob
9 May 2011 12:38AM
In a cynical world it's inspiring to read about someone simply trying to do good.
冷笑に満ちたこんな世の中で、単によいことをしようとしている人のことを読むと、前向きな気持ちになれる。
MadameDotty
9 May 2011 12:53AM
... This story, this blog, is a huge drop of humanity in the sea of indifference and pointless killing and harming we inhabit.
I am humbled by the nurse's and the translator's humility and am moved by their totally selfless motives. It made me cry to think there are still people like that out there.
I too wish Doraemon was real and could use his magic powers to erase some of the suffering in Japan. It was a healing article to read. Thank you, Justin.
この記事、看護師さんのブログは、無関心と意味のない殺人や襲撃にあふれたこの海に落とされた、人間性の大きな一滴です。看護師さんと翻訳者さんの謙虚さに頭が下がります。完全に利己心のない動機に胸を打たれます。このような人がまだ存在するということに涙が出そうです。ドラえもんが実在して、その魔法の力であの苦難のいくらかを消してくれればいいのにと思います。この記事は読んで癒しを得られる記事でした。ありがとう、ジャスティンさん。
aussiejen
9 May 2011 5:16AM
Where news tends to be dominated by people who do BAD, it is inspiring to read of people who do good, even in the face of great hardships and pain to themselves. Many of us hold back from doing any voluntary work for fear of that involvement and pain she describes so well, so I hail her courage.
ニュースというものは「悪い」ことをした話ばかりになりがちなものですが、とてつもない苦難と自身の痛みに直面してもよいことをしている人のことを読むと、背筋が伸びる重いです。ほとんどの人が、この看護師さんが非常に雄弁に語っている苦痛を恐れて、ボランティア活動には二の足を踏んでしまいます。彼女の勇気を讃えます。
zaphia
9 May 2011 12:00PM
I could not finish reading this article as I started crying mid way.
Quite unexpectedly.
God bless these silent workers.
この記事、最後まで読めていません。途中で泣き出してしまいました。まったく思いもかけずに涙が。彼女たちのように何も言わず作業に当たる人々に幸いあれ。
このほか、「原発の話なんかどうでもいいから、震災の話をもっと」的なコメントもあるが(何か今日、こんなのあったんだよね、英国は)、それらは個別ばらばらなことではないということ、それを伝えていくのがうちらの次の課題だね。がんばりましょう。
手記がこうして英語圏の大手メディアに伝えられ、多くの人に読まれているということが、flower-wingさんやそのご友人のみなさん、陸前高田の医療関係者のみなさん、被災者のみなさんに伝わることを祈りつつ。
ところで、1995年の阪神大震災のときも現地の人の話を聞いてはじめて「言われてみればそうなりますよね、当然」と思ったことがあるが、「外」にいる限りは想像もしていないようなことが現場では起きている。例えば停電したらPOSレジが使えなくなってしまうというのは、私は阪神大震災で気づかされたことだが、今回は停電でガソリンスタンドが機能停止してしまう(給油の設備が電動だから)ことを聞かされた(自分が車に乗らないのでそういうことにはとてもうとい)。写真家の冨田きよむさんのフォトログ&ツイッターでのやり取りでは、防波堤(木っ端みじんになった)は、津波には押し寄せる波だけではなく建物の破片などをたくさん含んだ引き波があり、その威力がハンパないということを知らされた。
一方、地震による被害はないも同然で、電気・ガス・水道もまったく影響を受けなかった東京の私の地域でも、ガソリン不足の影響は受けた(それが「海外メディア」と呼ばれるくだらないタブロイド類などで「東京にとってはこの世の終わり」のように書きたてられているらしいということも、少しは見たが、自分が普段読んでるようなメディアではそういうバカ騒ぎはなかった)。
おやじさんが自分で運転して市場から仕入れてくる八百屋さんはいつもと同じだったけど(しかもほうれん草激安w)、トイレット・ペーパーやティッシュ・ペーパーは店頭から消え、食パンやカップラーメンがレアものになり、駅前の食料品中心の100円ショップの中は洗剤や文具のコーナーを除いてほぼがらんどうで、棚には七味唐辛子やケチャップのようなものしか残っていない状態になっていた。コンビニもいろいろ売り切れたままになっていた。もちろん「節電」による商店の早仕舞いもあり、夜遅くまでやってる近所のスーパーは6時とか7時に閉店していた。何も「被害」はなくても、こんなふうな影響が出るものなんだ、というのは発見だった。阪神大震災でも中越地震でも、東京は何も影響なかったから、こういうのはほんとに初めてだった。
陸前高田で医療活動にあたられたflower-wingさんの手記も、そこに書かれている状況があまりに凄絶で、最初はただもう、圧倒されるのだけれど(特に「3.赤い旗」)、二度目に読むと「現場では、個人にとってどんなことがあるのか」を事細かに示してくれていることに気づく。例えば医療スタッフさんも雪解け水を飲んでいたとか。
それから陸前高田だが、元々、ロータリークラブの活動などがあったこともあり、英語圏(というかラテン文字圏)でもまったく知られていないわけではなかったようだが、英語圏でよく見られる表記である "rikuzen takata" でGoogleリアルタイム検索しても3月10日にはゼロだ。震災当日11日が1件で、以降増えている。
ああ、そうそう、flower-wingさんのブログでも言及されていた「海と貝の博物館」、以前陸前高田に住んでいたことがあるという米国人のマーティンさんのブログでも言及されている。
英語だけでの検索結果を見たい方はgooの検索が便利です。
※この記事は
2011年05月09日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
【i dont think im a pacifist/words at warの最新記事】
- 「私が死ななければならないのなら、あなたは必ず生きなくてはならない」展(東京・六..
- アメリカのジャーナリストたちと一緒に、Twitterアカウントを凍結された件につ..
- パンデミック下の東京都、「コロナ疑い例」ではないかと疑った私の記録(検査はすぐに..
- 都教委のサイトと外務省のサイトで、イスラエルの首都がなぜか「エルサレム」というこ..
- ファルージャ戦の娯楽素材化に反対の意思を示す請願文・署名のご案内 #イラク戦争 ..
- アベノマスクが届いたので、糸をほどいて解体してみた。 #abenomask #a..
- 「漂白剤は飲んで効く奇跡の薬」と主張するアメリカのカルトまがいと、ドナルド・トラ..
- 「オーバーシュート overshoot」なる用語について(この用語で「爆発的な感..
- 学術的に確認はされていないことでも、報道はされていたということについてのメモ(新..
- 「難しいことはわからない私」でも、「言葉」を見る目があれば、誤情報から自分も家族..